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疑う本能のケモノ

   









「これ以上は平行線だ。せめて最期に気高き天使人格様にはお似合いの美酒で送ってやるよ」


 立ち上がり、イグバーンは彼女をその場に放置したまま貯蔵庫の外へと向かって行く。

 何をする気なのか。もしかすると見逃されたのか。

 そんな困惑を抱きながらも、女将は彼の背に向かって叫ぶ。


「待ちなさい! 私を生かさなくて良いの!? 私は、他の思念体よりも沢山の情報を知ってるわ!」


 未だ甘言に乗ってくれるのではと、耳を貸すはずではと、そんな縋るような思いで叫ぶ女将。

 だが、足を止めたイグバーンは鼻で笑って返した。


「それが本当である証拠は?」

「しょう、こ…こんな状況で嘘なんて吐くわけないでしょ!?」

「悪いな、俺は疑い深い性分なんでな」


 そう言うと彼は何事もなかったかのように踵を返し再度歩き始める。


「そもそも…お前は自分が他の天使人格より()()であることを見せつけた上で(俺ら)と取引でも持ちかけようって魂胆だったんだろ。非常時用と言っていたが正体を見抜いときながらわざわざ軍人の部下を手元に置いておくのは流石にリスキーだからな」


 連絡の途絶えた部下の身を案じ、仲間がやって来ると踏んでいたのだろう。

 そうしてのこのことやって来た軍の人間に、天使の情報を教えてやるからと何かしらの取引を狙っていたのだろう。

 いざとなれば部下を人質にするという手も有効だ。

 イグバーンは淡々と、彼女のそもそもの思惑を語る。


「そ、そんなことまで考えてるわけ…ないじゃない…!」

「そうか? 生憎と俺はそう疑ってたもんでな。だからお前がさっき語ってくれた天使の情報も完璧に信じちゃいねえんだよ」


 彼のその言葉に、女将は驚きのあまり絶句してしまう。




 確かに時間を稼ごうという思惑こそあったが、先ほど話した情報に嘘はほとんどない。

 それは彼が聞いても確かなものであるはずだった。疑う余地はないはずだった。はずであったのに。

 それでさえ信じようとしないこの猜疑心の塊()に、彼女はもう掛け合う言葉すら失ってしまったのだ。


「部下が潜入してきた軍人だと気付いた時点で、さっさと乗っ取るなり始末するなりするべきだったな。お前の敗因は自分の策に酔いしれ過ぎたってとこだろうな」

「違う! 私は完璧だった! 貴方の、貴方のせいだ!! 貴方は(ケモノ)どころか…疑心暗鬼の化け物よ!」


 そんな怒りと憎悪をぶつけられるも、イグバーンは平然とした顔で肩を竦める。


「化け物とは酷い言いぐさだな。俺はこの通り入念に疑ることしか出来ねえただの(ケモノ)だってのに」


 イグバーンはそう言うとそこで足を止め、振り返る。

 そして懐から銃火器―――銃を取り出した。

 そこからは貯蔵庫の入口から一直線上の光景が覗けるだけで、最奥では彼が置いてきたランタンの灯りが僅かに見える程度。

 当然、彼の位置からでは女将の姿は伺い知れない。

 

「フフ、フフフ…ここに来て臆病風にでも吹かれたのかしら? 何を疑ってるのか知らないけどそこから狙おうだなんて愚かね…!」


 遠く、貯蔵庫の奥から叫ぶ悪態付いた声。

 その間に彼女は銃撃から逃れるため、這いつくばりながらも彼の射線から逃れようとする。

 ゆっくりと起き上がり、何とかこの場から逃げ出せないかと再度画策し直す。

 ―――だが。それでも、イグバーンは平然とした顔で銃を構えた。

 

「疑い深いが、俺にも信じてるものくらいある―――俺の経験値(本能)だけは、な」

 




 次の瞬間。

 引き金を引き、大きな銃声と共に放たれた弾丸。

 それは棚の隙間に隠れた女将を通過し。酒樽に置かれていたランタンへと命中した。

 ガラスを打ち貫かれたランタンはその弾みで傾き、床下に転がり落ちる。

 直後、砕けたランタンの中で燻り続けていた炎が、床に満ちていた蒸留酒―――アルコールに引火し、一斉に広がっていった。

 

「な、何ッ!!?」


 逃れる間も与えず、酒を被っていた女将の身体にも火の手は一気に燃え移っていく。

 炎は更に酒樽へ木棚へと瞬く間に広がり、女将ともう一体の養製天使(ようせいてんし)を飲み込んでいった。


「たっぷりと味わえよ」

「おのれぇぇぇぇッ!! 呪ってやる呪ってやる呪ってやる!!!」


 彼女の叫び声は虚しく、貯蔵庫の扉が閉め切られたことにより彼の耳に届くことはなく。

 それでも燃え盛る炎の中で、彼女は怒りと呪いの声をいつまでも上げ続けた。







    

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