1枚目、はらり
《請求書に押された社印が、添付の契約書の社印と字体が違います》
返却された会計書類に貼ってある付箋に、僕は胸が躍った。この細くて角ばった字は、タカラベさんのものだ。
《当初の支払予定日には間に合いませんので、先方に支払いが遅れる事を連絡しておいてください》
とてもよく見ていて、とても厳しいタカラベさん。今年4月入庁、僕と同期だ。タカラベさんは、高卒で入庁して財務会計課に配属された。住民と関わることが少ない、いわゆる「幹部候補生ルート」だ。それに対して、僕は児童福祉課。住民、特に子育て世代と常に窓口をはさんで応対している。大学新卒、未婚、もちろん子どもなんかいない。そんな僕を先輩たちは「一生市民対応ルート」または「万年ひら確定ルート」といじってくる。
《同じ不備を繰り返さないように、訂正メモのコピーを取ることを推奨します》
タカラベさんは、僕の適当な性格までお見通しだ。新人だから窓口業務だけ任されるのかなと楽観視していたのだけど、まさか会計事務もやらされるとは。子育ての給付金、ひとり親家庭の支援、虐待・DV関係、とにかく激務なこの課では庶務係を求めていたのだそうだ。古風な思想が残る僕の職場は「男が庶務をやるなんて」がキャッチコピーみたいなものだった。トホホ。僕が夢みていた「9時5時ライフ」は塵となり、「なめられキャラ」の役までつけられた。
タカラベさんは、年下なのに「デキる」事務員だ。いきなり会計書類の点検係を担当するのだから。あれは、中堅レベルの仕事だとうちでアルバイトしているマデノコウジさんが口酸っぱくして教えてくれた。「デキる」から、財務会計課のポジションはもちろん「エリートキャラ」。僕は、タカラベさんに憧れていくうちに、一緒にごはんを食べに行けたらいいなと欲が出てきてしまった。
訂正ついでに、僕からもふせんを貼ろう。ちょっとしたしかけをつけて。賢いタカラベさんなら、気がついてくれると信じて。タカラベさんに、届いておくれ。