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episode.17 小さな少女と宿屋の父息子

 箱に隠れたままの小さな少女と目が合って、何とも言えぬ時が流れてゆく。彼女はこちらをじっと見つめていた。けれどもだからといって何かそれ以上のことをしてくれるわけでもなくて。質問してみて良いものか、それすらも分からず、ただ時間だけが過ぎていった。


 ――だが。


「あれっ? 皆さん、何してんすか? そんなとこで!」


 急に建物の奥から一人の青年が現れた。


 短髪で活発そうな人。

 しかも寒い地域に住んでいるとは思えないくらい薄着だ。


 黒いタンクトップに破れかけているズボン。


「……ぉ、きゃく、さん」

「あ! トニカちゃんここにいたんや!」

「……き、きてる」

「あー! すんません! この子ちょっと奥手ですねん、でも、悪い子やないですから。で、皆さんはどちらから? 観光客の方ですか?」


 気さくな人だ。

 知り合いでなくても喋りやすそう。


「すみません、この辺りで宿ってありますか?」

「宿? うちやってまっせ!」

「そうですか……! よければ行かせてくださいませんか」

「ああええですよもちろん! ほな、宿まで案内しますわ!」


 青年は「ついてきてください!」と言ってから歩き出す。


 彼にトニカと呼ばれていた長い黒髪の少女も、まるで子どもの鳥が親を追って歩くかのように、青年の後ろについて歩いていた。その歩き方はどこかペンギンのようで。少しぎこちなく、けれども、小動物的な愛らしさがあった。


 そうして到着したのは、しっかりとした外観の二階建ての宿。


 外壁は灰色の煉瓦で造られている。

 落ち着いた雰囲気の建物。

 案内されるままに入り口を通過し、中へ入ってゆく。


「ここ、俺ん家ですねん。わりといっつも空いてるんやけど、営業態度が悪いからやないんです。最近観光客も少なくてなぁ」

「観光客、減っているんですね」

「そうですねん! お客さん、魔の者て知ってます? ちょっと前にこの近くで魔の者が出ましてね、それからこの街の評判もだだ下がりですわ。おかげでうちもほぼ空室……あーもう、喋るだけでも切ないわ」


 どうやらこの辺りにも魔の者は出るようだ。やはり、どこでもどんな街でも、その災難から逃れられはしないのだろう。この時代に生まれてしまった以上はどうあがいても出会ってしまうのだろう、あの恐ろしい敵に。


「お! アオイやん! どないしてん!」


 受付辺りまでたどり着いた時、奥の小部屋から一人の男性が出てきた。


 五十代くらいだろうか、頭頂部がつるつるで眩しいほど光っている人。けれども眩しいのはそこだけではない。活き活きとした声、はっきりしていて分かりやすい表情。そういったところも含めて、眩しい人だ。


「お客さんー」

「え! そうなん!?」


 アオイと呼ばれていたその青年は、やや太り気味で頭頂部の輝く男性のことを「こちら、父ですー」と紹介してくれた。


「すみません、いきなり伺ってしまって」

「いやいや! そんなことありまへん! 泊まってくれはるんやろ? 助かりますわぁ」

「三名です」

「んお!? 美女!? 美女がおるっ!? ……あ、すいません。ほんなら部屋まで――ああそうや、トニカちゃん、一番いい部屋通したってや!」


 男性は快晴の空のような頭頂部を煌めかせながらトニカへ目をやる。


 トニカは少し困ったような顔をした。けれども数秒の間の後に小さく頷いて「……はい」と死にかけの蚊みたいな声で返事をした。それからこちらに顔を向けて一度会釈、ほぼ無言に近い状態のまま歩き出す。私たち三人は彼女についていくことにした。


「……こ、ちら……へや」


 トニカは丁寧に扉を開けてくれた。

 五本のうち親指だけが別になっている形の手袋で手を器用に使うのは難しそうなものなのだが、彼女はその形の手を意外と器用に使いこなしている。


「失礼しますー」

「……ぁ、の」

「何ですか? トニカさん」


 黒く垂れた前髪の隙間から見える面が驚きの色に染まる。


「っ、ぁ……な、まえ、どうし……」

「先ほどあの男性、ええと、アオイさん? がそう言ってらっしゃいましたよね」

「ぁ……そ、そう、です……よね……すみ、ません」


 トニカはとにかく恥ずかしがり屋さんのようだった。


「あらぁ、素敵な部屋ねぇ」


 ルナが部屋を見回して勝手に感想を述べる。


「ねっ? ノワ様!」

「……ま、そうだね」


 しかし結局のところルナはノワールに絡みたいだけだったようだ。


 その後私は連泊の予定を伝えた。

 そのこともあってかとても温かく迎えてもらうことができた。


「……ぁ、あの!」

「トニカさん?」

「ぅ……、その、すこしいい、です、か……?」

「はい!」


 室内で荷物を広げていたら、トニカがお盆に乗せてお茶を持ってきてくれた。


「ぉ、なま、え……」

「私のですか? ソレアです」

「ぁ……は、はい、ありがと……ぅ、なま、え……っ、かわ、いい」


 彼女は小さなテーブルにお茶が入ったカップを置きつつ名を褒めてくれた。


「それ、あ……さん、その……っ、ぁ、まの、ものって……しって、ます……よ、ね……?」

「え? ああはい、知っています」


 ノワールもルナも魔の者だが、そのことはまだ黙っておこう。


 そういうことはむやみに明かすべきではない。


「そ、の……ぉ、ど、う……おもって、ま、す……か……?」


 トニカはもじもじしながら尋ねてきた。


 どういう意味?

 何を言おうとしている?


 ……どういう意図でそんな質問をしているのだろう。


 まだ何も明るみには出てこないけれど、それでも、問いには答えるしかない。


「襲ってくるなら嫌ですね、怖いですし。でも、そうでないなら平気です」


 すると急にトニカは表情を明るくした。


「……ほん、とう!?」


 たった一つ。

 夜の湖のような色をした瞳が輝く。


「ぁ、の……! とにか、の、はなし……! ぃ……き、いて、……くれ、る……!?」

「話し相手になってほしいということですか?」

「……ぉ、の、ずっと……だれ、にも……いえない、こと、あって」


 トニカは手と手を胸の前で合わせるようにしてこちらをちらちら見ながら言葉を紡いでいく。


「私でよければ聞きますよ」

「ぁ……の、とにか……ほん、とう、は……」


 もしかして!? と思ったら。


「まの、もの……な、ん……です……」


 ……やはりそうだった。


 まさかの告白。

 でももう驚きはしない。


 私の周りにはそういう者がたくさんいるから。

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