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episode.15 雨のち晴れ?

 明日の朝までにここを出なくちゃ……。


 まさかの展開が私を待っていた。


 こんなことになるなんて。

 それも急に。


 追い出される、なんて、そんな可能性は少しも想定していなかった。


 張られた衝撃や心ない言葉をかけられた傷でしばらくは立ち直れなかった。床に座ってただ涙を流し続けることしかできず。情けない、そう思っていてもなお、それ以上のことはできなかった。

 人間とは不思議なもので、初めは理由があって泣いていたはずなのに段々何が原因で泣いているのかすらよく分からなくなってくるものだ。途中からは何が何だかよく分からなくなって、それでも、漠然とした悲しさに憑りつかれて泣き止むことはできない。


「……あのさ、もう、泣きやみなよ」


 ノワールはもうずっと腰を下ろしてそう言ってくれているのだが、それでも涙は止まらないのだ。


 この胸の内に広がっている悲しみは信じられないくらい大きい。


 どういう悲しみかは自分でもよく分からない、けれども抑えられない。


「泣いててもどうにもならないし」

「……ごめんなさい」


 目の周囲が熱い。

 鼻の奥が痛い。


「ちょっとアンタ、ノワ様がそう言ってくれているんだからいい加減泣き止みなさいよ!」

「ルナ!」

「アタシはただノワ様に心配してほしくなくて言っただけなんですぅ~」

「……はぁ」


 ――それから数時間が経って、ようやく落ち着いてきたのだが。


「泣き過ぎでしょ、あり得ないわ」


 ルナはすっかり不機嫌になってしまっていた。


 ノワールは箱からティッシュを一枚ずつ抜いて渡してくれる。私はそれで涙を拭いたり鼻をかんだりして、それからもう一度彼に返す。そうすれば彼はゴミ箱にそれを捨ててくれる。


 きっと今の私はみっともない顔面になっているだろう。


 取り敢えずベッドの上へ移動した。


「……そんなに痛かった? 頬」

「いえ……」

「でも泣いてるよね?」

「それは……その、よく分からなくて……でも悲しいんです」

「……そう」


 ノワールは地面に膝をついて座ったまま手を握ってくる。


「ま、それならそれでいいよ」


 ルナは立ったまま眉間にしわを寄せていた。


「べつに、無理に明るくしなくていい」

「ノワールさん……ありがとう、励ましてくれて」


 そこへ口を挟んでくるのはルナ。


「でもどうするの? 出ていかなくちゃならないんでしょ?」


 そうだ、それが本題だ。

 そこから目を逸らすことは許されない。


「……荷物、まとめます」

「ちょっと! 言い返さなくていいの? あんなボロクソに言われて、そのままでいいの?」

「言い返す気はないです。心ない言葉でも、事実は事実ですから……」


 人を連れ込んでしまったこと、それによって迷惑をかけてしまったこと、それは紛れもない事実だ。


 そのつもりはなかった。

 でも大家さんが迷惑だと言うのなら迷惑なのだろう。


 それに、私と関わることで災難に見舞われるというのだって、間違いではない。実際私は魔の者とよく遭遇する。不運の塊みたいな女、そう言われても、おおよそ事実なので反撃はできない。


 そもそも家を借してもらっている身では偉そうなことは言えないし。


「ノワールさん、私はここを出るけれど……もしできるなら一緒に来てほしいの」


 勇気を出して、言ってみた。


 私はこの街で生きてきた。だからここでなら生きてゆけるけれど、一人で外の世界に出ていくのは怖い。何も知らない世界へ単身出てゆく勇気はない。けれども、誰かが傍にいてくれたなら。それならどこへでも行ける気がする。


 幸い、お金はある。


 親の遺産と一時期だけ挑戦していた治癒魔法を使う仕事で少し稼げた分だ。


「ま、そのつもりだよ。キミが望むなら、だけど。……なんだかんだでボクのせいだし」


 胸に安堵の花が咲く。


 拒否されたら。

 それだけが怖かった。


「貴方のせいではないわ」

「……でもさ、ボクと出会わなければこんなことにはならなかったのにね」

「そんなこと言わないで。悪いのは私、勝手なことしたから。やり方なんて他にもあったはずなのに、大家さんにあれこれ無理を言ってしまったから……だからノワールさんのせいではないわ。確かなことよ」


 そこへ。


「ならアタシもついていくわ」


 真っ直ぐに立って腕組みだけしているルナが言葉を挟んできた。


「ルナさん……」

「いいでしょ? アタシはノワ様を護りたいの」


 ルナはどことなく苦々しげな顔で言うけれど、私としては嫌さなんて少しもない。彼女がどう思っているかは知らない。が、私は彼女も来てくれた方が嬉しい。できることなら一緒に来てほしいと思っている。


「はい! もちろんです!」

「そんな風に言われると調子狂うわね」

「え? どうしてですか?」

「だってアンタ、さらっと受け入れ過ぎじゃない?」


 こうして話をしていると、段々心が晴れてきた。


 衝撃は小さくなかった。

 でも今は傍にいてくれる人がいるから未来を見つめられる。


 どんな雨もいつかはあがると言うけれど――これもまたそれと同じようなものだ。


「私はルナさんのことも好きです!」

「はぁ!? ……アタシはアンタなんて嫌いよ!」


 ルナはそう言ってツンツンした接し方をしてくるけれど、本当は良い人なのだと思う! だって、私のために怒ってくれていたし!


「で、どうするの? これから。旅でもするのかしら」

「私! やっぱり、親に会いたいです! だからゼツボーノのところへ行ってみようと思います」


 ノワールとルナはほぼ同時にうわぁ……と言いたげな顔をした。


「本気で言ってる……?」

「ああもうどうかしてるわ……」


 二人してそんな顔をするとは、ゼツボーノはよほど恐ろしい存在なのだろうか。


 まぁそうかもしれない。

 すべての魔の者の親玉というくらいだから。


 きっと恐ろしいのだろう。


 でも、もしかしたら、私が想像している恐ろしさを大きく超えた恐ろしさなのかもしれない。


 そんな怖く強大な敵のところへ行くのはまずいだろうか……。


 でも、夢は夢として、今でも持っている。


 父と母に会いたいという夢。

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