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春宵一刻、価千金ですから

 まず彼女らが発見したのは、ブラッティ・デス苦螺舞の委員会室には、壁に仕切られた続きの部屋があるということ。

 怖々そちらに立ち入ると、リビングめいたソファセットにアイランドキッチンと、まるでモデルルームのような作りになっていて、その上、奥の別室にはシャワールームまで完備されていた。

 これなら、夜の見回りも明けも何も心配ない。ほとんどただのお泊まり会だと、一同のテンションも一気に上がる。

 わいきゃいはしゃぎつつ、用意されていた食材でカレーを作って、楽しく夕食を終えてひととき。

「じゃーん! 冷蔵庫にあったの!」

 カノンが自信満々に取り出したのは、四つ一緒になって一パックの乳酸菌飲料。手の平サイズの容器に入った、薄橙色のポピュラーな液体。

「これ、お嬢見たことないでしょ」

「懐かしいよねー」

 そう定子も喜ぶが、案の定エリナは訝しむ。

「液体肥料?」

 違うと笑いながらぐるぐるとビニールの包装を剥いて、カノンは一本ずつ配り終える。

 蛍光灯に液体を透かし見ていたエリナだが、

「おいしんだよ」

 そう隣の小鞠に教えられて、ようやくジュースらしいと理解する。

「変わった飲み物なのね」

 素直に受け入れて、アルミの蓋を剥がそうと指を掛ける。

「待った!」

 バッ、とそれをカノンが手のひらで制す。

「飲み方にも流儀があるんだよ」

「流儀?」

 エリナが繰り返すのに、そう、とカノンは大きく頷く。

「オーソドックな流儀としては……、まず、蓋のフチの部分をきれいに起こします。そして四分の一程、少しだけ丁寧に剥がします」

 カノンの実演をエリナは真面目に見つめている。

「剥がした部分を反対側へきれいに折り曲げ、起こした残りのフチも、もう一度きれいに折り畳みます。すると! 飲み口が小さくなって、勢い余ってやりがちな不慮の一気飲みを防げます」

