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いざ、調査開始ですから

 御札のびっしり貼られたドアの前に、再び四人が揃ったのは、仮眠を挟んで午前二時。

「丑三つ時……」

「え、何それ!?」

 口角を真横に引っ張り渋りきった顔で呟く定子に、不穏を察したカノンが尋ねる。

「鬼門、つまりあの世の方々のゴールデンタイム」

「ご、ゴールデンタイム? お嬢! なんでわざわざそんな危険な時間に! しかもこっちは、眠すぎでめちゃくちゃ弱っちい時間だよ!」

「あえて、よ」

 仮眠開けにしては冴えた瞳でエリナは応える。

「相手の正体を見極めるには、その根本を探らなくては意味がない。丑三つ時というリスクを取って、事を一気に収める」

「つまり、何度も調査に出るなんて絶対イヤってこと」

「なる、ほど」

 感情を殺した鋭い真顔のエリナと定子に、カノンも緊張の汗を額に沿わせつつ頷く。そして緊張感漂う雰囲気に、気後れしつつも懸命についていく小鞠。

 そんな割といつもの光景で、第二回ブラッティ・デス・クラブ夜間調査が始まる。

「懐中電灯」「よーし」

「カメラ」「よーし」

「塩」「よし」「御札」「よし」「ロザリオ」「よーし!」

 そろりそろり、と決して積極的ではない早さで、エリナは委員会室のドアを開く。

 懐中電灯で照らす廊下に、無意識に息を詰めて出て行く。窓から差し込む月明かりは、時折隠れてその度に進む足取りが鈍くなる。

 何しろ前回のことがあるから、怖いのは幽霊だけでない。暗い角に差し掛かれば、

「ね、ねえ、なにもいない?」

「定子、変なこと言わないで」

「だって」

「え、いないよね? え、いたりするの?」

 あわあわと震えだすカノンに、隣ではエリナが蘇りそうなトラウマを押さえ込むように両手でガシリと頭を抱える。

 はっ、と姿勢を正した小鞠が控え目に挙手をして、

「ここは私が」

 そっと顔を出して角の先を覗く。小鞠はこのメンバーの中で唯一、天敵である虫及び規格外のそれに対抗する力(物理)を持っている。

「大丈夫、何もいないよ!」

 一同、ホッと安堵の息を吐いて角を曲がる。ちなみに小鞠の安堵は、役に立てて良かった、の意である。

「ねえ、体育館までは出ないよね……?」

「てーちゃん、また怖いこと言い出す――ひゃっ!」

 そう短い悲鳴でカノンにしがみつかれて、エリナは無言でこそあるが、顔も身体もピシリと硬直する。

「な、なに!?」と定子も小鞠を巻き込んで四人で団子になって身構える。

「今ほら、音!」

 耳を澄ますと――ぽたり、とどこからか水の落ちる音。

「なによ。学校なんだから蛇口もあるし、蛇口があれば水滴ぐらい落ちるわ」

 怖がって損した、と緊張を解くエリナだが、

「だから、それってトイレでしょ」

「それがなに」

「トイレには、よくいるよ、お化け」

 エリナの表情が再び凍る。

「お嬢しっかり! もう! お化けなんていないよ、いない!」

 自身も怖いのを振り払うみたいに、固まったエリナの肩を掴んでブンブン揺する定子。しかし隣のカノンは納得出来ない様子で、

「だってほら、トイレの花子さんとか!」

「そんなの小学校の話だよ! 子供だまし!」

「学校は学校でしょ! というか、出るかもって言ったの、てーちゃんだからね!」

「かも、としか言ってないもん! ホントに出るならカノンちゃん確認してきて!」

「がーん。やだよ、てーちゃんが行って!」

 あわあわしている小鞠をよそ目に、怖いのも相まってヒートアップしてく定子とカノン。

 そんな不毛を前に、エリナは我に返る。が、取り戻す感情は最大効率に限るものとする。

「やめましょう。私たちの目的はあくまで体育館。他で何が出ようと知ったことではないわ。無視しましょう無視」

「そっか、そうだよね」

 定子とカノンは揃って力強く頷く。が、

「実益の上がらないものは、情け容赦なく切り捨てる、それが競争社会を生き抜く唯一の手段。祝福を手にするのは選ばれた勝者のみ。非情にならねば、生き残れない……」

「お嬢、なんか別のスイッチ入ってない?」

「おじょー!」

 無表情に固まったエリナの肩を、今度はカノンが前後にブンブン振り回す。

「あーもーさっさと行こっと。早くほらっ」

 なんやかんやしっかり者の定子がそう口を尖らせ、うんうん、と必死に同意する小鞠が残り二人の腕を引く。


***


「さて、体育館に着いた訳だけど」

 閉ざされた体育館の扉を前に、エリナは腕組みで仕切り直す。

「よかった、エリナちゃん元に戻った」

「お帰りお嬢」

「顔、ゴリゴリに怖かったよ」

 純粋に胸をなで下ろす小鞠を除く二人は、ここぞとばかりにヤレヤレ顔である。

 上の空だった自覚が若干あるエリナは、コホン、と咳払いで誤魔化して、改めて扉に向かう。

「鍵、開いたよ」

 花江先生から預かった鍵で錠を外し、そう小鞠が振り返る。

「何もいない、よね……?」

「ちょっとカノン、当たり前でしょう」

 尻込みするカノンに、クールに答えるエリナだが、ゴクリ、と身構えるまま息を呑み込む。

 睨み付ける闇夜が不意に、柔らかになってふと空を見上げる。

「もうすぐ満月だね」

 雲間からすっかり現われた、少し欠けた月を眺めて定子がほっと呟く。

 穏やかな夜。見回してみても、今さっき通ってきた渡り廊下と終わりの見えない校庭に、校舎沿いの花壇のつぼみは眠るように閉じている。耳を澄ませば、彼女たちが想定している虫とは違う虫たちの、鳴き声がささやかに月夜を彩っている。

