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episode.2 もう少しここにいて

 黒い粘液を塊にしたような姿をした魔の者と対峙するのは、先ほどまで手当てしていた彼だ。


 彼の片手にはいつの間にかアイスピックに似たものが握られていて――魔の者がこちらを仕留めようとしてか突撃してきたタイミングで、それを真っ直ぐに前方へ突き出した。


 すると驚いたことに、魔の者は氷が泡になって溶けるかのように消え去った。


「一撃……!? すご……!?」


 驚きの声を漏らしていると。


「べつに。どうってことないよ、下級でしょ」

「え……そ、そうなんですか……」


 私は知らなかった。

 魔の者に下級とか何とか色々あるなんて。

 皆同じように魔の者なのだと思っていたから、階級ではないがそのようなものがあるとは驚いた。


「核を貫けば死ぬから」

「そうだったんですね……」


 特にその先のことは何も考えていなかったのだけれど。


「じゃ、ボクはこれで」


 彼が急に立ち去ろうとしたので、慌てて発する。


「どこへ行くんですか!?」


 私には止める権利なんてない。

 それは分かっている。

 でもなぜだろう、今はもう少し一緒にいてほしいと思ってしまっていた。


 これは恋か? ――否、恐らくそうではない。


 でも、誰かと一緒にいたい、と思うことはあるものだ。


「……それ聞いてどうするの」

「え……あ、いや、その……特に何か調べているというわけではないのですけど」

「ふぅん」

「良かったらもう少しだけ話し相手になってくださいませんか!?」


 今ここで彼を行かせてはいけないような気がして、思いきって言ってみた。


「駄目……でしょうか!?」

「……手当てしたんだから言いなりになれって?」

「そんなのではありません! これはただの一つのお願いです! 私、もう少し、貴方のこと知ってみたいんです」


 すると彼はふっと笑みをこぼした。


「……いいよ、それでも」


 想定外の答えだった。


「ありがとうございます!」

「……ま、話すことはないけど」

「それでも嬉しいです! 私、最近あまり他人と喋っていなくて。それで今日貴方に会えて思い出せたんです、誰かと喋るの好きだったんだなーって」

「……面倒だなぁ」


 仲良くしてくれなんて言わない。

 過剰なことを贅沢なことを言う気はない。


 でも、今は、どうかそっと隣にいてほしい。


「ところで貴方、お名前は?」

「ノワール」

「そうですか! ええと、私はソレアです!」

「……知ってる」

「ええっ。そうなんですか!? テレパシーですか!?」

「うるさいな、違うよ。……名乗ってたでしょ、自分で」

「あ……はい。そういえばそうでしたね」


 こうしてもう少し一緒にいられることになった。



 ◆



 その日の晩、まだ家には帰られそうになくて、もう少し石造りの建物に滞在することになってしまった。けれども今はいつもより寂しくない。むしろ、平常時より楽しいくらいだ。だって今は近くに話し相手がいる、こんなありがたいことはない。


 途中、軽く知り合いになっている人から通りすがりに「まーたいるじゃん不幸呼ぶ女」とか「悪魔の席よねー」とか言われてしまったが、いつものことなので受け流しておいた。


 でもそれは仕方ないのだ。

 私は元々縁起の悪い女と思われているから。


 それに、実際、私の周りで悲劇はいくつも起きてきた。両親が連れ去られたことはもちろんだが、他にもいくつかそういったことはあった。


 だから私を人々が縁起の悪い女と思い呼ぶのもあながち間違ってはいないのだ。


「もう夜かぁ」


 ――意味もなく呟く。


 今はお馴染みのベンチに自分が座ってノワールは少し離れた地面に直で座っている。

 深いグリーンの高級そうな上着をまとっているわりに、彼はまったく気にせず汚れそうな地面に腰を下ろしている。


 不思議な人だなぁ、と思いつつ、私はいつも暇なときに眺めている家族写真を眺めていた。


 この写真は私の心の支えだ。

 だって、これさえあればどんな時でも幸福だった頃を見られる。

 写真一枚あれば色々手間をかけなくても幸福を思い出せる――こんな効率的なものは他にない。


「……何それ?」


 写真を眺めてうっとりしていたら、ノワールから問いを放たれてしまった。


「これですか? 写真です」

「……写真」

「家族写真ですよ! ノワールさんもそういうの撮ったことありますか?」

「ボクは興味ないな」

「そうですかー、残念です」


 また静寂が戻ってしまう。


 取り敢えず間をもたせたくて自分について明かしてみることに決めた。


「私の両親、昔、魔の者に捕まってしまったんです。私を庇って。それからずっと会えていなくて……でも、きっと、いつか迎えに行こうって思っているんです」


 ノワールは視線をこちらへ向けもしないまま、ふぅん、とだけ口から音をこぼした。


「ところでノワールさん、魔の者に詳しそうでしたが『ゼツボーノ・オ・クソコ』ってご存知ですか?」


 軽い気持ちでの問いだった。

 しかし彼の目の色が変わった。


「――どうして、その名を知ってるの」


 気づけば視線が重なっていた。


「どうして、って……両親をさらっていった魔の者の名前です、確か……もしかしたら少し間違いがあるかもしれませんけど……」

「ゼツボーノに会ったってこと!?」

「え……え、あの……は、はい、有名人とか……ですか?」


 ノワールは急に食いついてきた。


 どうやら凄く興味があるようだ。

 先ほどまでとは明らかに様子が異なっている。


「ゼツボーノはすべての元凶! 魔の者を生み出す者!」

「え……え、えっと……」


 凄まじい勢いで迫ってくるノワールを見て戸惑う。


「ノワールさん、何だかとても詳しいですね……?」

「――あ」


 何やら焦ったような顔をするノワール。


 なぜそんな顔をするのだろう?


「もしかして! 討伐隊の方ですか!?」

「え……」

「魔の者討伐隊! そこにいらしたとかですか!?」

「あ、いや……そう、ではないけど……」


 ノワールは答えをはっきりとは述べなかった。


 もしかして、少し説明がややこしい立ち位置の人なのだろうか? たとえば――隊員の家族、とか? あるいは、隊員には情報を話せない縛りがあるとか?


「それで、キミの両親はゼツボーノに連れ去られたの?」

「はい」

「じゃあ残念だけど……もう死んでるね」


 溜め息をつくように彼は言った。


「え!? でもゼツボーノは『二人を返してほしければ、いつか、北の山へ来るがいい』って言ってたんですよ!?」

「……そんなことを言われたの?」

「はい、そうです! だからきっとまだ生きてるだろうと――私はそう考えているんです。いつか絶対会いに行きます!」


 捨てきれない希望について語っていたら。


「馬鹿でしょ」


 彼は急に吐き捨てた。


「もう生きてないよ、あいつに捕まったなら――気の毒にね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語が始まったばかりなのに構成もしっかりとしていますね。 一話一話次回が待ち遠しくなります。 連載をする上で大切なことですね。 [一言] また拝読します。
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