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これがキラキラJKライフですから!

「だけど、いざ書こうとなったら、何をどう書いたら良いのか……。伝えたいことは山ほどあるけど、長々と書いてあの方の時間を奪いたくないし、だからといって最大限要点を絞れば結局、生まれてきてくださってありがとう、だし。だけど、それじゃあなんの風情もないし……だから、こんなに好きだって簡潔かつちょっとだけ印象的に伝えるにはどうしたら良いかって、何度も書き直した。

 そしたら寝不足になって、遅刻はするわ授業は寝るわ、その上、手紙も全然まとまらない。だから、悪循環から抜けだそうと私なりに方法を考えた」


 いつの間にか口元で両手を組む姿勢になって駕籠沢磨実は語る。深刻な影を背中に負い始めたが、


「手紙がまとまらないから、剣道場の床に書こうってことー?」


 定子が呆れたトーンで差し込む。


「急に三段抜かしぐらいで飛躍したね」

「飛躍というか、爆発して明後日の方向に吹っ飛んだというか」


 カノンとエリナも、そもそも深刻さの欠片もなく、優雅で爽やかな朝そのもので紅茶を啜る。


「そうじゃない! 最初は学校で寝れば遅刻しないで済むからと思った。剣道場だったのは単に忍び込みやすかったから……。だけど、そのうち持ち込む紙が足りなって、いっそ床に書いてみたら、拭けばすぐ落ちるし、絵の具の限り無限に書けるし。何より解放感が段違い!

 お陰でぐっすり眠れて、朝も推しへの危機管理能力で目が覚めるから、遅刻もなくなった。私はようやく平穏な学園生活を送れるようになったの! それなのに!」


 ううう、と磨実は一人頭を抱えて、


「ようやく平穏な学園生活を送れるようになったのに、それすらも私から取り上げるなんて、もう一体どうすれば」


 今にも泣きだしそうな様子を受けて、小鞠がエリナに視線を送る。


「困ったね」

「ええほんとに、困った人」


 エリナはまた一口紅茶を味わいながら考える。もう剣道場で寝ないよう、ここで約束したとしても、また違う事件を起こす気がする。ここは初心に返って、


「つまり、貴方の推しの方に手紙をお渡し出来れば、満足ってことよね」


 エリナの問いに、磨実は組んだ手を解いて小さく頷く。


「書き上がらないなら、代筆はどうかしら? 貴方の文章から要点をかいつまんで私が書いてみるから、ひとまずそれを渡してみるの」


 顔を上げた駕籠沢磨実は目をぱちくりと瞬かせる。そんなこと考えもしなかった、というように。


「いいんですか……?」

「ええ、まあ。貴方の気持ちは昨日散々読んだし、書けると思うわ」


 善は急げと言わんばかりにカノンが立ち上がる。


「書く物持ってくる!」

「机の上、片しちゃうね」

「定子ちゃん、手伝うよ」


 定子と小鞠も連れ立っていって、三人こっそり額を付き合わす。


「ファンレターなら、もらっても悪い気はしないだろうし、磨実さんも満足するんじゃない!?」

「お嬢が代筆なら、暴走する心配もない」

「うん、本人の文面は怖い」


 よし、このまま一気に解決、と頷きを交わす。

 そしてものの五分で文面は出来上がる。

 簡単な自己紹介から始まり、いつも美しくて憧れています、お話出来たら嬉しいです、というごく自然な手紙。


「ものすごくマイルドになったね」

「マイルド過ぎて、怒ってない?」


 文章を見つめて黙り込んだ磨実を一同見守っていたが、


「この“お話出来たら”って部分削ってもらってもいいですか? 会話なんて、想像しただけで緊張する……」

「そう? なら……応援しています、とか? でも相手は普通の学生だし不自然かしら」

「あ、でも来月試合があります!」

「試合? 部活か何か?」

「はい、テニス部の」

「それなら、次の試合頑張ってください、に変えて締め括れば良いわね。はい、これでどう?」

「あっ、ありがうございます!」


 磨実は嬉しそうに瞳を輝かせ、手紙を胸に何度も頭を下げる。

 あれだけ縷々綿々と、それも何日もかけて気持ちを綴っていただけに、ほんの数行に収めた常識的な手紙で彼女が満足するとは意外だったが、本人の気が変わらないうちにさっさと事を収めたい、というのがエリナの本音である。


「それじゃあ、封筒に宛名を」

「いえ、それも……」

「それじゃあ意味がないわ」

「で、でも」


 と渋るのをエリナが励まして、


「あー緊張する!」


 震える手で磨実はようやく“浅木さま”と宛名を書き終えて、大きく息を吐いた。

 剣道場で夜通し恋文を書き殴るような大胆なことをしておいて、よくわからないところでシャイである。


「早速、今日の放課後にでも渡しに行ったらいいわ」

「あ、あの……一緒に来てください!」

「まあ、この調子じゃそう来ると思ったけど……」

「絶対に! 必ず! どうしても! お願いします!」

「わ、わかったわ。ついて行くから……」


 目をカッと見開いて懇願する磨実の迫力に、エリナは仕方なしに同意する。一応先輩の磨実がここまで頼んでいるのだから、断るのも気が引ける。

 それに、渡すところを直接確認出来るから、付き合ったほうがむしろ安心かもしれない。

 だけど反面、不安もある。


(何事もなく済むと良いけれど)


