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2/22

春は出会いの季節ですから

「どこの部活見に行くー?」

「あ~忘れ物、忘れ物……」

「ねえ聞いた!? スポーツ万能で先輩たちがスカウトに来ててすごいんだって」

「料理研究会でマフィン焼くって」

 一日の授業から解放されて、ざっくばらんな会話が飛び交う放課後。賑やかにすれ違う生徒たちと同じく、エリナも気分も弾んでいた。

 エリナの隣には――半歩遅れて、クラスメイトの足柄小鞠がいる。

 二人はくじ引き後すぐに委員会召集を受けた。花江先生に渡されたメモには、集合場所までの簡単な案内図が記されている。目的の教室は北館一階、その一番奥。

「部活も委員会も、同じようなものでしょう?」

 北館へ繋がる渡り廊下を歩きながら、エリナは嬉しそうに尋ねる。

 始めは戸惑いのほうが強かったが、だんだん期待が勝ってきている。記憶の辞典を思い返して見れば、生徒会だとか風紀委員会だとか、キーポジションで登場していた。委員会活動も悪くないかも。

 隣で小鞠も控え目に頷く。

 学園の校舎は東館・西館・北館部分に分かれており、一年生の教室は東館に、隣に西館、北館と連なる。どれも和風の面影を加えたエキゾチックな洋館で、新しくはないがとても美しい。

 こうして二人で廊下を歩いていると、エリナは初めて廊下を歩いた感覚が今も少しも変わっていないのに気付く。喜びと期待。自然と笑顔になってしまうような、充足感で満ちている。

 北館に入るとなぜか一度階段を上りさらに降り、それから、

「この先を右に……まだ先かしら」

 手元の案内図を確認しながらエリナが言う。北館にクラス教室はなく、あるのは視聴覚室や多目的室などだから馴染みがない。

 何度か廊下を折れて、それでもまだ案内図は先を指す。すれ違う生徒もなく、校舎の声すらどんどん遠くなって、やけに静まり返っている。

「こちらで合ってるはずだけれど」

 さすがのエリナも不安になってくる。それでも案内通りに進んでみるしかない。

「あの角?」

「ええ、曲がった先だわ! 私たちが最後でないといいんだけれど」

 ようやく辿りついた目的地に、二人は安堵の息を吐いて角を折れる。

 そして、そのまま硬直。

 エリナの頭脳をもってしても理解が追い付かずに、言葉が出ない。突き当たりの先に、それまで満々ちていた優美な風情は皆無。

 とにかく暗い!

 冷たい!

 まるで廃墟! 気が遠くなる……。

「エ、エリナちゃんっ」

 膝から崩れ落ちるエリナに、小鞠が慌てて寄り添う。

「……嘘だわ」

 エリナは、床に手を突き絶望のまま俯く。

 目的の教室に繋がるこの一角だけが、まるで別の建物をくっつけたみたいに朽ち果てている。所々反り返った床板は奇妙な紫に変色しているし、天井の電気はカバーごとつり下がってもちろん蛍光灯は割れている。

 唯一の明かりは、これも割れていてガラスのない窓を一面塞ぐ木板、その隙間から入る細い光だけ。

「ま、間違えたかな?」

 小鞠が不穏な光景に驚きつつも、可能な限り明るく取りなす。しかし、重い額を抑えエリナの視線は宙を彷徨う。

「思っていたのと違う……!」

 校舎のこんな荒れ方は論外だし、思い返せば、隣席のクラスメイトはいつもだらけているし、ランチでもないのに良くわからない食べ物をつまんでいるし、引っ掛かりはいくつもあった。

(ここは本当に、由緒正しき学園なの?)

