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プロローグ

 それは、記憶だ。


 まだ少女だった頃の記憶。


 突然の出来事によって起きた建物の倒壊から逃れきれず、何とか下敷きにはならずに済み命は助かったものの逃げ遅れた私は、迫る敵に怯えてしまい動けなくなった。そんな私を庇おうとして前に出た両親は、敵の力によって拘束され連れ去られてしまう。


 返して、と叫ぶ私に。


『二人を返してほしければ、いつか、北の山へ来るがいい』


 禍々しい巨大な姿をした敵は低くそう言った。


 確かにそう言ったのだ、あの時――。



 ◆



 大きな音がして目覚める。


 だが驚きはない。

 この世界においては、これももういつものこととなっている。


「ああ……また」


 十年前、穏やかだった世界に突如現れた怪物――通称『魔の者』は、多くの人を殺め多くのものを壊した。


 やがて人類はそれらに対抗する武器や組織を作り抵抗し、絶滅だけは免れた。が、それですべてが解決したわけではなかった。魔の者は倒しても倒しても現れる、それこそ無数にいる。それゆえ、十年が経った今でも、時折こうして人々が暮らす地域へ出現し暴れるのだ。


 けたたましく鳴り響く避難指示のサイレンにももう慣れた。


 起き上がり、眠い目を擦りつつもなるべく素早く身支度をして、部屋から出る。


 そして避難するのだ――ここが無事であることを祈りながら。


「眠い……」


 どんな時でも絶対に手放さないものが私にはある。


 それは昔撮った家族写真。


 父と、母と、私。

 まだ穏やかだった頃の三人の姿を捉えたもの。


 思えばあの頃はまだ普通の家族だった。私が治癒魔法を得意としているということを除けば、本当に普通の、目立った特徴なんてない三人だったのだ。でもとても温かくて、あの空気が好きだった。三人でいられて良かった、なんて思うほど当時はよく分かっていなかった。でも、今振り返ればとても幸福な日常の中にいたと思う。


 ――だがもうすべて過ぎたことだ。


 両親を連れ去られ、私だけは保護された。あの日からもうずっと父にも母にも会えていない。捜索願を出してみたこともあったけれど上手くいかず、結局、二人が生きているのか否かさえも分からないまま。


 敵が来れば逃げる。

 それ以外は忘れたかのように目を向けず過ごす。


 そんな日々が、今の日常。


 でも、結局私たちはそうやって生きていくしかない。波の中で力を抜いて目を閉ざすかのように。弱者が選べる道はそれだけしかないのだ。備えもなく下手に抗えば即座に殺されるだけだから。


 階段を下りて右へ、一気に直進し外へ出る。そこからは外。屋外だが、まずはそこまで行かないことにはどうしようもない。外へ出ると騒然となっていた。走ってひたすら逃げる者、叫ぶ者、悲鳴をあげる者。色々いるけれど今は気にしている余裕なんてない。とにかく敵と真逆の方向へと走る。それこそ波に従うかのように。


「……っ!? あ、す、すみません」


 まだ夜明け直前の薄暗い空。

 視界はあまり良くない。

 それと不注意があいまって誰かにぶつかってしまった。


 一瞬振り返り、その相手が負傷者であることに気づく。


 身長は私とそれほど変わらないくらいだが、灰色の髪の男性だった。こんなところでうろついているにしては良さげな身形だが、そのわりには関係者は周囲にはいそうにない。それに、まるで戦闘後であるかのように身体に傷を負っている。


 考えるより先に「大丈夫ですか?」と声が出て、しかし彼はそっぽを向いて「……べつに」と小さく返すだけ。怪我人であれば助けを求めるなり泣いて寄ってくるなりしそうなものだが、どこか達観したような表情だ。


「と、とにかく! ここは危険です。逃げましょう!」


 こんなところでもたもたしている場合ではない。

 でも怪我人を置いていくこともできない。


 ならばやることは一つ。


 取り敢えず一緒に避難する、だ。


 導き出された答え。

 それと同時に彼の片方の手首を掴んでいた。


「……ちょっと」

「避難指示が出ています、まずは逃げましょう!」


 彼は眉間にしわを寄せているように見えた。


 けれどもこの状況でそんな顔をするか? とも思って。


 もしかしたら見間違いかもしれない。

 なんせ視界が良くないから。


 だが今はそんなことはどうでもいいのだ、逃げて生き延びることこそが最優先事項だろう。


 夜明け前の街を駆けるその手に感じる、人の手首の感触。

 それは訳もなく愛おしくて。

 そういえばもうずっと誰かに触れたことなんてなかった――そんなことをちらりと思ったりした。

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