 すっかり警戒癖がついてしまったエリナである。


◇◇


 そしてやってきた放課後。

 テニスコートへと続く小道に集合したものの、ほぼ徹夜明けで一日の授業をこなしたブラッティ・デス苦螺舞の面々にはさすがに疲労の色が濃い。油断すると瞼が閉じそうな薄目である。

 そんななか一人興奮と緊張で落ち着かないのが、事の元凶、駕籠沢磨実である。


「こんにちは、迷惑じゃなければ、読んでください。こんにちは、迷惑じゃなければ……」


 ひとり立ち木の影で、ぶつぶつと何度も早口で練習している。


「なんか、告白みたいでこっちまでドキドキしてきたよ」


 陽を浴びて元気を取り戻したのか、カノンもいくらか瞳を輝かす。


「ファンレターでしょ」


 ツッコミは冷静だが、まだかな、と定子もテニスコートの方をそわそわと窺っている。


「どんな人かな」

「それよね……上手く行くといいのだけど」


 どんな姿なのかを磨実に尋ねると、話が止まらなくなることが容易に想像出来るから、あえて聞かずに来たが、いざというとき上手く呼び止められるだろうか。

 例の床文字にも断片的な情報はあった。栗色の長髪で、スタイルが良くて美形、好きな色は黒と白。三年生の浅木先輩。

 磨実さんが謎ルートから仕入れた、今日の練習メニューは軽め、との確かな情報があるから、そろそろ通る頃だと思うけれど。

 校舎の方へ時計を見上げようとしたところに、話声が近付いてきた。


「来たかな?」


 練習終わりのテニス部の子たちがこちらに向かって来る。エリナたちまで緊張が走ったが、


「うーん、あれは二年生。ほらタイの色が」


 制服の胸元、学年カラーのタイを確認して、ほっと一息吐く。


「でも、二年生が終わったってことは、三年生もすぐ来るよね」

「磨実さん、ほら、そろそろですよ!」


 今だ立ち木の影で、というか木に額を押しつけてブツブツ繰り返す彼女の顔面は蒼白。


「ひっ、ちょっと磨実さん!?」


 はしゃいでいたカノンと定子が彼女を振り返って、顔を引き攣らす。


「まずいわね」


 ひとまず、小鞠がガシリと肩を掴んで、木からは引き剥がしたが、


「ちょっと、おでこ赤くなってる」

「こんな姿じゃ、浅木さまの前に出れらない」

「いえ、それほどではないわ。もう練習は終わりにして、ここでじっとしてて。お見えになったら、私たちにも教えてくださいよ」


 釘を刺しておいたのに、ああ緊張するもうダメだ、と磨実は両手で覆った顔を伏せてしまう。


「まずい、このままではどの方か、わからな……」


 そうエリナが焦って小道を見やったとき、一人の姿が目に留まる。

 一際目立つ姿。すらりと長い足と、栗色の髪の毛が艶を放ってサラサラと風に靡く。連れ立って歩く三人と談笑する横顔は美しいシャープなラインで、くっきりとした二重の瞳はあどけなく可愛らしいのだが、なぜだかミステリアスな雰囲気があり、吸い込まれそうな魅力を放っている。


「あの方じゃないかしら?」


 日記の文面がはっきりと蘇り、エリナは声を弾ませ磨実を促す。

 はっと磨実も顔を上げ、道行く彼女の姿に瞬きもせず魅了されている。憧れの人を見つめる瞳は、こちらまでドキリとしてしまうほどに甘く輝いている。が、首から下は別物のように見るも明らかに固まっている。


(あ、これはマズい)


 エリナは察したが、割って入るのも無粋な気がして、磨実の背に手を添えて励ますだけに留めて、なんとか彼女が動くのを待つ。

待ったが、浅木先輩らしき人は、その間にエリナたちの隣を談笑のまま通り過ぎ、そして見送る格好に。


「磨実先輩、」「今、いまだよっ」


 定子とカノンが小声で肩を揺らすが、磨実は夢見心地と哀愁の入り交じった瞳で遠くを見ている。


「エリナちゃん」


 これ以上は無理だという判断は小鞠も、そして定子もカノンも一致らしい。総意の籠もった視線を受けて、エリナは離れていく背に向かって、


「浅木先輩っ!」


 呼ばれて、先輩は談笑を中断して振り返る。


「すみません、少しだけお時間いただけないですか?」


 浅木先輩は小首を傾げたが、一緒にいた他の先輩たちが、「先行ってるね」と柔やかに気を利かせて浅木先輩だけにしてくれる。

 ぎゅっと磨実の手を握って、エリナは先輩の側まで一緒に駆けていく。


「どうしたの?」


 にこり、と浅木先輩は優しい微笑みで尋ねてくれる。その親しみやすい態度にエリナは内心感謝するが、しかしすぐに、この素敵な微笑みをまともに受けた磨実は、卒倒でもするんじゃないかと思わず様子を窺う。

