魅惑の黄色ですから
「遅くなってごめんね」
「ああ小鞠、待ってわ!」
程なくして小鞠も委員会室にやってきて、ようやくブラッティ・デス・クラブメンバー四人が揃った。
早く早く、と二人に急かされて小鞠は困惑顔のまま、とにもかくにも彼女たちの向かいのソファへちょこんと座る。
「それでは、お待ちかねの」
お盆を手にした定子がキッチンからくるりとリズムカルな足取りで出てくるのを、カノンと、そしてエリナも、めいっぱい瞳を輝かせて待ち構えている。
ふふん、と自信満々に口角を持ち上げて、ようやく定子がお皿を手に取る。
「どーん、プリンです!」
「わーい! いっただきまーす!」
「昭和レトロの色合いが美しい」
濃いキャラメルの海に浮かんだぷるりと震える魅惑の台形。スプーンでそっと掬って、舌の上に乗せるなり、うっとりと瞳を細くするエリナとカノン。
「なにこれ……めちゃくちゃおいしい!」
「ええ。卵本来の風味を生かした品の良い甘さ。硬すぎず柔すぎず、見た目のぷるぷるを舌でも楽しめる絶妙な口溶け。加えてしっかりとカラメルソースが存在感を主張して、口の中で奥行きが広がる。とろけてしまったというのに、余韻までもがおいしいわ。なんて完璧なバランス……感動的だわ!」
「そうでしょお、プリンの腕には自信ありだよ。……にしても、だいぶ大げさ」
ソムリエのような淀みない寸評をエリナが真面目な顔で披露するのを、定子はきょとんと目をしばたいて聞いていたが、いつものきゅるんとした愛らしさのままの口ぶりで答えて、
「はいコレ、こまちゃんの分」
笑顔でプリンを置いて、小鞠の隣に座る。だけど、やっぱり照れたのか、まだ一口目もそこそこな小鞠に、
「花江先生の用事って何だった?」
定子は僅かに朱の差す頬で、慌てたように尋ねる。
「うん、用事はね」
小鞠はそんな彼女の様子に好ましげに微笑みつつ答える。
「委員会室に欲しいものとか、足りないものとかある? 予算が下りるかわからないけど、とりあえず一人ひとつずつ希望を出していいって」
「食料とかそういうのは別で?」
うん、と小鞠が頷くも、エリナは、ピンと来ないと小首を傾げる。なにせこの部屋に来たのはまだ二回目。勝手が全くわからない。
「定子は?」
「うーん、私はキッチン用品かな。あと、おしゃれなティーカップ四客。完全に私用だけど」
「いいと思う。とりあえず、書いておくね」
小鞠がメモにすらすらときれいな字で書き留めていく。
「小鞠は?」
「え? えーと」
書き終わるなり順番が回ってきて、小鞠は慌てつつも、ちょっと恥ずかしげにエリナに答える。
「ゴーヤの種、かな」
「ゴーヤ?」
「うん。あの、廊下の窓って、塞がれてるでしょ? あれって、日当たりが良すぎるからなんだって」
「え、それだけの理由で?」
「だったら、あんな風に、わざわざ不気味にしなくてもいいのにー」
自作のプリンに舌鼓を打ちつつ呑気な定子に、カノンが、こちらは真顔で、何度も頷く。
「それで、どうしてゴーヤ?」
「うん。窓の下の花壇が空いてるから、ゴーヤのカーテン育てようと思ってるの。上手く育てば、窓の板も外せるし」
ゴーヤのカーテンが何なのかエリナははっきりとはわかっていないけれど、いつも通りの静かな小鞠の口調が気持弾んでるような気がして、エリナは嬉しくなる。
「とてもいい考えだと思うわ」
「ありがとう、エリナちゃん。それに、結構広さがあるから、他にもなにか植えたいなって」
「こまちゃんが作った野菜をてーちゃんが料理する……それってめちゃ良くない?」
「ええ、すごく。それで、カノンは? 欲しいもの」
カノンは腕組みで唸ってから、
「全然思いつかないから、お嬢、お先にどうぞ」
「ええ、私? そうね……私は、物はいいから許可が欲しいかしら」
「許可?」
エリナはちょっと恥ずかしい気持ちを隠しつつ頷く。
「カメラを持ち込みたいの。スマホは学校での使用禁止だから、せめてデジカメを」
「デジカメ」
スマホ世代の彼女らには、あんまり馴染みがない電子機器の名称を、カノンはきょとんとオウム返しする。
「写真賛成! 私もみんなと撮りたいもん!」
定子がパタパタと両手の袖を上下に振る。
「思い出を写真に残したいし、それに何か問題が起きたときには証拠にもなるし」
と、エリナはどちらも切実な本音を口にする。
「それで、カノンは?」
うーん、と眉間を人差し指で押さえていたが、突然ぱあっと顔を上げて、
「閃いた!」
びしっと、斜め向かいの小鞠へと人差し指で差し示す。
「流しそうめんか、綿あめ作るやつ! 今年の夏はこれで決まりっ!」
「へえ……、なあにそれ?」
「ふふん、届いてからのお楽しみ」
興味津々のエリナに、によによと勿体ぶるカノン。
綿あめ機、と楽しげに書き終えて小鞠はペンを置いて、メモ帳をめくる。
「それでね、もう一つ」
人知れず小鞠の眉が小さく曇る。
「特別委員会宛に、次の依頼が入ったの」
「え……」
柔やかだった雰囲気は一転し、三人が一斉に小鞠の方へ、青ざめた顔を向ける。