魔女セレスティア
はじめまして、忍谷さとです。
初めて書いた短編小説です。
同じ題材で長編を書こうか迷っています。
わぁぁぁぁぁ!!
ここが私の王子様たちがいるローゼリア学園なのね!
クレイヴ王国王都にある貴族の子女子息が通うローゼリア学園。まるで一国の城のような優美な出で立ち、細かい装飾が施された学園の門扉。
本日入学式が行われる場所であるため、そこはいつも以上に華美に飾られていた。
その前で両手を組んで立ち尽くし、興奮を抑えきれない様子の少女が1人居た。
表情を易々と悟られないように訓練されるはずの貴族教育が全く生かされていないその様子に周りの学生が眉をひそめて避けて行くことに全く気づかず、『私、ヒロインだもの!』と脳内にお花畑を展開させている少女はフローゼ・フレア。れっきとした男爵令嬢である。
ふわふわと浮かれた様子の彼女は突然何かに気づいたかのように門に向かって駆け出した。
そしてまるで当たり屋のように1人の男子学生にぶつかって「きゃっ」と声を上げて地面に転がった。
周りの学生が非難の目で彼女を見つめ、驚愕を隠せず呆然とする。
突然ぶつかられて困惑する男子学生と地面に座り込んで彼を見つめながら何かを話す彼女。
男子学生の隣にいた女子学生は少し眉をひそめて彼女に何かを注意しているようでそれを聞いて涙を浮かべてぷるぷると震える少女。
「間違いない。見つけた」
結局男子生徒は彼女を助け起こさずに近くにいた侍従に何かを命じた後、隣にいた女子学生をエスコートして校舎へ向かった。
侍従は彼女を助け起こそうとしたが彼女はさっと立ち上がり何かを喚き散らす。
関わりたくないとばかりに早足に傍を通り抜ける学生たちが避けた空間の真ん中で頭を抱えたり大きく手を振り回したり何かを叫ぶといった奇行を繰り返す彼女。
まだ入学式も行われてないが間違いなく貴族として失格の彼女がこの学園で何かをやらかし、台風の目となることは今から想像するに固くないなと誰もが思った。
想像通りに彼女は学生生活において色々やらかしを繰り返した。
高位貴族の子息に自ら話しかけ、自分をアピールし、時には虐められてるんです、なんて同情をひくような仕草を繰り返す。まともな神経であれば皆が身を引くその仕草であってもいつの間にか彼女の周りには高位貴族の子息たちが侍るようになり、その中には入学式の日に彼女にぶつかられた男子生徒もいた。
男子生徒の婚約者達は幾度も彼女に注意をしたが彼女には響かず、婚約者の男子生徒に威圧される始末となり、いつの間にか諦めてしまうようになった。
婚約は家同士の契約。これは学生のうちの火遊びだと自分を納得させて目を瞑った。
「それにしてもシルヴィア様、可笑しいと思いませんこと?エルタリア殿下はあんなにもシルヴィア様を大切になさっていたのに」
とある昼休み。学園の片隅にある東屋で5人の女子学生がティータイムを過ごしていた。話題は当然、最近学生たちを騒がせているとある男爵令嬢とその周囲に侍る高位貴族の子息達について。
ここに集まった女子生徒5人はその子息たちの婚約者であった。エルタリア殿下はクレイヴ王国の第1王子、シルヴィア・ネミュダ侯爵令嬢の婚約者である。
シルヴィアは扇で口元を隠しながら困った表情を浮かべた。
「わたくしも可笑しいとは思いましたわ。皆様、仲睦まじい関係を築いておいでなのにフレア嬢に関わった途端に呆気なく壊れてしまいましたもの」
儚げにため息をこぼした彼女に周囲の令嬢も同意する。
「入学式の時から少し変わったご令嬢だとは思いましたが、礼儀もお作法も男爵家では何一つ教育されなかったのかしら」
厳しく少し苛立ったように発言したのはツィツィー・リグナー伯爵令嬢。社交界でもトップクラスの作法の美しさで有名な伯爵夫人を母に持つ彼女は彼女自身も作法に厳しい。そのことから彼女は第2王子であるアルドリアの婚約者に抜擢された。
「アルドリア殿下も一体どういうおつもりなのかしら。兄殿下と共に同じ令嬢に侍るなんて」
「セイクリッド様も最近鍛錬を怠っているようで、騎士団にもいらっしゃる回数が減ってるそうなの」
困ったわと小首を傾げたのはマルナ・テグノア子爵令嬢。彼女の婚約者はセイクリッド・イグナディア。伯爵子息であり、クレイヴ王国騎士団団長の息子でもある。
「シルヴィア様、ギルバート様はおうちでいかがお過ごしでしょうか。わたくしのお手紙にも忙しいとしかお返事がなくて」
