事故
俺とアツシが自衛官の両脇を抱えて、ねーちゃんが足下を懐中電灯で照らす。ランドクルーザーまで30メートル。近くに牛の首は居ない。何とかなりそうだな。ガシャーン! ドスン! なんだ!? ねーちゃんが音のした方向を照らす。校舎の二階から窓を突き破り、牛の首が校庭に下り立っていた。ヤバい、復活したか!?
「急ぐぞ、皆!」
ランドクルーザーまで20メートル。大ピンチだ。
『ガァァァーー!』
牛の首の雄叫びが聞こえた。怖い。
「仲間を呼んでる。急ご」
「ヤベーな」
ランドクルーザーまで10メートル。ねーちゃんがランドクルーザーを懐中電灯で照らす。右リアフェンダーの辺りがベコベコだ。板金100万コースか。だが、この程度なら動くはず。
『『『ガァァァーー!』』』
ドスッ、ドスッ、ドスッ。足音…………。牛の首に囲まれたか?
ランドクルーザーまで3メートル。
「鍵は開いてる! 自衛官とねーちゃんは後部座席へ! 急げ!」
俺はランドクルーザーの運転席に乗り込む。アツシは助手席へ。自衛官も何とか後部座席に乗り込んだ。しかし、ねーちゃんはまだ外だ。
「何をやってる!? 早く乗れ!」
「待って! もう一度、印を切ってから! はぁーあ…………、りんひょうとうしゃかいじんれつざいぜん、しょー!」
ねーちゃんも後部座席に乗り込んだ。ねーちゃんの魔法が効いてくれるといいが。俺はエンジンをかけて、ギアをバックに入れる。皆、シートベルトをした。
「出すぞ!」
俺はランドクルーザーをバックさせて向きを変える。そして、ギアをドライブに叩き入れて加速させた。
逃げ切った! 牛の首の追撃もランドクルーザーの走行能力には勝てないか。俺は廃校から500メートルほどの民家の空きスペースにランドクルーザーを停めた。
「皆、大丈夫か?」
「ダメ。自衛隊の人の意識がないよ」
「出血多量か。脈は?」
「ちょっと待って」
俺はルームミラーで後方を見てると、ねーちゃんが自衛官の首筋に指を当てて脈を診てる。生きてるといいが。
「脈あるよ。でもかなり弱ってる」
俺はナビを操作する。近くの病院まで…………。
「近くの病院まで60キロだ。それまで持ちそうか?」
「無理ね。私の家に寄って。村医者が居ると思う」
「場所は?」
「ここから先に1キロくらいの所だよ」
「分かった。出すぞ」
俺は再びランドクルーザーを走らせる。
「先輩! 前! 前!」
「なんだ!?」
俺は助手席側のフロントガラスを見ると、黒い手の跡が無数に付いていた。心霊現象かよ。
「呪われたな、アツシ」
「怖い事言わないで下さいよ。南無三」
「で。ねーちゃん、牛の首伝説ってのはなんなんだ?」
「知りたいの?」
「ランドクルーザーの保険適用が出来るか知りたいから。まさかお化けに壊されたなんて保険屋が信じるとも思えんし」
「分かった、教えてあげる。牛の首伝説はその昔、牛の首を遊び半分で刀で跳ねた男がいて、牛は村に呪いをかけた。牛の憎しみは恐ろしく、年に一晩だけ村人に復讐すると言い伝えられてる」
「なるほど。つくづく運がないな」
「どういう意味?」
「昨日や明日に来てたら牛の首に襲われずに済んだのにな。まあ、5億円はなく、空振りだったが」
「そうね。本当に運がないね。この自衛隊の人も」
「一晩だけと言ったな」
「うん」
「今、夜中の10時だ。牛の首は何時に消えるの?」
「日の出とともに」
「夜明けの早い夏なのが不幸中の幸いか。何でねーちゃんは魔法が使えるの?」
「呪いに対する手段だから。村の女は物心が着いた時には皆、使えるよ」
「男は使えないのか?」
「さっきも言ったけど、牛の首伝説の発端が男によるものだから」
「参考になったよ。ありがっ……」
ガシャーン! ガリガリガリ! いてえ。ランドクルーザーが急に横転しやがった!? 何事だ!?
「皆、大丈夫か! 取り敢えず外に脱出してくれ!」
「はい!」
「うん!」
ランドクルーザーは左に倒れて止まってる。シートベルトしてて良かった。俺はフロントガラスを蹴って突き破る。そして、シートベルトを外して外に出た。アツシも続く。
「アツシ! 懐中電灯だ!」
「はい!」
ねーちゃんが脱出に手こずってる。自衛官の体がもたれ掛かり、なかなか出て来れない。
「ねーちゃん、目を閉じろ!」
「うん!」
バリーン! 俺はサンルーフを蹴破った。
「出てこい!」
「待って。自衛隊の人が邪魔で」
「手を出せ! 引っ張る!」
俺は、ねーちゃんの伸ばした手を掴み、思いっきり引っ張る。アツシが懐中電灯で照らしてくれてる。ねーちゃんも何とか外に出た。
「大丈夫か?」
「うん。それより自衛隊の人が」
「取り敢えず、医者を呼んで来よう」
「先輩! 後ろ!」
『ガァァァーー!』