episode.9 真実
部屋を出ようとした、その瞬間。
外から低く大きな音がした。
ちなみに外といっても建物の外という意味ではなくてこの部屋の外という意味である。
まさかノワールに何かあった?
嫌な予感がして、部屋から飛び出す。
通路に出た。
そして道の奥へ視線を向けると。
「ノワール……」
彼は廊下に立っていた。視線は斜め下を向いていて、静かな目の色をしているけれど、その左腕からは赤いものが滴っている。動揺している様子はない。どこまでも静かな、それこそ真夜中の湖の水面のような、そんな顔つきをしている。
「何かあったのですか?」
駆け寄って問うが。
「……べつに」
彼はそっけなかった。
少しして、ノワールの前にコルトがいることに気づいた。
コルトは地面に座り込み腹部を押さえるようにしてじっとしているが、何やら痛むところがあるようで、時折弱々しいうめき声をこぼしている。
「腕、怪我していますよ。何かされたのですか?」
「襲われたから抵抗しただけ。……彼、治してあげれば」
刹那、背後で空気が揺れる感覚。
振り返ると、コルテッタが拳銃のようなものを手にしていた。
「動くな! 人類の敵!」
その銃口はノワールに向いていた。
「兄さんに何をした! お前らはいつもそうだ、人を傷つける! そうやって人類を苦しめ弄んで嘲笑っているんだろう!」
彼女の中にある闇は深く濃いものだ。
きっと脅しなどではない。
状況によっては、きっと、彼女は本当に撃つ。
「……キミ、何言ってんの」
「化け物が!」
「……あのさぁ。先に手を出しておいてそういうこと言うって……そっちの方がどうかしてると思うけどな」
「人間を悪く言うつもりか!? ふざけるな!!」
コルテッタは抑えきれず引き金を引いた。
「死ね!」
そういえば前に、討伐隊では対魔の者仕様の武器が製造され利用されていると聞いたことがある。隊員の間では、魔の者にダメージを与えるのに効率的な鉱物を練り込んで作った武器が多く使われているという話だったような気がする。
もしかしたら今放たれた弾丸もその素材でできたものなのかもしれない。
幸い、ノワールには当たらなかったけれど。
「当たってないよ」
「次は殺す!」
「……無理しない方がいいんじゃない」
ノワールは今のところまだ話し合いの意思を見せてはいる。
「そんな必死にならなくても、彼はべつに死んでない」
「そ、そうですよ! コルテッタさん! あの、コルトさんは私が治しますから!」
コルテッタは憎しみの色を消すことはしなかったけれど、拳銃のような武器は下ろしてくれた。
「コルトさん、あの、どうなさいました?」
「……ソレアさん」
どうやら腹部辺りに傷があるようだ。
白色の制服が赤く滲んでいる。
「少しだけ、手を離せますか?」
「……っ、はい」
「では治しますね。少しだけお待ちください」
切り傷でも何でもそう時間はかけず治せる――こうすればきっとコルテッタだって分かってくれるはずだ。
本当はもう彼女と話したくはなかったけれど、でも、ノワールの立場をこれ以上悪くしないためなら関わるのも仕方のないこと。
「本当に、傷が塞がって……」
コルトは衝撃を受けたような顔をしていた。
「ソレアさん、これは……?」
「治癒魔法と呼ばれるものです」
「あ、ああ、そうでしたか……凄まじいですね」
「ありがとうございます」
コルテッタはコルトに駆け寄ってきた。
「兄さん! 大丈夫!?」
「……うん」
「治ったの!?」
「ソレアさんの力で」
「凄い……」
それからコルテッタはこちらへ身体を向けて、頭を軽く下げながら「ありがとうございます」と言ってきた。気まずいけれど、ひとまず「いえいえ」とだけ返しておく。
その後何があったのかを聞いた。
コルトは隙をついてノワールを刃物で刺そうとし、それから逃れるべく抵抗したノワールが反撃でコルトの腹部に一撃を加えた――そういうことだったようだ。
ノワールが先に手を出したわけではなかった。
それが分かってホッとした。
こちらが先に手を出していた、なんて話になったら、どうやっても謝りきれないから。
そうして私たちは一旦解放してもらえることとなる。
けれども、隊員たちからは終始、冷ややかな視線を向けられていた――心休まる時なんてなかった。
そうして家へ戻って。ああー疲れたー、なんて言いながら大きく背伸びをしてしまってから、変に少し気を遣った。ノワールへの遠回しな嫌みみたいになっているような気がして。自分の中で、あっまずっ、と思ったのだ。実際にノワールから指摘されることはなかったけれど。
「ところでノワールさん、貴方……魔の者だって、本当なのですか?」
ひとまず安全な場所へ戻ることができた。
ここからは話だ。
これからのこと、大切なことだから、気は進まなくても聞かなくてはならない。
「……聞いたんだ」
こちらから見つめれば、彼は目を伏せた。
「事実、なのですね」
「……そうだね。間違いないよ……人を殺す気はないけど」
暫し沈黙があって。
「……騙してて、ごめん」
彼は短く言った。
どんな言葉をかけるべきなのか、私には分からなかった。
「いいえ、私も、私にも責任はあります……貴方を無理にここまで連れてきたのは私ですから……」
こんな言葉を発したところで何も変わらないし何の意味もない、そう分かっていても。だからといって相応しい言葉が思いつくというわけでもなくて、ただ漠然と脳内に浮かんできた何ということのない言葉たちを紡ぐことしかできない。
狭い部屋の中、こうして二人立ったまま向き合って――真実を知った今でも、私は、彼が悪ではないのだと信じている。
だって何度も助けてくれた。魔の者も倒してくれた。一緒にいても酷いことなんてしなかったし、アイスクリームを食べる会など私がやりたいことにも付き合ってくれた。
それでも彼が悪なのだとしたら、悪とは一体何なのだろう?
「じゃ、もう行くよ」
彼はそう呟くようにこぼして身体の向きを反転させる。
「待って!」
気づいた時にはそんな彼の手を掴んでいて。
「そういう意味じゃないんです! 出ていってほしいとかそういうのではなくて、その、本当のことを聞きたかっただけなんです!」