「じゃあ、行きましょう」

 気持を落ち着つけて、小さく頷きを交わした四人は位置に付く。

 扉の左右にはカノンと小鞠、正面には懐中電灯を構えたエリナと、その隣に塩を撒く体勢の定子。

「開けるよ! せーの!」

 ガラガラと二人が扉を左右に引いて、エリナの懐中電灯が体育館の闇を照らし出す。

「異常、なし……?」

 右手で塩を握ったまま、半分疑問符を含んで定子が言う。

 照らされるまま切り取られた空間も、木目調の床も、普段の体育館と変わりない。異常なし、とエリナも頷く。

「まあ、当然よね。これを証拠写真に収めて、っと」

「お嬢ったら、相当怖がってたくせに」

 顔ばかりは涼しく保ちつつ、四人は肩を寄せ合って体育館に入っていく。恐る恐る懐中電灯を方々へ向けてみる。

 詰めていた息をようやく、ふーっと吐いて、

「これは何もないね」「うん!」

「もー心配しすぎたよー」

「まったく、花江先生には改めて苦情を入れておかないと……」

 カチ、カチと、硬い音と一緒に、扉の側で小鞠が首を捻る。

「あれ? 電気が……。ここで合ってるよね……?」

「うん……」

 答えつつ、三人は小鞠の手元の、体育館の電灯スイッチを見やる。彼女はさっきから何度も押して、カチリと音は鳴るものの、天井の電気は一向に点かない。

「ONにしてしばらく待ってないと、点かないのかしら?」

「あっ、ブレーカーがなかったけ?」

「それだー、舞台袖で見た覚えがある!」

 そう一同が懐中電灯を入口と対面の、舞台の方へ向かわせる。

「……遠いね」

 うん、と照らされるのは気の遠くなる道のり。昼間見慣れているよりも、ずっと遠く感じる。

「もう、てきとーに写真撮っとけばいいんじゃない!?」

「ええ。結局何もないのだし」

「そうだそうだ!」

 言葉尻に乗って賛同していたカノンが、くしゅん、と小さくくしゃみを漏らす。

「うー寒っ」

「まだ春先だもんね。ちょっと薄着だったかも」定子も組んだ腕をさする。

「何だか急に」

 寒い、と言いかけたエリナの表情が瞬時に固まる。

 シャン、と俄に鈴の音が、穏やかだった夜の静けさに混じりだす。

「鈴が……」

 エリナは自分の胸元を、ロザリオと共に首から提げた鈴を見やる。

 シャンシャンシャン、と確かに鈴が鳴っている。しかし、エリナは先程から一歩も動いていない。揺らしていないのに、鈴が鳴っている。

 思わず鈴を握り絞めるが、鳴っているのはエリナの鈴だけではない。三人の鈴も同様にひとりでに鳴っている。

「どういうこと……?」

「ね、ねえ」

 動揺するエリナの袖を定子が引く。

「こんなに、霧、出てたっけ……?」

 懐中電灯の照らす床は、いつの間にやら煙のような白い靄に覆われて、さっきまで見えていた木目調の柄はすっかり隠れてしまっている。

 定子の問いにエリナは無言で首を横に振る。そして二の句を継ぐ前に、一際ひやりとした空気が頬を掠める。

 霧は急激にうねり、青白い光を帯びていく。靄の形状では説明のつかない細い棒が何本も突き出して、棒の先が五つに分かれた。それが、まるで人間の手と腕のように関節を曲げ動き出す。

 突如、地の底から悲痛な叫びが幾重にも重なり響き渡り、無数に現われた手の分だけ、一斉に霧から青白い人型が這い出した。

「ぎゃああああああ!」

 四人は一目散に身を翻して扉に向かう。幽霊とはいうには禍々しすぎる、亡者のような青白い姿たちに背を晒すのは恐怖でしかないが、そんなことを考える余裕もないほど彼女たちの頭の中は真っ白である。

「悪霊退散! 悪霊退散!」

 涙目で叫びながら、入ったばかりの扉をくぐり、必死で左右の扉を引き閉じる。

「ううう、なにあれ、なにあれ」

「あんなの聞いてないよう!」

 半泣きで抱き合うカノンと定子。

「エリナちゃんっ、魂、魂取られてないよねっ」

 茫然としたまま表情の動かないエリナを、こちらも泣きそうになりながら小鞠が揺さぶる。

 閉じたばかりの扉が、ドンドン、と内側から叩かれる。鳴り止まない鈴の音。

 薄れかけた意識の中、エリナは懐中電灯の照らす光景を見る。不意に照らされた校庭には、霧が立ちこめ見る間に形を変えていく。

 はくはく、と声にならない声でエリナの指さす方へ、校庭を振り返る一同は、そこで再び迫り来る、青白く光る亡者の大群と出会う。

「ぎゃあああああああ!」


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