episode.39 少しずつ、通い合う心
よく分からないことってあるものだと思う。
災難を乗り越えて、こうしてまた会えたというのに、ノワールは自身の姿のことばかり気にしていて気まずそうな雰囲気ばかり漂わせてくる。
どうしてそんな感じなのだろう?
私にはよく分からなかった。
「……嫌でしょ、いくらキミだって……こんな、化け物」
「どうして? ノワールはノワールじゃない」
「ボクはやだよ、こんなの……見られたくない……」
ノワールは固定されているので台の上から大きく移動することはできないのだが、台に寝たままながらすっかり小さくなってしまっている。
なんて弱々しいのだろう。
「私はノワールが好きよ、どんな姿だとしてもね」
「……理解できない」
「そう。だったら、もし私の姿が魔の者に変わったら、それで嫌いになる?」
「……気にしない」
「ね! ほら、そういうことよ!」
大きさに差があるから、確かに、少し関わりづらいとかはあるかもしれない。でもだからといって気持ちが変わるわけではない。感情はその程度では消えたりしないものだ。
「……ソレアは、嫌じゃないの。こんな……化け物まる出しのやつ……」
「何を言っているの? もちろんよ! それに、ノワールが魔の者だってことはもう知ってたしね。だから驚きもそれほどないわ」
ノワールは恐る恐るこちらへ顔を向けると、その大きな片腕を伸ばしてくる――片手と片手で触れ合うにはそれは大き過ぎて、だから、両手を差し出して彼の手を包んだ。
触り心地は独特。
鋼鉄のようでもあり、ゼリーのようでもある。
それでも、きちんと触れれば、肌が触れ合っていることは分かる。
だからこういうのも悪くはないと思う。
「ノワール、貴方に話したいことがたくさんあるの」
視界の端でルナが腕組みをしたまま退室していった。
付き添いと思われるコルトもルナが出ていくのに伴って部屋から出ていく。
「あ、そうだ。せっかくこの街に来たのだし、今度アイスクリーム買ってくるわね」
「……いいよ、そんなの」
「口はあるのだから、食べられるでしょう?」
「……食べることはできるケド」
「抹茶味が好きよね! 売り切れていないと良いのだけれど……」
そんな他愛無い会話をしたのは、少しでも長くこうして傍にいたかったから。
――そして時は過ぎ。
そろそろ退室しなくてはならない時間となってしまった。
「でも良かった、会話はできる状態で。じゃあ今日はこれで。また来るわね!」
別れしな、ノワールは名残惜しそうにこちらを見ていた。
そして。
「ありがと」
彼は確かにそう言ったのだ。
「……会えて、嬉しかった」
会いにくることができて良かった。
心の底からそう思った。
そうよ、諦めてはならない。
きっと幸福への道は存在する。
「ソレアさん!」
「あ、コルテッタさん。偶然ですね」
施設を出てすぐ、見覚えの顔に遭遇する。
「実は兄からここにいらっしゃってると聞きまして」
「そうだったんですね」
「これから少し食事とか……行きませんか? も、もちろんっ、私がお支払いしますのでっ……!」
時は流れる。
失われるものもあり、一方で、新たに手に入れるものもあり。
「行きます!」
「本当ですか! ありがとうございます! 良かった……勇気出して誘ってみて……」
「でも、お店とかあまり知らないので、コルテッタさんのおすすめのところを教えてください」
きっとそうやって私たちは生きてゆく。
◆
金属製の柵で囲われた小さな部屋の中、椅子に座っているルナは小さなテーブルに片肘を突きながら長い溜め息をこぼした。
「今の溜め息、凄く長かったですね」
見張りをしているコルトがルナに話しかける。
「お疲れですか?」
「あー、まぁそうねぇ、もう疲れることばっかねー……はぁー……」
ルナは昼間はある程度出歩くことを許されているが、夜間は基本的にはその檻のような部屋の中で過ごさなくてはならないということになっている。
もっとも、それは泊まることのできる場所を与えているということでもあって、単なる嫌がらせというわけでもないのだが。
「恋は終わるし、お菓子食べられないし、ほーんといいことないわ」
ぽつりと呟くルナ。
それにコルトは過剰反応する。
「えっ……こ、恋っ!?」
コルトの爽やかそうな顔面があっという間にりんごのように染まった。
「何勝手に照れてんのよ、なっさけないわねぇ」
真っ赤になる青年を見て面白かったのか、ルナは口角を持ち上げた。
「す、すみません。しかし……魔の者も恋などなさるのですね」
「あら、意外?」
「はい……、自分がこれまで関わってきた魔の者からはそんな雰囲気はなかったので……。憎しみなんかを語ることはありましたが」
「そりゃアタシたちだって恋もするわ」
「魔の者のメンタルは、案外、人に近いのかもしれませんね。最近認識が少しずつ変わってきました」
その頃になるとコルトも落ち着いてきて、頬の赤らみも控えめになってきた。
「ところで、ルナさん、お菓子とは?」
「好きなのよ甘いのが」
「そ、それはっ……えと、どういう意味で……!?」
「ふっつーに食べ物」
「あ、ああ……そうだったんですね……」
ルナは「何か持ってない? お菓子」と尋ねる。それに対してコルトはしばらく考えるような顔をした。それから十秒ほどが経過した後、コルトは「あ! 自分が持ってきているやつがあります!」と言って指定の場所から少し移動。付近に置いていたワインレッドのリュックサックのところへ向かうと、それのすぐ前にしゃがみ込んで、開ける。それからしばらくリュックサックの中を漁って、やがて一つの袋を取り出した。
「これ! ラムネ袋なんです!」
透明な袋の中には様々な形や色のラムネ。
「あら、いいの持ってるじゃない」
理想的なものが出てきたことに驚きつつ嬉しさも感じたような表情を浮かべるルナ。
「ルナさんこれをどうぞ!」
「いいのかしら、貰って」
「はい! もちろんです! これは自分の私物ですから、誰にも怒られません」