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episode.36 ノワール・サン・ヴェルジェ

 闇に、ゼツボーノの内側に、取り込まれたソレア。

 その瞬間を目撃した誰もが愕然としていた。

 ソレアのことをほとんど知らない討伐隊の隊員らも、魔の者の姿となっているルナも、そして一番近くでその様を目にしたノワールも――。


 誰もが、想定していなかった出来事に驚き固まった。


「そん、な……」


 ノワールは目を大きく開き、夕焼け空のような色をした瞳を震わせている。


 そして黒きものの方へと視線を向けた。

 その面には、静かながら火山が噴火する直前のような熱を感じさせる怒りの色が滲んでいる。


「何で……何でこんなことをするんだ……」


 言って、憎悪に満ちた顔でゼツボーノを睨みつけるノワール。


「これでじきに我は最強となる。始めから狙いはこれ。恐らくこうなることは決まっておったのだろう、今さら答えるまでもない」

「……ソレアは普通に生きることを望んでた」

「何を言うか、そんなことできるわけがないだろう。それに、同じ魔法の才を持った人間が普通に生きられるのなら、我のあの絶望は一体何だったというのか。納得いかぬ」


 ゼツボーノは怒りと憎しみを体現している。

 しかし今ノワールにはそれ以上の怒りや憎しみが宿っている。


「アンタの事情はソレアには関係ないだろ! 巻き込むなよ!」

「知ったものか。人間はすべて恨みの対象、皆望まぬ形となり消えれば良いのだ」

「……よく分かったよ、ボクは一生アンタを理解できない」

「ふん。魔の者のくせしてよく言うわ」


 嘲笑われてもなお、ノワールの表情は崩れなかった。


「でも良いこともあった」


 そこで一度言葉を切って。


「これで容赦なくアンタを倒せる!!」


 それから、彼は本来の力を解放した。


 ――彼はもう、ソレアと共にあった頃の彼ではない。


 そのことを証明するかのように、ノワールは本来の姿へと変貌した。


 髪型だけはおおよそそのまま。しかしその身は筋肉や骨格の影響を受けない動作ができるある種の幽霊のようなものに。喉もとで結ばれたリボンは交差しつつ首と頭部の後ろで留まる。目もとは真横に真っ直ぐなラインを描くゴーグルのようなもので隠された。


 そして何より特徴的なのが、リボンの結び目の下――胸の中央部に機械を連想させるようなパーツがついているところだ。


 その目立つパーツは亀の甲羅に似たような形となっていて、フレームは銀色、それ以外の部分は薄い青緑の光が内部から溢れている。


 彼は胸もとに位置するそれを開く。


 そう、門が開くように、左右に開かれたのだ。


「ノワ様! 駄目!」


 ルナが察して叫ぶけれど、ノワールにはその声は届かなかった。


 そのうちに吸収が始まってしまう。

 人間の姿の時とは異なる凄まじい吸収能力、この世のすべてを躊躇なく体内へと引き込んでしまう力。


 ノワール・サン・ヴェルジェ――彼を彼であると証明する一つの大きな要素、それこそがこの無限の吸収だ。


「ぬ!?」


 あらゆるものが吸い込まれていった。

 大きなものも小さなものも。

 どんなものだってノワールの能力の前では塵みたいなものだ。


 突如始まった吸収能力の発動、道端に置いてあった物から簡単な造りの家まで、何もかもが彼の胸もとへ吸い込まれてゆく。中には小動物や家畜が吸い込まれた事例まであり、あまりの力に人々が驚愕して発した声が響いていた。


 道の脇に植わった木も、道端に小さく咲く花すらも、すべてが吸い込まれてゆく。


「ん、おおおぉぉぉぉぉ!?」


 果てには、ゼツボーノの身も引き寄せられて。


「な、なんという力。まさか、成長していたのか? だが、馬鹿な。まさかここまで」

「……ソレアの笑顔はアンタがいる世界じゃどうやっても守られない」


 その時、ノワールの頬に一粒の涙が触れていたことに、誰が気づいていたかは定かでない。


「ずっと……彼女には笑っていてほしかった」


 ゼツボーノは少しずつその黒き身を引き寄せられる。

 想像の域を遥かに越えた力を前に、さすがのゼツボーノも焦り始める。


「な、な、馬鹿な」

「ボクはずっと、笑って生きてるソレアを見ていたかった!」

「おおお!?」

「そんなソレアだから……好きになったんだもん!!」


 やがてゼツボーノはノワールの胸に吸い込まれ――始まりの闇はその場から消滅、静寂が戻った。


 しかしノワールもまた吸収能力を使い過ぎたためによろけ魔の者の姿のまま倒れ込む。



 ◆



 ゼツボーノに吸い込まれた私は何をするでもなくその深い暗闇の中でじっとしていた。

 思っていたよりかは死ななくて、すぐに意識不明になるでもなくて。魔の者に食われるということ、それは、想像していたそれとは違っていた。


 けれども何かできるかといえばそれは無理なこと、だから、取り敢えずじっとしておくしかなかった。


 だって、どうしようもないだろう。


 人に何ができる?


 武器もないのに。

 抵抗する術など何もないのに。


 そう考えた時、頭に浮かんだのはじっとしていることだけだった。


 ――けれど。


『そんなソレアだから……好きになったんだもん!!』


 遠くから懐かしい声がして。

 その時光を見た気がした。

 なぜだろう、視界は一面暗闇なのに――ここに在る心は確かに希望という名の光を見ていた。


 ――帰りたい、あの世界に。


 そう思って。


 胸の奥で何かが震えた。


 未練なんてないと思っていた。

 でも違った。

 私は生きてきたあの世界とあの場所が好きだった。


 たとえ上手くいかなくても、時に嫌われても、それでも私はやはりあそこで生きるべき人間なのだと――そう告げられた気がして。


 ……それにね、私、夢があるの。


 それは平和になった未来で愛する人と生きること。


 本当はもうずっと前から気づいていた……いいえ、きっと、初めて出会った日から予感していた……。


 彼の手首を何げなく掴んで、愛おしさを感じたあの時。


 きっと、あの時、すべてが始まったの。


 そうよ。腕を伸ばせばきっと届く。


 ――光に。



 ◆



 次の瞬間、視界が晴れた。


 私はなぜか宙にいて地面に倒れたノワールと思われる物体を見下ろしている。


 直後、落下。

 地面に激突するのはさすがにまずいので倒れている魔の者をクッションとするような位置に着地した。


 懐かしい匂いがする。


「……ただいま」


 風が吹いて、雲を流した。


「私も、貴方が好きよ」

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