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お目覚めデスか?

 ガタガタと床を打つ物音で、エリナは目を覚ます。


「ぅう……う」


 醒めきらない意識、瞼が重い。スッキリのスの字もない目覚めに、エリナは呻く。


 明らかに寝たりない。空気が澄んでいるからきっとまだ早いのだろうけど、一方で室内には陽が差し込んでもう朝だと告げている。


 ガッタガタガタと控え目ながらに床を擦る騒音に、目覚まし時計のスヌーズ機能よろしく、観念したようにエリナは横たわるソファから身を起こす。


「はあ」


 気だるく溜息。


 同じく目が覚めたのだろう、側にいた小鞠と目が合う。既に床に敷いた布団から出ててはいるものの、いつもくっきりと濃い小鞠の黒目が珍しくとろんと滲んでいる。


 お互いの眠気を、視線だけの会話で交わすと、何だか不思議な脱力がある。悪くもない気持ちでいくらか目を覚まして見回せば、続きで敷いた布団で定子とカノンがまだ寝息を立てている。


 なぜだか二人とも枕の方に足があって、ついでに言えば、掛け布団を巻き寿司の海苔のように巻き込んで、今はカノンが下になって重なっている。


 布団巻きに潰され溺れかけのような寝顔のカノンと、天使のようにスヤッている定子の頬にも圧迫されたシーツの痕が残っていて、どうやら二人とも寝相が悪いらしい。ゴロゴロと無意識の攻防を繰り広げたあとが見て取れて、思わずクスッと笑みがこぼれる。


「やれやれ。どうしたものかしら」


 布団巻きのお陰で物音が聞こえていない二人をそのままに、踏まないように注意して跨ぎつつエリナと小鞠は今回の元凶の方へ。


 あれから、亡霊たちを引き連れて舞室に戻って来たワケだけど、色々と聞かなきゃいけないこともあるし、ひとまず身柄確保ということで女生徒は一人掛けのソファに座らせ紐でグルグル巻きにしておいた。そしてエリナたちはようやく仮眠に入った。


 あれだけ起きなかった女生徒も遂に目を覚ましたらしい、ガタガタと一人掛けのソファごと逃れようともがいている。さて、一体彼女はどこの誰なのか……


「おはようございます。手荒になってしまいましたね」


 エリナがそう声を掛けると、女生徒はびくりと肩を揺らし、盗み見るような小さな角度で顔を上げた。少しだけ覗く瞳には警戒と恐れがありありと浮かんでいて、エリナは慌てて取りなす。確かにこの言い口では、何か悪役みたいである。


「怖がらないで、話をしたいだけなの。今解きますから、暴れないでくださいね」


 エリナは努めて笑顔で話掛けるが、慣れた風に微笑めば微笑むほど、高貴なビジネススマイルになって一層真意が隠れて圧が増す。女生徒が、ひっく、と引き攣った息を継ぐ。


「そうよね、起きていきなりは緊張するわよね。お茶でも……、ああ、定子がまだ寝ているからそれも出来ないわね」


 エリナは優雅に小首を傾げる。小鞠は小鞠で、微笑はしているものの、女生徒の斜め後ろの位置にピタリと張り付き離れない。


「ミネラルウォーターがあったかしら」


 そうエリナが身を返しかけたところ、女生徒は意を決したように前のめりに尋ねた。


「いっ、いま何時ですか……!?」


「そうね、それは私も確かめないといけないわ」


 エリナはそう応じつつ、


「私は、一年梅組の高藤エリナ。エリナでいいわ。貴方はなんとお呼びすれば?」


 笑顔で尋ねる。女生徒は前のめりだった身を引っ込めて顔を逸らすように少し伏せる。


 しかし学則通りの長さの前髪では表情は隠しきれず、不安と焦りが見てとれる。


 肩には着かない位置できっちり切りそろえられた髪に、決してずり落ちない学校指定靴下などなど、校則をあまりにも完璧に守り過ぎている姿から、逆に信念のようなものを薄々感じてはいたが、女生徒は何を警戒しているのか頑なに口を開かない。


 そんな様子を観察しつつ、


「小鞠、今何時?」


「六時半だよ、エリナちゃん」


「そう……なら、剣道部の朝練も始まる前かしら」


 ぎくり、とお手本のように女生徒の肩が跳ねる。


「貴方のお名前は?」


 再び尋ねるエリナの声音は変わらない。しかし女生徒は先程よりも顔を伏せて、


「……駕籠沢、磨実」


「駕籠沢さん、何年生です?」


「二年鶯組。あの、この縄解いてくれませんか」


「あら、すっかり忘れていました。今解きますからね」


 と答えはするが、エリナはもちろん、小鞠にも動く気配はゼロ。


「それで駕籠沢さん、あそこで何をしていたんです?」


「な、なんのことですか……」


 エリナは後輩にも関わらず、駕籠沢磨実の口調は敬語になる。そして顔を伏せたまま、黙秘の姿勢。


 エリナは浮べた隙のない笑顔を一部も乱すことなく、


「“あまりの麗しさに、思わず叫んでしまいそうになりました。本当に、やっとの思いで飲み込んだんです。”」


「ひっ」


 駕籠沢磨実が悲鳴めいた声にならない声を漏らす。その額からは途端に、不自然な汗がダラダラ流れ出す。


「“いっそ、周りの空気になりたい”」


「ひいっ」


「“嘘嘘、それは幸せ過ぎて逆に脳バグる! それにしても、今日も廊下で見たの可愛かったなあ”」


「ひいいいぃそれ以上はもうお許しを……!」


 書き殴られていた恋文を淀みなく諳んじていくエリナに、悲鳴と共に膝に着くほど頭を垂れる磨実の姿は降参そのもの。


「お嬢ったら、人が悪いよ」


 遅れて起きてきた定子が、あくび混じりに窘める。


「冗談よ。おはよう、定子」


「おはよ。今お茶入れるね。ほら、カノンも起きてー」


 のんびりとした朝に雰囲気は変わり、磨実の縄もようやく解かれる。


「貴方の恋文なら、もうきれいに消してあるわ。読んだのも私たちと、それに数に入らないごく一部のみよ」


「ごく一部……?」


「とにかく、剣道場の秘密を知るのは、ここにいる私たちだけだから安心して。今のところはね」


「今の、ところは」


 戸惑いのままエリナの言葉を反芻することしか出来ない磨実の、不安で陰る瞳を笑顔で受けて、


「少しお話しましょうか」


 エリナはエスコートの右手を軽やかに差し出す。

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