5億円
俺は住んでる街から牛の首伝説がある秘境、丑首村にやって来た。二時間ちょっとのゴートゥヘルだ。目的は1つ。この村に半グレの隠し財産が眠ってるという。俺は仕事を解雇整理されて39歳で独身無職。退職金も失業保険も大した額じゃない。なんとしても隠し財産を見付けて俺の物に。少々危ない綱渡りだが、このチャンスを逃す訳にはいかない。
ーー1週間前に俺はカフェでコーヒーを飲んでいた。すると背面に座ってる半グレの男二人の会話を聞いてしまった。
「半グレチームのを丑首村の廃校に隠した。誰にも言うなよ」
「あそこなら誰も来やしませんね。で、いくら隠したですか?」
「5億だ。ジュラルミンケースの中に入ってる。当面の活動資金はあるから、いざという時に遣う」
俺は気配を消してじっくり二人の会話を聞き入る。めっけもんじゃん。俺がそれを手に入れれば豪遊出来るし。1年に1千万遣っても50年持つ。ぐへへ。
ーー俺は色々準備した。相手は半グレだ。命に危険もあるだろう。だから学生時代の後輩を一人連れてきた。小中高と空手部の主将を務めていた〝アツシ〟だ。戦闘力は50万といったところか。無口だが頼りになるバディだぜ。
俺達は俺の車で丑首村を訪れた。悪路を走る事を想定して、ランドクルーザーで来た。だが、丑首村の道路は舗装されており、軽自動車でもよかった。辺りはもう暗い。取り敢えず、半グレがジュラルミンケースを隠したという廃校の校庭に車を停めた。
「さてさて、5億円はどこかな~?」
「先輩、取り分は分かってますよね」
「俺が4、アツシが1」
「一人占めしないで下さいよ」
「分かってるよー。この作戦にアツシは重要なパーソンだ。行こう」
俺はエンジンを切り、懐中電灯を持って車を降りた。アツシも続く。
「手分けして探そう。アツシは外を、俺は中を調べてみる」
「了解です」
校舎は二階建てで1棟のみ。ジュラルミンケースを見付けるのは簡単だな。俺は昇降口から廃校に入る。扉は開いていた。まずは一階からだ。1年A組から1年B組の教室を探索する。思ったほど汚れてない。居抜きすればまだ使えそうな校舎だな。めぼしい物はなかった。
俺は廊下に出ると、奥から火の玉が1つ勢い良く近付いて来た。チビりそう。怖いよー。俺は固まってしまう。
「バー!」
「うわーー!」
俺は思わず悲鳴をあげてしまった。校舎に響き渡る。
「人? 幽霊じゃなさそうね」
「へ?」
俺は懐中電灯の光を火の玉の方へ向けると、女二人が立っていた。火の玉はどうやら向こうの懐中電灯か。ビビらせやがって。懐中電灯を持ってる女はTシャツにデニムとラフな格好で、もう一人は白いワンピースと女の子らしい出で立ちだ。
「あなた、廃校に勝手に入っちゃダメなの知ってる?」
「ちょっと忘れ物があってな」
「不法侵入は二度目なのね」
「いや、仲間のヤツだよ。あんたら警察か?」
「あんたらって…………警察だったら何だって言うのよ」
俺は振り向き、ダッシュで逃げる。
「あ! 待ちなさい!」
「待てって言われて待つバカどこにいんだよ、ばーか」
昇降口にアツシが居た。俺の悲鳴を聞き付けて来たか。
「アツシ、一旦撤退だ」
アツシが昇降口の扉を閉じた。
「何やってんの?」
「外に化け物が居ます」
アツシの態度が変だ。ただならぬ嫌な予感がする。
「追い付いた! 仲間も居たのね。二人まとめて警察に突き出してやる」
しつこい女どもだぜ。ラフな格好をしたねーちゃんは意気揚々としてるが、それより今はアツシだ。化け物? 人面犬でも出たかな?
「化け物ってなんだ。逃げるぞ」
「先輩、外に出ちゃダメです」
アツシは頑なに動こうとしない。
「あなた、見ちゃったのね」
「何を?」
「牛の首伝説よ」
「あれは迷信だ」
「本当にあるの。私、地元民だから知ってるの」
俺は辺りを懐中電灯で照らす。居ない。
「ねーちゃんも不法侵入じゃん」
「私は村の自警団に入ってるの。たまに肝試しだとか、心霊スポット巡りだとか、迷惑なよそ者が来るから」
「ねーちゃん、もう一人はどうした」
「もう一人? 私、ずっと一人だよ」
「…………ヒィィィー! 幽霊!」
「怖い事を言わないでよ」
ガシャーン! 校舎の外からデカい物音が聞こえた。
「先輩、あれを」
アツシは窓の外を指差してる。俺は懐中電灯でその方向を照らす。牛だ。体長4メートルはあろうかとする牛が俺のランドクルーザーに頭突きしていた。
「俺のランドクルーザーがボコボコに!」
牛は飽きたのか、俺のランドクルーザーから離れる。その時見てしまった。牛に頭がなかった。代わりに背骨なのか角の様に出っ張ってる。
「これが、アツシの言ってた化け物…………」
アツシは何も喋らない。代わりにねーちゃんが口を開く。
「これが牛の首伝説よ。まさかここまで来ていたなんて。死にたくなかったらしばらく校舎から出ない方がいいよ。夜明けになるまでは」
「そんな暇はない。俺達は急いでるんだ」
「今日は何体いるか判らない」
「あの化け物が複数いるのかよ。外には化け物、中には幽霊。こりゃ5億円どころじゃないな」
「5億円って何よ」
「俺の隠し財産だ…………あ」
しまったぁー! 言ってしまった! どうする!? どう誤魔化すか!?