「そのためにアルミの蓋なのね」

「うんうん、その通りです!」

「さらにアウトローな流儀として、」

 カノンに並んで、講師側として定子がカットインする。

「まず、利き手でしっかりと容器を握ります」

 やっぱり実演しながら、定子も解説を始める。右手で容器を握り、腕を真っ直ぐ手前に伸ばす。

「握ったままその親指をピンと上に立てて、そして、」

 言うなり定子は思い切りよく、そのまま親指を下へ折る。

 バスリ、

 蓋が鳴って、エリナはびくりとちょっと肩を揺らす。

「親指を突き刺し、穴を開けます。指に多少中身が付きますが、むしろそれが心地良い」

「ちなみに、この方法は上手くしないと中身が飛び散るので熟練以外はオススメしません」

 捕捉するのは、もっともらしい表情のカノン。

 エリナは途中から半信半疑の目付で眺めていたが、

「……要するに、蓋を開ければ飲めるということね」

「あー! 普通に開けたー」

「遊んでないでそろそろ時間よ」

 抗議の声を揃える二人をあしらい、エリナは壁の時計を見やる。

 もうすぐ二十三時。依頼の時間である。

 片手にハイヒールと、もう片手には懐中電灯というスタイル。ちなみに足元は普通にローファー。

 実際に装備してみても、さっぱり意味が分からないけれど、それでもやると決めたら挑むのが彼女たちである。

「行きましょう!」

 エリナがガラリと威勢よくドアを開け、四人は委員会活動を開始する。

 とはいえ、廊下は真っ暗闇で尻込みする。行き先を照らすにもこの一角は特に不気味。

「なんにも見えないね……」

 小鞠の細い声が言う。数秒前の威勢はどこへやら、四人はお互い体をくっつけて団子になって、一歩一歩小さく進む。

「北館を出て、見回るのは西館みたい。だけど北館を出るのが、そもそも大変だよ」

 手にした案内図を照らし定子が溜息交じりに言う。ここへ来たときのことを思い出して、みんな揃って憂鬱になる。

 重い空気を振り払うように、靴底を鳴らしカノンが踊り出る。

「よし、ここは私が先陣を切ろう! 私、西館行ったことあるし、見回りなんて余裕だよ!」

「なんて頼りになるの、カノン!」

 決意の表情は闇の中でも眩しく輝き、エリナは感嘆する。

「えへへ、こういう時のために今まで鍛えてきたしねっ。頼りにしちゃっよし!」

「よーし!」

 元気と勇気を取り戻した一同は、いっそのこともう早足になって階段を上り、降り、西館との連絡口まで一気に到達。

 格式高い木調の扉を開ける。

「わっ」

 夜風がふわりと髪を靡かせる。

 渡り廊下に出ると、辺りは夜の暗闇に変わる。月は雲に隠れていても、校舎の中よりずっと明るい。

 風と一緒に、柔らかな花弁がひらりとエリナの頬を撫でていく。

「見て桜が、」

 校舎の裏に一本だけぽつりと、遅れて咲いた桜が満開の花を付けている。

 夜風が流れ、一面に桜が舞う。ちょうど雲間から月が顔を出し、ひらりひらり、花びらは輝き、風に乗って高く舞い上がる。

「なんて、きれい」

「うん」

 思わず見惚れる。来てよかったと、エリナが密かに思うほど。自然と勇気も湧いてくる。

「行こう!」

「見回りなんて、さっさと終わらせちゃおう」

 西館の扉をくぐり、静寂の廊下に辿り着く。

「見回るっていっても、結局なにを見ればいいのかな?」

「異常が無ければそれでいいのではないかしら」

「なら、楽勝っ」

 案内図通りに西館の一階を周り、何事もなく二階へ。このまま二階と三階を見回って北館へ戻れば依頼完了となる。

「早く済ませて戻ろー、なんだか眠くなってきちゃった」

「本当に。私も早く休みたいわ。そういえばあの部屋、お布団あるのかしら」

「戻ったら探してみなくちゃいけないね」

「ほわわん」

「ん?」

「ほわわん」

 もう二階も半分にさしかかろうという頃、カノンと二人で前列を歩いていたエリナは、足を止める。

「何の音?」

「うん、ほわん、って」

 気の抜けた音が却って異様で二人は不安げに顔を見合わす。後列の定子と小鞠にも聞こえている。警戒に身を固くする。

 ほわわん、ほわわん、と廊下を響く音。耳を澄まし、響いてくるのは進行方向、廊下の先。

 エリナは暗闇の奥に目を凝らす。人の足音も気配も感じられない。しかし、ほわわん、ほわわん、と奇妙な音は警鐘めいて鳴り続けている。嫌な予感がする。

 慎重に、カノンが廊下の先へ懐中電灯を向ける。

 床から壁にライトが昇り、円形に明かりが切り取るなかに姿を捉える。

「いっ、いやあああああ!!!」

「カノン!?」

 ガッと鈍い音で懐中電灯が床を転がり、カノンは退きながら倒れていく。

 エリナは咄嗟に、倒れる体を抱きとめる。

「なにっ!? どうしたの!?」

「無理……あれだけは、絶対ダメぇ……うう」

 切迫して尋ねるエリナに、カノンも必死でしがみ付く。涙ながらに訴えて、そして、ガクリ、とエリナの腕のなかで安らかに目を閉じる。

「ちょっと、カノン! うそでしょ、カノンったら!」

 急に重くなったカノンの体を揺するも返事は返らない。エリナは青ざめる。

「ダメだわ、完全に伸びてる」

「あれ見てっ……!」

 定子が、カノンの照らしていた壁にライトを向けて捕捉する。その表情は、驚きと恐怖で引き攣っている。

 ほわわん、ほわわん。

 廊下を反響している。エリナの体はどんどん硬くなっていく。

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