 薄々気付いてはいたけど見ないふりをしていた疑問が、エリナの前に立ちはだかる。

「こ、ここだけ改修中なのかもしれない」

 深刻に沈んでいくエリナの腕をとって、必死に持ち上げようと小鞠ももがくが上手くいかない。二人してパニックに陥りかける背後で、新たな気配が加わる。

「げっ! なにここ!」

 はっ、と小鞠が振り返る。

 数秒前のエリナと小鞠のように、角を折れるなり愕然としている二人の生徒。

 一縷の希望に縋るように、小鞠は咄嗟に尋ねる。

「特別委員会の人ですかっ」

「えっ、そう! 二人も!?」

 声を揃えた答えに、小鞠が力強く頷く。ぱあ、と見合わす互いの顔に光が差す。

「よかったぁ」

「間違ったかと思って」

「うん、ホント何ここ」

 抱き合う勢いで、三人は気持ちを分かち合う。小鞠は声を弾ませ、エリナちゃん、と呼び掛ける。

「仲間がいたよっ」

 しかし即座に、

「ということは、やっぱりここなのね」

 頭を抱えていたエリナは、冷静さは取り戻したが顔は深刻なままである。

「みんな一年生だよね?」

 出会った一人が尋ねる。クルミ色の長髪に、ぱっちりとした大きな瞳、上背がありスタイルも見映えのする、まさに正統派美少女。

 小鞠が頷くと、彼女はニッと明るく応えて、

「私は鹿組の、青伊カノン。で、こっちは」

「紅葉組の赤絵定子。予定の“てい”に子供の子って書いて“てーこ”って言うの」

 小柄なもう一人がテンポ良く引き継ぐ。こちらは左右のツインテールを緩く編んだ個性的な髪型に、パステルカラーのパーカーを制服の上から羽織っている。

 その小動物めいた可愛らしさで見つめられ、小鞠も慌てて、

「あ、私は、梅組の足柄小鞠と言います」

「同じく高藤エリナよ、よろしく」

 いつの間にか復活したらしいエリナは、既に立ち上がり何事もなかったように上品にスカートを直している。

「あれ、二人は同じクラス? 私たち、今そこで会ったんだー」

 定子の隣でカノンがうんうんと頷いている。初対面なのにもう息が合っている。

 これからよろしく、と四人は一様に、ほっとつかの間息を吐く。

「それにしても、ここ……いきなりこんなに端っこまで来いなんて、だいぶヒドイ」

「本当に、なんでこんな場所……」

 重い額に手を添えて、エリナは目的地には極力背を向けたままで言う。

 小鞠と定子、カノンの案内図を合わせてみても、やっぱりここで合っている。それに、

「あっ、特別室って書いてあるよ!」

 カノンの指差す先の室名札に、確かにそう書いてある。

 恐る恐る暗く朽ちた廊下を進み、年季の入ったドアの前に辿り着くも、室名札とは裏腹にドアには赤いスプレーで殴り書きがされている。

「……BLOODY・DEATH?」

 落書きにしか見えない文字にエリナは顔を顰める。

「気味が悪い……」

「けどそれより、はっ、発音!」

 定子とカノンが揃って羨望に目を輝かせる。そこに微笑の小鞠が加わり、

「エリナちゃん、帰国子女なんだって」

 すごい、と彼女らは場違いな華やかさで小鳥のように盛り上がる。

「じゃあお嬢だねー」

 カノンの名付けで、エリナのあだ名は即効でお嬢に決定した。本人を除く満場一致である。

 お嬢様学校なのだからみんなお嬢でしょうと、エリナは冷静に思ったが、それよりも落書きの文字。BLOODY・DEATHには続きがある。

「その先は? く……?」

 並ぶ漢字の単語は見覚えがなく、エリナにはわからない。

 定子が首を捻りつつ読み上げる。

「えーと、苦螺舞……“クラブ”、かなぁ」

「BLOODY・DEATH CLUB? 委員会なのに? だいたい“血”に“死”なんて、どういうことかしら」

 エリナの眉間が更に寄る。ますます得体がしれない。

 そんな空気を代表するように、長い睫を斜に下げてカノンが深いため息を吐く。

「なんだか思ってたのと違うなあ。学園を守る正義の委員会、って聞いてたのに。それって、かっこいい! これぞ騎士道って感じで!」

「ナイトなの?」

「そうらしいよ」

 エリナが真顔で尋ねる横で、定子も、こちらはニュアンスを加えた真顔で、もっともらしく頷く。

「へえ変わってるわね」

「でも、カッコいいでしょ!?」

「ええ、まあ、そうね」

 エリナはそれと気を留めずに頷くが、カノンは嬉しそうに瞳を輝かし、威勢よく胸を張る。

「私、こう見えても強いんだっ! 剣道柔道合気道、全部出来るよ! 頼りにしちゃってよし」

「よし……? ならば、頼りにしましょうか?」

「うんうん!」

 喜びと比例するらしく、カノンがエリナの肩を笑顔でパシパシ連打している。

 イマイチ掴めない会話に困惑しているものの、エリナはこれもジャパニズムの洗礼なのだろうと素直に受け入れている。

「くすくす、ねえカオス」

 小悪魔的に成り行きを見守る定子に壁にされて、小鞠が穏やかな微笑を浮かべる。

「よーし、ブラットだか、クラブだか知らないけど!」

 勢いづくまま、カノンは不気味な赤文字に真正面で立ち向かい、

「たのもー!!」

 スパンと一思いにドアを開く。

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