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episode.35 その時はきっと

 どうしてこんなことをしているのだろう。

 私がゼツボーノに何か言ったところで意味なんて何もないのに。


 どうせまともに聞いてもらえない。


 ……なのに話す意味が、どこにある?


 それでも、言いたくて。言わなければならないような気がして。だから言葉を紡いだ。馬鹿と言われても仕方ない、でも、それでもなお、言葉を紡ぎたいという思いがあった。


「そうやってくだらぬ平和主義を語る輩はこの世に必要ない、不愉快なだけだからな」

「でも、殺すとかはやめてください」

「それは無理な願い! なぜなら、我は人々の選択が生み出した産物なのだから」


 ゼツボーノはほんの少し間を空けて、続ける。


「ソレアよ、お前は知らぬだろう。だが我を生んだのは人々の行い。そう――我を迫害し傷つけた人間どもにこそ非がある」


 その声は低く地鳴りのようだけれど、どことなく寂しげな雰囲気があるようにも感じられた。


「じきに一つになるのだ、教えてやろう」

「教え……?」

「生前の我はお前と同じ、魔法を使える人間だった。ただし、種類は異なる。我が魔法は闇魔法であった。とはいえ我はその魔法を使うことはなかった――が、周囲の人間は我を大層恐れておった」


 魔の者の姿になっているルナはしゃがむような体勢になりながら口を微かに開けて会話する私とゼツボーノを交互に見ているようだった。


「ある時やつらは我をはめた。わざと賊に我を襲わせ、魔法を使わせたのだ。その後我は闇魔法を使った罪人として拘束され、人としての尊厳は失われた。拷問の果てに人としての我は死したが、積もりに積もった怨みが消えることはなく――」


 伸びる語尾。

 生まれた隙に言葉を挟む。


「魔の者となった……?」


 根拠もない言葉。


「――そうよ、そして我が復讐は始まった」


 しかし、間違ってはいなかった。


「人間への復讐は、人間をすべて消すまで終わらない!!」


 言葉を言いきると同時に放たれる、黒い衝撃波。

 窓ガラスが吹き飛ぶ。

 背後から押さえ付けられて助かったがあのまま立っていたら間違いなく破片によって怪我していた。


「ノワール」

「……危ないってば」


 粉々になったものと破片状のものが交じりながら辺りに散らばっている。

 ゆっくり顔を持ち上げれば、ゼツボーノの頭部が窓すれすれにまで迫っていた。


「さぁソレア、こちらへ来い」

「嫌です!」

「お前とて良い扱いは受けていないのだろう? 魔法が使えるなら」


 その言葉が心を揺らした。


 そうだ、私はこの力のせいで異端扱いされてきた……。


 この力に他者に危害を加える要素はない。にもかかわらず、力なき人々とは違う人間とされていた。冷ややかな笑みを向けられることもあった。


 ……いや、違う。


 違わないこともないのだが、でも、私が嫌われていたのは――魔の者を引き寄せるからだ。


「一体化し、共に人々を滅ぼそうではないか」


 じっとしていると黒い思考に呑まれそうになる――。


 刹那。


「ソレアはアンタとは違う!」


 ノワールが叫んだ。


「人間を滅ぼそうなんて思っていない!」

「またか、生意気なやつ……」

「それに! ソレアが嫌われる原因を作ったのはアンタだろ!」


 魔の者なんて生まれなければ、きっと今も普通に両親との暮らしが続いていただろうに。

 そう思うと胸は痛む。

 でも今は――少し心が変わっていて。

 魔の者が生まれないということはノワールにも出会えなかったということで、それはそれで寂しいような気もしてしまうのだ。


「アンタが力欲しさに追い掛け回すから!」


 ノワールの叫びは宙に消える。

 それでもなお彼は目の前の強大なる敵から目を逸らさなかった。


「我より生まれた身のくせして生意気を言いよる……」


 ゼツボーノはそこまで言って一旦言葉を止めた。続きを考えているかのような、どこまで言うか吟味しているような、そんな止め方だった。そして、数秒の空白の後に、彼は腕を伸ばしてノワールを叩きのめそうとした。しかしノワールはその漆黒の手をアイスピック風の武器で裂くように払った。


「ボクはボクの道を行く」


 きっぱり言われたゼツボーノは「ふざけるなァッ!!」と荒々しく発しながら口を伸ばした。太く長い牙つきの顎がノワールに迫る、が、ちょうどその顎がノワールを捉えると思われたタイミングでゼツボーノはルナから攻撃を受けた。黒い身に突き刺さるように入ったルナの蹴り。ゼツボーノは一瞬怯んだ。しかし次の瞬間にはもう一度顎を伸ばしてくる――だが今度は狙いが変わっていたようで。


「あ――」


 先ほどの一瞬の攻防でノワールとの距離が僅かに離れていて。


 ――思えば、私はその時武器を取れば良かったのかもしれない。


 討伐隊から支給されたあれは比較的近くにあった、それを手にして突き立てれば、ゼツボーノに少量でもダメージを与えられたかもしれないのに。


 けれどその時はそこまで頭が動かなかった。


 本当に、一瞬だったから。


 暗闇が迫る。そう、それは、ゼツボーノの口。魔の者ゆえ食べ物を食べることはないかもしれないが、それでも歯があり口腔もある。そして、すべてが黒である彼のそこは、当然真っ黒だ。


「我が力となれ」


 光が、消えた。


 呑まれてゆく。

 どこまでも暗い黒に。


 この世界すべてを怨み憎しむような、漆黒に――。


「ソレア――!!」


 暗闇で、愛しい人の声を聞いた気がした。


 沈んでゆく、どこまでも。けれども幸い痛くはなくて。食われるといったらきっと痛いのだろうと思っていたけれど、肉が裂かれることも骨が砕かれることもなかった。想像していたものとはまったく違う感覚だ。


 でも、苦痛を伴わないならその方が良い。


 たとえ、この命消えるとしても、だ。


 苦しみを伴う死、それ以外なら正直何でもいい。今はそんな風に思う。


 もしこのまま死んでも、私、きっとまたいつかは生まれ変われるわ。

 ならそれでいい。

 その時はきっと、幸せな場所で、笑って、穏やかに暮らすの。


 ――大切な人と一緒に。

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