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高瀬川物語  Kyoto Love Story  作者: 日尾昌之
4/10

運命のモノクローム

いったい、どれくらいの時間、その一点を見つめていたのかは、わかりませんが、お店の中に流れていたピアノソナタが、メロウなジャズに変わった時、あの野太い声の京都弁が響き渡りました。

「美砂子? やっぱり 美砂子やんなぁー?」

彼女は、相変わらず、気ぜわしそうに、勢いよく私の前にドカンと座りました。

不倫相手の浮き草と別れた後は、プライベートなことを話せる人はいませんでした。なので、この夜の早紀との再会は、私にとって砂漠でやっと見つけたオアシスに飛び込んだ時きに感じるようなエクスタシーでした。


母が天国へ行ってからは、私は、横須賀の児童養護施設で高校まで過ごしました。

そこでの生活は、一人ぼっちの私にとって一度に沢山の家族が出来た様で、意外と楽しいものでした。自分で言うのもなんですけど、成績優秀で高校を卒業した私は施設の理事長の紹介もあって、京都の信用金庫に、めでたく入社出来たんです。施設の仲間との別れは、辛かったですが無色透明の自分に新しい色を付けるために思い切って京都に来たんです。そこで、新入社員研修で始め人見知りの私に声をかけてくれたのが、この早紀だったんです。


「ずっと 探しててんで 何回 ここ通り過ぎたか その頭 どないしたん?」

「あたま?」 

「あたま あたま えらいバッサリ 切ったなぁー それに茶髪にして ぜんぜん判らへんかたわぁー」

「そうだね」

私の髪は、昨日まで、正確に言うと、昨日の午前10時15分まで、肩甲骨まで伸びたストレートの長い黒髪だったんです。

でも、この早紀にも、内緒にしていたんですが、本当の私の髪の色は赤毛なんです。そのせいで、子供の頃から、よくイジメに会っていました。日本人なのに赤毛は、いじめっ子にとって見れば、イジメるには格好の標的だったかも知れません。小学生までは、なんとか我慢していましたが、中学生になったとたん、本格的にイジメを受けるようになり、遂に不登校になりました。理事長が、教育委員会にコネがあって、中学を転校することとなり、その時に髪を黒く染めたんです。それ以来、昨日まで長い黒髪だったんです。


「美砂子 ゆうたら 長い黒髪のイメージしかないもん!」

「実は 昨日まで そうだったんだ」

「昨日まで?」

「昨日 切っちゃった!」

「昨日?そうかぁー 女が髪切る時は 新しい恋を始める時って ゆうやん」  

「それは まだ早すぎだよ」

新しい恋・・・。

その言葉は、その時の私にとっては、初めて聞いた外国の言葉の様に聞こえました。


「それにしても 別人やなぁー」

「その別人になりたかったの それとあの長い黒髪 何か呪わてるような気がして」

「呪わてるって?」

「最近 悪いことばかりだもん ここまで続くと髪のせいにでもしたく なっちゃうよ」

確かに、あの長い黒髪は、今までの人生を振り返ってみると、呪われていたのかも知れません。なので、人生が変わる事を祈って、思い切って、昔、憧れていたタカラジェンヌのような茶髪のベリーショートしたんです。


「なんや。まだ、飲んでへんの?」

「飲んでへんって?」

「酒、酒!」

「でも、ここ カフェでしょ」

「ここ 夜はレストランになんねん ビールにする? 生でええかぁ? お姉さん!」

昔から早紀は、一緒に外食すると私の希望も聞かずに、自分勝手に注文するのが常でした。

「早紀は 変わらないね」

「変わらへんて?」

「そうやって 人の事 おかまいなしに何でも勝手にぽんぽん決めちゃうところ」

「昔から いちいち美砂子に聞いてたら あれしょーかな これしょー かなって 迷って イライラすんねん」

「悪かったわね 優柔不断で」

「でも 男も ぽんぽん決めすぎて おかげで バツ3やけどな」

「でも よく 3回も結婚したね」

「惚れぽいんやな すぐ好きになってしまうねん」

「でも よく 3回とも離婚したね」

「ほっといてくれるかぁー ほんま 私って 男運 悪いわぁー」

早紀は、その時の私にとっては、頼もしい離婚のベテランでした。波乱万丈な人生を歩ん来たにもかかわらず、無邪気に笑う早紀の笑顔に救われた様に感じました。


「やっぱ 京都に来て良かった 昔から落ち込んでる時 早紀に会うと何かほっとするもん」

「ありがとう ありがとう 私って癒し系やろ?」

「自分で言うかなぁー」 

この時、私は、久しぶりに心の底から笑ったような気がします。


「それはそうと あんた 大変やったなぁー」

「う うん」

「やっぱ 離婚するん?」

「今日した」

「何それ!」

「新幹線の中で離婚届に 印鑑 押して さっき速達で 彼に 送ったとこ」

「そうかぁー まあ 不倫って 珍しいことちゃうけど・・・」

「そ そうだね」

「でも なんで 美砂子まで 不倫したん!?」

その言葉に隣の席のカップルが反応しました。

「早紀! ちょっと 声が大きいよー」

と、タイミングよく、あのウエイトレスさんが白い泡が溢れかけたジョッキを持って来てくれました。

「おまたせしました 中ジョキでございます」

「オーケー!ありがとう! 先ずは 乾杯や!」

「う うん! よーし! 今日は飲むよぉー」

「離婚 おめでとう! カンパーイ!」

「もう!早紀!」

「ゴメーン!」

「もう!」

やけ酒は、随分と飲みましたが、こんな楽しい気分で飲むお酒は、この時が久しぶりでした。

そして、ビールからチューハイ、チューハイから冷酒へと移り変わった時、また、私の視線は、あの一点に釘付けになりました。

「ねえ ねえ 早紀 これ 何の写真だろね?」

それは、出窓に置かれたモノクロの写真が入った写真立てでした。

「映画のスチールかな?」

そのモノクロームの中には、着物姿で日本髪を結った芸者さんらしき綺麗な女性と軍服を着た白人の男性が並んで立っていました。



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