教育が必要かしら?と言わんばかりの剣呑な光を目に浮かべながら優雅にお茶を嗜むのはトリシア・フルグレット侯爵令嬢。シルヴィアの義弟であるギルバートの婚約者である。
「最近わたくしもギルバートと顔を合わせる時間が少なくて、、、外を出歩いている訳ではなさそうなのですが」
今度探りを入れてみますわ、とシルヴィアは微笑んだ。
「チョウ様、ご実家の方から何かご連絡はありまして?」
5人の中で唯一静かに耳を傾けていたのはチョウ・ナルネイア伯爵令嬢。隣国出身の母を持つ彼女はクレイヴ王国の魔術について学ぶためにローゼリアに留学しており、魔術師団団長の子息であるトランスヴィル・プレーリスィと婚約している。
彼女は誰よりも早く婚約者の異変に気づき、実家に婚約解消について打診していた。
音も立てずにカップを戻したチョウはそっと口を開いた。
「婚約解消は待つようにと父が申しておりました。わたしくしたちの婚約者の異変はやはり魔術に関係するものの可能性が高いとも。近々魔術に詳しい父の知り合いをこちらに派遣して下さるそうですわ」
「やはり魔術関連ですのね」
「わたくしたちには待つことしか出来ませんわね、、、」
やはり可笑しかったのだ。あれだけ仲睦まじく毎週のお茶会をしていた婚約者から手紙も帰ってこなければ、直接会いに行っても邪険にされるなど。
魔術に関して知識は多少なりともあれど、行使することは出来ない令嬢がほとんどである。
ほっと少し安心したような表情を浮かべて彼女たちはお茶会を続けた。
しばらくして話が聞こえない距離に待機していた侍女が近づいてきた。
「シルヴィアお嬢様、ナルネイア様のお知り合いだという方がおいででこちらをお預かりしました。」
侍女が差し出したのはナルネイア家の紋章入りの手紙。
チョウに紋章を見せて確認する。
「ジーナ、お客様を学園の応接室へ。わたくし達もそちらへ向かいますわ」
侍女が一礼して去っていくのを確認してチョウに目を向けると手紙の内容を確認しているところだった。
読み終わったのか封筒に手紙を仕舞う。
「父が派遣してくれた魔術師の女性のようです。先日から学園の周囲を調べてなにか掴んだようですわ」
少し表情を明るくしたチョウに周りも明るい表情を浮かべる。
「あまりお待たせしてもいけませんわ。皆様行きましょう」
お茶の席を立った5人は騎士とそれぞれの侍女を引連れ学園の応接室へ向かった。
学園の管理棟の1階にある応接室内はあまり華美でなく、それでいて上品な雰囲気が漂っていた。
室内に入ると彫刻めいた美しさを持つスレンダーな女性がソファに腰掛けていた。
艶やかな黒髪が肩の辺りでバッサリとカットされているので貴族ではないのかもしれない。
令嬢たちが入室すると立ち上がり優雅に一礼する。
全員が座ると挨拶は省略させて頂きますね、と彼女は話し始めた。
「簡単に言うとこの学園に魅了の力が使われた形跡があります。その力は大きく、そして異性により力を発揮するようです」
魅了の魔術。それはおとぎ話で悪い魔術師が使う魔術として令嬢たちは認知していた。まさか実在するとは。
「つまりわたくし達の婚約者様は魅了の魔術によってあのような状態に?」
信じられないような気持を抑えきれずにマルナは女性に問いかけた。人の心を操る魔術などあってはならぬはずだ。
「そういうことです、ご令嬢方。ですがご安心なさいませ。術をとく事は可能です。」
救いを求めるような少女達の潤んだ瞳に安心させるようにほほ笑みかける女性。シルヴィアは1人魔術師を観察していた。この魔術師が気づいたのなら何故学園に在中し、魔術に詳しいはずの魔術専攻の教師たちは気づかなかったのか。考えれば考える程怪しく見える目の前の女性。そんなことも悟らせないように周りに合わせた表情をつくる。
「2ヶ月後に卒業パーティが開かれると聞きました。何かが起こるとしたらそこでしょう」
過去の経験からそうなる可能性が高いと話す魔術師にツィツィーは待ったをかけた。
「お待ちになって?何かが起こるとはどういうこと?それに過去の経験とはなんですの?」
後学までに教えてくださいまし。とグイグイ来る令嬢に笑みを浮かべると話し始めた。
「簡単に言うと婚約破棄、もしくは解消の宣言です。今は魅了の術で男子生徒を丸め込めている状況ですが、件の令嬢が魅了の使い手なら自分の地位を確かな物とするために先手を打とうとしてくることでしょう」