 しかし、杞憂だった。磨実は耳まで真っ赤にして――もちろん顔も、瞳は伏せたままだけど、ぎゅっと一層強くエリナの手を握り返した。

 エリナは心から理解した。彼女は、本当の恋の一ページを今まさに綴っているのだと。理解して、胸がいっぱいに弾んだ。苦螺舞の活動も悪くないかも、と。

 磨実に代わってエリナが口を開く。


「手紙を書いたので、もし良ければ読んであげてください。駕籠沢先輩、ほら」


 バシッ、と今度は添えるのではなく背を叩いて、よろける形で磨実が一歩前に出る。


「あ、あの」


 俯きっぱなしで、口ごもる磨実の声もエリナが辛うじて聞き取れたくらいだから、きっと届いていない。

 先輩は少し驚いたように二三度瞬いて、だけれど、真っ直ぐに差し出された封筒に、優しく手を伸ばした。


「ありがとう、あとで読むね」


 受け取って、先輩は俯いたままの磨実へとニコリと笑顔を投げかけた。

 エリナもホッとして、胸をなで下ろすがそれも束の間。隣で空気の震えたのを察知して、マズい、と緊張が走る。これは確かに、嬉しさで悲鳴の一つも上げたくなるのもわかるけれど、耐えて、磨実先輩!


「っう」


 悲鳴が漏れかけた瞬間、がばっ、と目にも留まらぬ早さで、磨実先輩の口を小鞠の手が塞ぐ。


「――よかった。ありがとうございます」


 浅木先輩が異変に気付いた様子もない。ようやくエリナは心から感謝を告げる。


「それじゃ……」と行きかけた浅木先輩が、しかし何かに気付いたように、不意にエリナの胸元に手を伸ばす。


「タイが曲がってるよ、ほら。気を付けて」

「え、はい……」

「それじゃあね、一年生諸君」


 ヒラヒラと手を振って、そしてまた艶やかな髪を散らして、浅木先輩は行ってしまった。

 その背が見えなくなるまで見送ってから、詰めていた息が爆発するみたいに、


「なんて素敵な方かしら!」

「きゃあ、わかる!」「私までキュンとしちゃった!」「うん輝いてた!」


 キャイキャイと華の女子トークで一気に盛り上がる。


「磨実先輩! 浅木先輩めちゃ素敵でしたね!」

「私たち、応援しますよ!」


 小鞠に口を塞がれて以来、放心状態だった磨実先輩も、テンションのまま肩をブンブン揺すられてようやく我に返る。


「はっ! ほんとに、そうなのよ!! わかるでしょ!? ああ、ほんとに、夢みたい……」


 首が取れるんじゃないかという程頷いて、それから今度はうっとりと一人の世界に旅だったりと、磨実先輩も忙しい。


「私、ぐっと来ちゃった。色々大変だったけど、このときめきがキラキラJKライフなのね!」


 磨実先輩の世界にすっかり引っ張られたエリナが、両手を胸に重ね満足げに噛みしめる。充実感で眩しいセルフエフェクトを放つエリナに、


「キラキラJKライフって?」

「さあ」

「エリナちゃんが楽しそうなら、それでいいよ」


 ピュアに首を傾げるカノンに、やれやれと呆れつつもどこか嬉しそうに笑う定子、微笑で見守る小鞠。


「ま、それもそうかもね」


 にひひ、と笑う定子が思わせぶりな視線を小鞠に投げかけ、それを小鞠もまた意味ありげに受け取ってから、演技染みた視線のやり取りに二人して吹き出してしまう。


「どうしたの、楽しそうね。私も仲間に入れて」


 駆け寄るエリナのスカートがひらりと可憐に揺れる。


「さーて、全部解決したし、花江先生にご褒美貰いに行こっ」

「これから? 私もう帰って寝たいー」

「いえ、カノンの言う通りかも。さっさと成果を報告して、これから何か起きても私たちには関係ないって、はっきりさせておかないと」

「お嬢、不吉なこと言わないで」

「さすおじょ!」「こら略さない」

「抜かりないね、エリナちゃん」

「もちろんよ。だってこのまま、四人でキラキラJKライフを送るんだから!」


 春めいた風が、彼女らの背を押していく。



ブラッティ・デス・クラブ~学園を守る大切なお仕事です~ 了

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

ほんとに長々と…そのわりに一生春ですしねw この投稿も春だし、もう季節とか進めなくていいかと思いました。

感想などいただければ嬉しいです。


この2章を最後に、今後の更新はない予定です。

ただもう少し再構成などして、きちんとまとめられたら良いなとは思ってますので、機会があればこの場で通知させてください。

それでは、この後も良いネット小説ライフを~ありがとうございました~!

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