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春宵一刻、価千金ですから

「じゃーん! 冷蔵庫にあったの! これ、お嬢見たことないでしょー」

 カノンが自信満々に取り出したのは、5つ一緒になって1パックの乳酸菌飲料。人差し指程度の高さの、くびれのある容器に入ったあの薄橙色のポピュラーな液体。

「懐かしいよねん」

 そう定子は喜ぶが、案の定エリナは訝しげな表情をする。

「液体肥料?」

 違うと笑いながらぐるぐるとビニールの包装を剥いて、カノンは一本ずつ配り終える。

「おいしんだよ」

 小鞠がそう教えると、エリナはジュースらしいと理解する。

夕飯に食べたカップラーメンの例があるから、彼女はすんなり受け入れる。隣の部屋には台所もあって、委員会室は思いの他快適だった。

「変わった飲み物なのね」

 と、そのアルミの蓋を剥がそうと手を掛ける、

「待った!」

 ばっ、とカノンが手のひらを翳す。

「飲み方にも流儀があるんだよ」

「流儀?」

 エリナが疑問で繰り返すのに、そう、とカノンは大きく頷く。

「オーソドックな流儀としては……、まず、蓋のフチの部分をきれいに起こします。そして4の1程、少しだけ丁寧に剥がします」

 カノンの実演をエリナは真面目に見詰める。

「剥がした部分を反対側へきれいに折り曲げ、起こした残りのフチももう一度きれいに折り畳みます。すると! 飲み口が小さくなって、勢い余ってやりがちな不慮の一気飲みを防げます」

「そのためにアルミの蓋なのね」

 うんうん、と肯定するカノンに並んで、

「さらにアウトローな流儀として、」

 講師側として定子が現れる。

「まず、利き手でしっかりと容器を握ります」

 やっぱり実演しながら、定子も解説を始める。右手で容器を握り、腕を真っ直ぐ手前に伸ばす。

「握ったままその親指をピンと上に立てて、そして、」

 言うなり定子は思い切りよく、そのまま親指を下へ折る。

 バスリ、

 蓋が鳴って、エリナはびくりとちょっと肩を揺らす。

「親指を突き刺し、穴を開けます。指に多少中身が付きますが、むしろそれが心地良い」

「ちなみに、この方法は上手くしないと中身が飛び散るので熟練以外はおすすめしません」

 捕捉するのは、もっともらしい表情のカノン。

 エリナは途中から半信半疑の目付で眺めていたが、

「……要するに、蓋を開ければ飲めるということね」

「あー! 普通に開けたー」

「遊んでないでそろそろ行くわよ」

片手にヒール、片手に懐中電灯という謎スタイル。それでも。

「行きましょう!」

 ガラリと威勢よくドアを開け、4人は委員会活動を開始する。

 開けるなり目の前にあるのは、薄暗い蛍光灯の照らす不気味な廊下。エリナは怯えるが、握りしめるのはこの上なく可愛いハイヒール。

「なんにも見えないね……」

 小鞠の細い声が言う。

 廊下の明りは、すっかり落とされている。真っ暗闇。廊下の壁も床も区別がつかない。手を伸ばせば自分の指先すらもどこにあるのかわからない。

 不安が渦巻く。しかし見ているうちに目も慣れてきて、おおよそ空間が掴めるようになってきた。だが、生い茂る木々に覆われるように立つ校舎の窓に入る自然光は無いに等しく、運悪く月明かりもない。

 小鞠が紙を照らし、ルートを確認する。

「まず北館を出て、見回るのは西館みたい。ここを真っ直ぐ行って角を左、突き当たりの階段を降りる……」

 恐る恐る明かりを当て、少しずつ直進していく。僅か進むのにも息が詰まる。何もないのを確認して壁を伝うようにまた少しずつ進み、ようやくたどり着いた階段もその窪みはさらに真っ暗で、何かがそこに潜んでいてもきっとわからない。