婚約破棄と言われて数人が青ざめる。
こちらに悪い点はなくとも未婚の貴族令嬢にとって婚約破棄は大きな瑕疵になる。自分だけでなく家に迷惑がかかる。
あまりのことに崩れ落ちそうになったマルナをシルヴィアが支える。
「何か方法は」
「もちろんございます。こちらがさらに先手を打ってしまえばよいのです。」
そういっておもむろに取り出したのは5組のブレスレット。
それぞれ婚約者の瞳の色が石を用いており令嬢1人につき1組(2つのブレスレット)が配られた。
「さすがにエスコートはして頂けると思います。国王陛下も参加される行事ですので。その時にこのブレスレットをつけて頂けるようにお願いしてください。2つ1組にしたのは仲が良いことをアピールするため、ということで」
おずおずと受け取ったブレスレットを色んな角度から眺める令嬢たち。
「これは普通のブレスレットに見えるのですが、、、なんの効果があるのでしょう?」
銀のチェーンに婚約者の瞳の色が用いられた華奢なブレスレットと少しチェーンが太いだけの同じデザインのもの。
「一見そうと分かりませんが、こちら魔道具でございます」
魔道具、、、それは古代から存在する魔術が付与された道具。効果は様々で創り出せる者はなかなかいないはずの高価なもの。それをこんなに幾つもぽんと出せてしまうこの人は一体、、、。
「精神干渉弾く効果のあるものです。離れている時まで魅了はかけられないはずなのでブレスレットを身に付けて頂いて精神を正常に戻す時間を稼ぐ、ということです。イメージで言うと騎士の方の鎧ですね。古傷が癒える時間を稼ぎ、新しい傷をつけないようにするというような」
視界の隅にいる騎士たちがふむふむと頷く様子を確認したシルヴィアは引っかかっていたことを尋ねる。
「離れている時まで魅了がかけられないのなら、屋敷にいる間、なぜわたくし達の婚約者の対応は学園にいる時と変わらぬものだったのでしょうか」
魔術師の彼女は出来の良い生徒を褒める教師のように微笑み、1つ頷いた。
「よくお気づきになられました。その答えは魅了がかかっていないからです。魅了の魔術も万能ではありません。時間が経てば魅了の効果も薄れて消えてしまいます。ですが魅了を掛けられた者は先程申した通り、古傷を抱えています。その古傷がある限り、魅了された相手の事は頭の片隅に残ります。それは魔術師であっても見抜くのは難しく、一見魅了が掛かっているかどうかなど判断は厳しいでしょう」
改めて語られる魅了の魔術に関して聞いていると穴だらけのように感じる。だが、学園という封鎖された空間や移動範囲の狭さを考えると効果は言わずもがな強いものであるようだ。
「ここから先は専門的になるので省かせて頂きますが、当日のパーティには私も参加させて頂きます。何かあってもフォローしますので安心してくださいな」
年下の少女を安心させるようにおおらかな笑みを浮かべた魔術師の女性に令嬢たちは頷くほかなかった。
時は流れ、卒業式当日。
パーティは夕方から夜にかけて行われる為、イブニングドレスを着用した令嬢たちはそれぞれの婚約者にエスコートされて会場に姿を表した。それぞれの腕にお揃いのブレスレットが光り、目ざとく気づいた同級の者の話題に既に上っているようだ。
会場を見渡せる隠し部屋からその様子を1人の女性が見ていた。黒いイブニングドレスを身にまとい、じっと何かを待つように会場を観察する。
「グレイ」
「なんでしょう」
女性の声に呼応するように暗がりから姿を表したのはこちらも眉目秀麗などこか陰を感じさせる男。
燕尾服をきっちりと身に付け後ろに控える。
「彼女の気配が近づいているわ。もうすぐエンディングよ」
「さようですね。下りられますか」
「えぇ。舞台へ行きましょうか。キャストは揃ったものね」
ふふっと笑みを零した彼女はグレイの差し出した手を取りふっと姿を消した。
ようやく、ようやくよ!
わたしは王妃様になれるの!!
フローゼはルンルン気分でスキップしたいのを抑えて足早に会場を目指した。
あぁ、長かった1年!ヒロインなのに悪役令嬢たちは全く虐めてくれなくて大変だったわ。けれどそんなも今日で終わりよ!彼女たちは今日のパーティでみんなに婚約破棄されてみんなは私の王子様になるの。ふふふっ本当に嬉しいわ!あぁ、この世界は私のためにあるものね!素敵な王子様たちに囲まれて幸せになるのよ!
