戦わなければ、デス??
「ひとまず、冷静に。一旦状況を整理しましょう」
仕切り直すエリナの隣で、ふむ、と定子も肯く。二人して眉間には深い皺が刻まれている。
「そもそも、私たちは幽霊退治のために深夜二時に体育館までやって来て、写真に写った幽霊らしき影を今後悪さしないよう説得する、という話だったわよね」
「その時点でなんかおかしいけど、発端はそうだった」
「だけど、会話が出来る数じゃない幽霊……というか亡霊が現われて、剣道場に逃げ込んだら、血文字で恋文を床に綴った女生徒が寝ていて、さらに鎧武者の亡霊に襲われ今に至る」
「うん。整理したところで全く意味が分からないけど、そうだったはずだよ。その上、現在進行形でとにかくピンチ」
「ええ、つまりはピンチ」
深く同意し合う二人が真顔で眺める先では、ガキンガキンと木刀ではない効果音を散らしカノンと鎧武者が斬り結ぶ。
鎧武者だけでなくカノンの木刀にも、青白い炎みたいなエフェクトが宿りすっかり異能力バトルみたいな画になっている。その脇に控える小鞠は小鞠で、勝負と一定の距離を保ちつつ、どこから持ってきたのか紅白の旗を両手に携えて勝負の行方を見定めている。
「……定子、清めの塩はまだ残ってる?」
「あっ、そうだった。すっかり忘れてた」
亡霊の数が多すぎて発想からして抜けていたが、交渉決裂に終わった場合の最終手段、清めの塩を持参していた。定子は斜め掛けしたサコッシュを確認する。
「十分あるよ!」
エリナはコクリと頷き、
「その塩であの鎧武者の動きを止めて、その隙にここから脱出しましょう。
万一、外で囲まれたとしても、武者に塩が効いたならあの亡霊たちにも効くでしょう。今午前三時十五分だから、あと三時間もすれば朝よ。その間なら、舞室で持ちこたえられるはず」
「さすがお嬢っ!」定子の表情に明るさが戻って、
「そうだ、舞室は御札でしっかり結界張ってあるし安全だよね」
賛同する声にも力が籠もる。
いよいよ眠いし、外の状況が分からない今、一刻も早くこの場を脱しなければ、そろそろ本当にマズい。
それに、カノンがいつまで持ちこたえられるかわからない。作戦を練る間にも、目前で繰り広げられる鎧武者との勝負はどんどん白熱していく。一際鋭くカノンが斬り込み、しかし小鞠が無効だという風に、紅白の旗を下げたまま交差して振って見せる。
「ん? 審判?」
小鞠のムーブに思わず疑問を挟みつつも、エリナは続ける。
「ひとまず定子はソルトに専念してもらって、私とカノンと小鞠、三人であの子を運ぶわ」
禍々しい文字列をベッドに、すやすやと寝息を立てている女生徒をちらりと見やり、エリナはやむなく決意を固める。
「わかった。置いてはいけないもんね」
「一応保護はするわ。事情も聞いた方がよさそうだし。……それに何となく、放っておいたら次の火種になりそうな気がして怖いわ」
「うん、芽は早めに摘むに限るよね」
すっかり巻き込まれ体質になりつつある二人の眼が、どんよりと暗くなる。しかしそれも一瞬限りで、凛々しく切り替わる。
「いくわよ、定子!」
「うん!」
縦に振れた髪の毛が落ちきる間もなく、定子が駆け出す。塩を拳いっぱいに握り絞め、鎧武者の背中目掛けて勢いよく振りかぶって投げた。
定子に意外なセンスがあったのか、一見力任せの塩撒きであったが、塩の粒の一つ一つが一斉に広がり月明かりを受けて白く幻想的な輝いた。いかにも神聖みを纏って、鎧武者の背にぶつかっていく。
ジュワと焦げるような音で塩が弾けて、同時に鎧武者の動きが明らかに鈍る。
「効いてる!」
ようやく生まれた隙に、カノンの構えが鋭く変わる。木刀は美しい弧を描き、鮮やか一閃、鎧武者の胴を撃つ。
「胴有り!」
右手の赤旗を揚げて、すかさず小鞠が有効打を宣言する。そして素早く下ろす様は、完全な審判ムーブ。
「小鞠は一体何をしているの?」
女生徒を抱き起こしながら一部始終を見ていたエリナは思わず突っ込むが、それはともかく、
「二人とも、この隙に逃げるわよ」
「ほら、今だよ、今!」
定子が二回、三回と次々に塩を投げつける。効果はテキメンらしく、鎧武者の動きは見るからに悪くなり、ついには崩れるように膝を突く。
戦いの行方も忘れて、唖然とその様子を眺めていたカノンと小鞠だが、慌てて間に割って入る。
「ちょっ、ちょっと待、痛、うえっ」
定子に立ちはだかったカノンだったが、勢い止まらず撒かれた塩をもろに浴びて、どうやら口に入ったらしい。
「しょっぱあーーー!」
少しでも和らげたいらしく、表には出せないしょっぱ顔で、うぅと情けなく舌を乾かしている。
そんな様だが鎧武者を庇う位置から退かないカノンに、
「何してんの!?」
次の一撒きを握り絞めつつ定子は戸惑う。
