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episode.40 会いたいな

 コルトから貰った透明のラムネが入った袋。ルナは少し機嫌を直したようで、両手を使ってそれを開け始める。袋の口が開けば、どこか懐かしげな甘く爽やかな香りが辺りに漂う。それから彼女は袋の中にあるラムネを一粒つまみあげ、軽く口腔内へと放り込んだ。直後、華やかな目もとに喜びの輝きが宿る。久々に甘いものを口にできて嬉しかったようで、自然と口角が上がっていた。


「どうですか?」

「甘いだけじゃなくて爽やかね、美味しいわ」


 ルナの声はそれまでより若干高くなっていた。


「お気に召したようで何より!」

「ふぅ、これもっと食べていいのかしら」

「もちろんです!」

「ありがとう。いい子ね、坊や」


 ルナが発した言葉に、コルトは再び頬を淡く染める。


「どうしたの? 急に赤くなって」

「い、いえ、そのっ」

「まったく。恥ずかしがりねぇ。しっかりなさいよ」

「坊や、とか……あまりそういうことは言われたことがなくてですねっ……」


 ぽりぽり、と、ルナがラムネを食べる音が鳴る。


「不快だったかしら」

「いっ、いえっ、そうではなくてですねっ……」

「ややこしいわねぇ。じゃ、何なのよ? はっきり言いなさいよ」


 少し苛立ちを顔に滲ませるルナ。


「自分はこれまでずっと良き兄であろうと努力し続けてきました!」

「な、何よ急に、自分語りとか始めて」

「しかし、実はっ……誰かに甘えたい気持ちもあったのです! 妹には言えませんが、自分は、包み込んでくれるような女性が好きなのです!」


 コルトの主張、その勢いに、ルナは怪訝な顔をする。


「ですから、もっと坊やと呼んでください!!」

「はああ!?」


 コルトが言い終わるより早くルナは信じられないというような顔で大きな声を発した。


「意味分かんないわよ! 何言ってんの!?」

「ルナさんに出会って何かが目覚めました」

「キモ……」

「ヴッ。し、しかし! そういうところも悪くないですっ!」

「アタシには理解できない趣味だわ……」


 ルナははぁと溜め息をついて呆れ顔になっていた。


 しかし貰ったラムネを食べるのはやめていない。一気食いはしないものの、少しずつつまんでいる。会話している最中であっても、隙をみて、こつこつ口に運んでいる。


 その時、扉が開いて夜勤の隊員が入ってきた。


「なんか大声したけど大丈夫か? コルト」

「あ、はっ、はいっ!」

「なーんか顔変じゃね? 何かあった?」

「いえ! 異常なしです!」


 一年ほど先輩にあたる隊員は不思議そうな顔をして「そ? じゃ、帰るわ。何かあったらすぐ言えよー」と発しながら退室していった。


「し、しかしルナさん、よく食べられるのですね」


 気を取り直して。

 そんな感じで話し出すコルト。


「これのこと?」


 ルナはたまたま手にしていた赤いイチゴ型のラムネを見せつけるように手を動かしつつ問う。


「はい!」


 ルナはコルトに対して思っていることは特にない。が、退屈しのぎに付き合ってくれるという意味ではコルトの存在もありがたくはあった。


「そうねぇ、アタシこう見えて結構好きなの。甘いものが、ね」

「では、また何か持ってきます!」

「べつにいいわよ? 無理に用意しなくて。食べなくちゃ死ぬってわけでもないから」


 何をするでもない、平穏ながら退屈な夜が過ぎてゆく――。



 ◆



 あれから一週間が過ぎた。


 今どこで暮らしているのかというと――コルテッタが紹介してくれた討伐隊隊員の寮に入れてもらい、そこで生活している。


 そしてちょっとした仕事も始めた。

 もっとも、そこまでがっつり拘束されるものではなく、軽い掃除程度の仕事だけれど。

 毎日の掃除手伝いでは、掃除を生業としている人たちの恐ろしいくらいハイレベルなスキルを目にして驚かされるばかりだ。


 ここでは私も一人の人間として扱われている。隊員ではないし、活躍しているわけでもない私だけれど、それでも皆挨拶してくれるし悪口を言ったりもしない。それだけで心安らぐ。それに、久々の一人暮らしなので、完全に一人ぼっちな感じになってしまわないのもありがたい。隣の部屋に人がいる、そう思えるだけで少しは寂しさがましになるものだ。


「ソレアさん、お手伝いいつもありがとうね~」

「いえいえ」


 寮の掃除を仕事としている女性たちはわりと気さくな人が多い。


 おかげで比較的すんなり馴染めた気がする。


「あらら? 今日何だか嬉しそうね。何か良いことがあるの~?」

「今日はちょっとお出掛けする予定です」

「あらそう。良かったわね~。楽しんできて」

「はい、ありがとうございます!」


 今日はノワールに会いに行く。


 ちょっと日が空いたけれど、彼は元気にしているだろうか?


 話したいことがたくさんある。

 言いたいことが、伝えたいことが、もう溢れてしまいそう。


 おかしなことね、会う前から笑みがこぼれてしまうなんて。


 でも、こればかりはどうしようもないの。


 ――アイスクリーム屋に寄ってからノワールのもとへ向かうと。


「お前のせいで妻子は死んだんだ! 償えよ怪物! 少しでも悪いと思うなら、今ここで死ね!」


 ノワールのいる部屋の扉が見えてきた辺りで、何やら荒々しい声が聞こえてきた。

 このまま進んでいかない方が良いかもしれない、そう思って、一旦立ち止まる。


「お待ちください、ここで騒がれては困ります。療養中です」

「はぁ? 療養? ふっざけんなよ! 怪物に療養なんていらねえだろうが、それよりこっちの気持ちを優先しろ!」

「ですから、先ほどお話ししましたように、魔の者災害による遺族の方向けに給付金制度もありますので……」

「……それぜってぇ手続き複雑怪奇で給付遅いやつだろ。それになぁ! 金じゃねえんだよ! 怨んでんだよこっちは! 愛する人を理不尽に奪われたんだ、悪の頭領を消した功績とか何とか言われたってそれで納得できるはずねえだろ!」


 その時、たまたま横を通りかかった女性隊員が「あ、それ、アイスですよね? 冷やしておきましょうか?」と尋ねてくれて、買ってきたアイスクリームは取り敢えず無事冷やせるところに置いておけることとなった。

 あの話が終わらないことにはアイスクリームを食べることなんてできないだろう、冷やしつつ保存できる場所があって良かった。

 せっかく食べようと思ったのに、溶けてしまってはすべてが台無しだ。またもう一度買えば良いだけとはいえ、せっかく購入したものが無になってしまうのは切ない。


「ああソレアさんじゃないですか、少し久しぶりですね」

「ノワールに会いに来たんです」

「そうなんですね。でも今ちょっと無理そうですね、すみません」

「いえ……あの、あちらの方、凄く怒っていらっしゃいますね」

「わりといるんですよね、ああいう感じで乗り込んでこられる方。療養中だから控えてほしいとお伝えするんですけど、大体、そういう方には効果ないですね」


 取り敢えず、顔見知りになっている隊員と喋っておいた。

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