エスコートがないのは元々わかっていたもの。
もともとのゲームでもそうだものね。
婚約者のエスコートは最後の義務で、会場に入りさえすれば王子様たちはすぐに私の元へ来てくれるの。それで婚約破棄されるのよ!
あぁ、なんて楽しみなの!!
ガヤガヤ聞こえる会場のホールが近づいてきてぱぱっと身なりを整える。今日のドレスはお父様におねだりしてとっても可愛いピンク色にしてもらったの。うふふ、わたしほんとに可愛いわ!
「フローゼ・フレア男爵令嬢ー」
入場する際の名前を聞き流して軽く一礼。飛び跳ねるようになってしまったのも可愛さをみんなに見せつけるために大事なポイントなの!
数歩歩くと直ぐに仲良くしていた子爵令息や男爵令息たちがこちらへ寄ってくる。
あなた達はお呼びでないのよ!
懸命に話しかけてくるのを無視して王子様たちを探すと遠く離れた場所で固まって談笑しているのが見えた。
もう!恥ずかしがらなくていいのに!
「エルー!アルー!リドにギルにヴィル!こんばんは!」
いつものようにたたたっと駆け寄るとこちらに気づいた彼らは振り向いてくれたもののいつものように笑顔は向けてくれない。
少し難しい顔してる。どうしたのかな、この後婚約破棄するだけだよね?
「みんな、どうしたの?」
傍に寄ろうとするとどこからか現れた騎士たちに行く手を遮られた。
え?なに?なんのバグ?
騎士たちの向こうでは何故か私の王子様たちが悪役令嬢の腰を抱いてこちらを見ている。
「ねぇ、みんな!なにこれ!どういうこと!?!?」
いつもより感情を込めて呼びかけると王子様たちの腕の辺りで何かが光った。それと同時に背後にナニカが現れた。ゾワッと一気に鳥肌が立つ。後ろを見てはいけない、ダメ、そこにナニカがいる。
「現行犯ね」
真後ろから聞こえたのは透き通るような女性の声。ひんやりとした手に腕を掴まれて思わず小さく悲鳴をあげた。
恐ろしくて震えている間に両手を掴まれて何か冷たいものを嵌められた。
慌てて腕を戻そうとしてもカチャカチャと音がするだけで動かない。
あれ、これ、手錠、、、??
どうして、、、?え?私、何かした、、、???
「なにこれ、、、ねぇ、助けて!!どうして手錠なんてはめられてるの!?!?意味わかんない!エッッッゴホッゴホッ」
助けを求めてエルの名前を呼ぼうとしたけど呼ぼうとすると喉が絞まるような感覚がして呼べない。他の人の名前を呼ぼうとしたけど同じだった。
訳の分からない恐怖に襲われる。
「フローゼ・フレア男爵令嬢」
いつもフローゼと呼んでくれたエルのかっこいい声が私のフルネームを告げる。どうして、いつもみたいに呼んでくれないの?どうしてそんな怖い顔をして私を見ているの?いつもみたいに笑ってこっちを見てよ、、、。
「我々に精神干渉の術をかけた事が立証された。これは大罪だ。第1王子エルタリアの名のもとに置いて君を拘束させてもらうよ」
精神干渉の術、、、、?なに、それ、、、、?
「わたし、、なにもしてな、、、」
どうしてストーリー通りに進まないの?
全部のイベントちゃんとこなしたし、好感度もMAXまで上げて逆ハールートの分岐点イベントもあった。
なのにどうして、、、?
混乱する私に後ろの女性が囁いた。
「女神に騙されたのね、可哀想な転生者の女の子」
聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ごめんなさいね」と呟かれて膝から崩れ落ちる。
好きなゲームのヒロインに転生させて貰えた時はほんとに嬉しかったし幸せだった。
なのにどうして、、、。
崩れ落ちた彼女は騎士たちによって会場から運び出された。
「魅了されていたとはいえすまなかった、シルヴィ、許して欲しい」
私の腰を抱いていたエルタリア殿下は膝まづいて許しを乞うた。
「わたくしは殿下を信じておりました」
立ち上がった殿下に抱きしめられながらふと、魔術師がいた場所を見ると誰もいなかった。まるで初めから誰もいなかったかのように。
そして思い出す建国史の一節。
___国が危機に陥る時はいつでも参りましょう。我が友トマス・クレイヴ。(魔女セレスティア)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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