「定子ちゃん、こ、この人、悪い人じゃないと思う……!」
小鞠も止めに加わるが、両手に紅白の旗を持ったままでそれを振る格好だから、何となく緊張感に欠ける。
復活したカノンも、うんうん、と小鞠に同調しつつちょっと得意げに、
「まあ、人かどうかは怪しいけど! ……って、てーちゃん塩撒かないで!」
構えを解くどころか、むしろ真っ向で攻撃姿勢を強めた定子に、カノンが慌てて腕で顔をガードする。
塩は撒かないにせよ、
「二人とも正気? まさか取憑かれちゃったの!?」
定子は怖々と、二人の表情をのぞき見る。
「取憑かれてなんてないよ!」「じゃあそこどいて!」「待って定子ちゃん!」「問答無用!悪霊退散!」「ぎゃあしょっぱい!」
一向に埒の明かない状況に、
「なぜ敵じゃないと思うの?」
抱き起こしかけた女生徒をひとまず置いて、エリナも押し問答に合流する。
「上手く説明出来ないけど……」
腕組みで唸りつつ、カノンが自分でももどかしげに言葉を探す。
「さっきの試合も、むしろ稽古を付けてもらった感じだし」
「稽古?」
「うん、間合いとかタイミングの外し方とか凄いんだよ! 盛り塩ハンデ2でも勝てなかった」
「盛り塩ハンデ?」
どうやらかなり充実した手合わせだったらしい。悔しさを滲ませながらも、カノンの口調は熱っぽい。
「なるほど。つまり、あの亡霊武者の方がカノンよりずっと強いということね。それは危機的状況では」
エリナは戦況を見据え冷静に分析するが、違う違うと小鞠とカノンが同時に首を横に振る。
「殺気がないから、きっと大丈夫」
「私の方が弱いのは認めるけど……」
「そうは言っても存在そのものが驚異だし――」
早くも作戦が想定外の方向へ逸れ始めて、どうしたものかとエリナも持て余す。確かにこうしている間も攻撃される気配はないし、差し迫った危機ではないと多少は感じている。すると急に、緊張で押さえ込んでいた眠気がやってきて、思わず欠伸が漏れそうになる……
「って、鎧武者は!? どこ!?」
膝を突いていた上に、カノンと小鞠の影になって見えていなかった。全員が二人の背後に注目するが、そこはもぬけの殻。誰もいない。
「あっ、あそこ!」
小鞠が指差す。今度はエリナと定子が振り返る。
鎧武者がよたよたと、時折刀で体を支えながら歩いていく。向かう先にあるのは、赤い魔法陣と横たわる女生徒。
「狙いはあの子?」
「それはそれでマズいわ。定子、」
「うん」
清めの塩を握り直し、鎧武者を追いかける。だが彼女らが気付くのを待っていたかのように、鎧武者は血文字の魔法陣の前で立ち止まって動かない。
距離を保ちつつも、エリナたちは臨戦態勢で対面する。臨戦態勢ではあるが、鎧武者は刀を下げたまま上げる気配もないから、定子も塩をぶつけるのに躊躇している。
先に動いたのは鎧武者。緊張を破るように、鎧武者の刀がゆっくり動く。反射的に定子も応戦しかけるが、
「待って!」カノンが腕を横へ広げて、定子の動きを抑える。
固唾を飲んで動向を見守る中、鎧武者はいくらか刀の向き先を変えたものの、切っ先は床へ落とされたまま、すぐに止まる。
引き留めたカノンも、留まった定子も、無言のまま困惑の表情を見合わせる。
カチャ、と僅かに鎧を鳴して、鎧武者は再び動きだすもすぐに止まる。切っ先を床に向けたまま。
「エリナちゃん、もしかして……」
「ええ」
応じつつ、エリナは小鞠を伴いゆっくりと鎧武者に近付いていく。
まるで十分な距離に近付いたことを確認するように、鎧武者は一度、面具に覆われた顔を上げて見せてから、刀の先に視線を落とす。
月光を白く反射させて切っ先は、床の上をゆっくりと移動し止まる。そこにあるのは、
「“た”」
「……た?」
血文字の上で繰り返すその動きが差し示す、のたくったような文字をエリナは順番通りに読み上げる。
「“た、す、け、て”」
たすけて、と各自一旦、音を滑らかに呟いてみてから、一息遅れて言葉の意味にたどり着く。
「助けて!?」
急遽エリナの瞳が輝きを取り戻す。
「やっぱりこの子が召喚したのね!」
横たわる少女を振り見て、期待を込めた拳を握る。
「外の亡霊たちと戦うため、あるいはもっと大きな危機が迫っているのよ! この子が起きないのも、きっと力を使い果たしてしまってそれで深い眠りに」
「ほう、激重恋文にも負けない中二的考察」
鎧武者がガチャガチャと、今日一番の音を立てて、激しく頭を振る。
「えっ、違うの?」
刀の切っ先は次々に床をなぞって指し示す。
「えーっと、なになに?」
「“この、娘、どうにか、して、く、れ”」
エリナが最後まで文字をなぞり終え、理解のための沈黙も過ぎ去ったが、
「んんん???」
一同、理解の方が追い付かない。
※行間空けてみましたが、読みにくければ戻します




