episode.27 解放
ファーザーの手に捕まったノワールは空中高い位置で身動きをとれない状態とされる。吹き抜ける冷たい風がダークグリーンとグレーを混ぜたような色の男性にしてはやや長めな髪を揺らす。暫し、静寂が辺りを包んだ。
「怨ミノオソロシサ、身ヲモッテ知ルガイイ……娘ニチカヅイタ穢ラワシイ男……」
地鳴りのような低い声で言葉を紡ぎつつ、ファーザーはその大きな手で少しずつノワールの身を圧迫していく。厚みのある生地が擦れるような音と共に軋むような音が、冷たい空気を揺らす。
そんなノワールを救うべくルナが飛び出そうとした瞬間、ファーザーはぐるりと身体の向きを変えてこちらへ顔を向けてきた。
顔と言っても目があり鼻がありといった人間の基本的な構造の顔ではない。が、それでも、どちらを向いているのかくらいは分かるのだ。そして、目は見えないけれど、視線のようなものも感じられる。
「ソレア、カワイイ娘……コヤツノ殺シ方、エラブガイイ」
ファーザーは私に向けて言葉を放っている――そう分かるから、他人事として無視することもできなくて。
「ま、待って! 何を言っているの!? 私はノワールを殺す気なんてないわ!」
結局隠れたまま事が終わるのを待つなんてことはできなくて。
「ソレハ認メナイ……ニギリツブスカ、地面ニタタキツケルカ、アルイハシヌマデ何度モ強打シツヅケルカ……」
出ていくしかない。
恐ろしくとも。
「貴方は誰なの? 父さんなの? もしそうなんだったら、ノワールを離して!」
「洗脳済ミカ……」
「違う! ノワールは敵ではないわ!」
「ソレア……モウ駄目ソウダナ……」
「聞いて! まずは彼を離して。話はそれからよ!」
「聞ケナイコトモアル……タトエ娘ガ相手ダトシテモ……」
刹那、後ろから数本の光線が放たれてファーザーの身体に突き刺さった。
「グ、ァ……!?」
ファーザーはいきなりのことに混乱し手を離した。
突然解放されるノワール。
「撃て!!」
「グオオオオオオ」
また、ファーザーの身を光線が貫いた。
驚いて、外へ目をやる。
すると何が起きたのかすぐに分かった。
魔の者討伐隊――ここの隊は一瞬で蹴散らされてしまったが、他の街から援軍が来たようだ。
その中にはいつか見た顔もあった。
そう、あれは、コルトだ。
ここへ来る前住んでいた街で討伐隊の隊員として働いていた青年。
「貴様ラ……皆……クズダキエロオオオオオッ!!」
連続でダメージを受けたファーザーは冷静さを欠き、ついに滅茶苦茶に暴れ出す。苦しみを舞うかのように、身をよじりながら振り回し、絶命まで秒刻みであるということを表現するかのような暴れ方を見せている。
「ど、どうします!? 退きます!?」
「いや、いい、撃て。怯むな!! 続けろ!!」
魔の者討伐隊は目の前の敵が暴れ回るのを見てもなお怯まず光線を放ち続ける。それらは確実にファーザーの体力を削っている。が、命中精度はあまり良くなく、核を一撃で砕くような当て方はできていない。
硬直状態に陥るかと思われたが――その直後、状況が大きく変わった。
宿の入り口付近の物陰から飛んできた氷の槍がファーザーの目もとにあるしずくマークを貫いたのだ。
「グ、マサ、カ……コンナトコロデ……グギャアアアア……!」
それによってファーザーは活動を停止。
微細な穴が空いた風船がしぼむかのように小さくなってゆき、やがて消滅――そして、地面に、一人の男性だけが遺される。
「攻撃やめ! 対象は活動を停止した!」
討伐隊がいる方からはそんな叫びが聞こえた。
最後の一撃はルナのものでもノワールのものでもない、そして、討伐隊のものでもない――放ったのは、トニカ?
ただ、何はともあれ、これ以上の被害にならなくて良かった。
宿はかなり破壊されてしまっている。でもまだ原形はとどめているし、被害が出たのも私がいた客室が主。それ以外の部屋にはそれほど被害は出ていないはず。あくまで、ここから見た感じだと、だが。
「宿の中の方、ご無事ですかー?」
下から声がして、見下ろせば――声の主がコルトだったのだと判明した。
「え、ソレアさん!?」
「コルトさん……お久しぶりです」
お互い、目が合って気づく。
知り合いだと。
でも、変に、気を遣ってしまう。
あの時も色々あったから、純粋に再会を喜ぶことはできなくて。
――その後。
「驚きました、まさかソレアさんだったなんて!」
コルトの方はあまり何も気にしていないようで、親し気に接してくれた。それがまた何とも言えない気分だった。爽やかに明るく接されても、こちらはどんな顔をすれば良いものか。取り敢えず、なるべく自然に見えるように意識して話をするよう気をつけておく
「コルトさんがこちらまでいらっしゃるなんて、驚きました」
「援護要請が来たからです!」
「そうでしたか。お騒がせしてすみませんでした」
「えっ? なぜです? ソレアさんは被害者じゃないですか!」
魔の者が倒された後に遺された父母の身体は討伐隊によって回収されていった。
「……随分親しそうだね」
コルトと喋っていると、背後からノワールの声がした。
「あ、ああ、お久しぶりです! ノワールさん!」
いきなりの登場に少し戸惑いつつもコルトは表情を陰らせることなく接する。
「……ソレアに馴れ馴れしくしすぎ」
しかしノワールは非常に機嫌が悪そうだ。
戦って疲れているから?
あるいは別の理由?
その辺りは定かでないけれど。
「え? 何を仰っているのですか? 自分はただ、普通の会話をしていただけなのですが」
「ま、でも、感謝はする……キミたちに救われるとはね」
「いえいえ! 魔の者は全人類の敵ですから!」
爽やかなコルトにいらっとしたのかノワールは少しばかり意地悪に「……ボクも魔の者だけど?」と呟く。それに対しコルトは嫌みのように眩しい笑顔を作りながら「通常、人類への有害度が高い順に倒すものですよ!」と答えた。
ノワールとコルト、二人の間には何だか不穏な空気が流れている。