 すっかり怯えていたが、カノンが決意したかのように顔を上げる。自分自身も励ますように、

「よし、私が先陣を切ろう!」

 躍り出る彼女の靴底がキュッと鳴る。

「私、部活でこの館に来たことあるし、見回りなんて余裕だよ!」

 にこっと笑ったカノンの笑顔は、闇の中で希望のようにはっきり灯る。エリナは心の底から感嘆する。

「カノン、なんて頼りになるの」

「えへへ、こういう時のために、今まで鍛えてきたしねっ。頼りにしちゃってよし!」

「よーし!」

 勇気を分け合い、彼女たちは逆境を跳ね返す明るい声を上げる。階段を下る。

 視覚、聴覚、進む足元にも注意を凝らし一階の廊下を歩く。西館との連絡口まで無事に到達。

 連絡口は、昼間は開かれていた、格式漂う木調の扉で閉ざされている。押しても引いてもびくともしない。

「あっ、ちょっと待って」

 小鞠が差し出した端末画面には“セキュリティ”とある。扉の隣のプレートへそれをかざすと、表示は“ロック”、そしてガチャリという音と共に“解除”に変わる。

 カノンがゆっくりとドアを押し開ける。

 夜風がふわりと髪を靡かせる。

 渡り廊下に出ると、辺りは夜の暗闇に変わる。月明かりはなくても、校舎の中よりはずっと明るい。

 ひらりと何かが頬に触れて、エリナは手を伸ばす。触れる桜の花びら。

「見て桜が、」

 穏やかに夜風が流れ、辺り一面に桜が舞う。ひらりひらり、と楽しげに舞う桜を追ううち、花弁がきらりと輝く。

「わあ、」

 雲間から月明かりが差し込み照らす。一面の桜は輝き、風に乗って高く舞い上がる。幻想的な光景に、彼女たちは任務を忘れ思わず見惚れる。

「なんて、きれい」

「うん」

 美しい光景が、緊張と恐怖を溶かしていく。返る声が、エリナを勇気づける。

「行こう!」

「見回りなんて、さっさと終わらせちゃおう」

 緊張の圧し掛かっていた肩は軽くなって、彼女たちの足取りは平常を取り戻す。小鞠が西館の扉を同様にして、セキュリティを解除して中へ入る。

 こちらも明りはないが、北館と勝手はそんなに変わらない。

「一階から順に三階まで廊下を見て行って、あとはそのまま、北館に戻ればいいみたい」

 廊下は静寂に包まれている。案内図通りに進む道のりに、北館同様異常は見当たらない。

「これなら楽勝だねっ」

「早く済ませて戻ろー、なんだか眠くなってきちゃった」

「本当に。私も早く休みたいわ。そういえばあの部屋、お布団あるのかしら」

「戻ったら探してみなくちゃいけないね」

「ほわわん」

「ん?」

「ほわわん」

 もう二階も半分にさしかかろうという頃、カノンと二人で前列を歩いていたエリナは、足を止めて振り返る。

「誰か変なこと言った?」

「ううん、」

 定子と小鞠が首を振る間にも、ほわわん、とゆるふわな動物を思い浮かべるような音が重なる。

「なに? この音」

 ほわわん、ほわわん、

 鳴り続けている。嫌な予感がする、良く聞けば、音は彼女の手元、

「ライトが鳴ってる……!」

 これは警鐘!? 彼女たちは息を凝らす。進行方向へエリナは顔を振り戻す。ぼんやりとだけ視界の効く廊下に、人の気配は感じられない。

 カノンが探るようにライトを当てていく。何も映らない。しかし、ほわわん、と警告は急き立てるようにどんどん早くなる。

 恐怖のまま数歩、彼女は更に奥を照らし出す。床から壁にライトが昇る。円形に切り取る明かり、その紫色が唐突に鋭いオレンジに変わる。

 捉える――――! 

「いっ、やあああああ!!!」

 オレンジが壁から天井へ大きく外れ、ガッと鈍い音でライトが落ちる。カノンは体に攻撃を受けたみたいに、後ろへ倒れていく。

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