表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

備えあれば憂いなしですから

「行ってしまったわ」

 眉尻をしょんぼりと下げて、エリナが溜息を漏らす。

 二人が置いて行ったビニール袋の中身を、ガサガザと覗きこんだ定子が、

「よしっ食材が来たよ!」

 ぱああと光が差すみたいに満面の笑みで言う。

「辛気くさい作業はお~わりっ」

 定子は鼻歌交じりでキッチンに向かう。

「もー、てーちゃんたら」と自分も早く抜けたいのか、カノンが風紀委員めいて腕組みで諫めるも、定子が作業していた机の上には金のロザリオが輝いている。

 ラメやらピンクのリボンやらですっかり飾られて、ロザリオはすっかり可愛いファッションアイテムと化している。

「あら、かわいい」「うん、とっても素敵だよね」

 エリナと小鞠が感心する隣で、ぬぬぬ、と敗北感に唸るカノン。

「そういうカノンは……」

 その手元にあるのは紙で作ったギザギザの葉っぱ、ともう一つ何やら塊。

「そっちの三角の塊は何?」

「コレ?」

「ひっ」とエリナはたじろぐ。カノンが摘まんで見せるのは、新聞紙を濡らしつつ固めたらしい三角形の塊と、中心には大きく目玉が書いてある。その形や線の歪み具合が、手作りの温かみにならずに、なぜだかやけに不気味さを醸し出している。

「もしかして……、イワシ?」

「こまちゃん正解! イワシの頭だよ。急ごしらえで自作してみました」

 えっへん、と得意げなカノンに渡されて、エリナはイワシの頭もどきをつまみ上げて検分してみるも、

「これで……よく何だかわかったわね。というか、なんでイワシ」

 灰色というところしか共通点がないように思える、残念な出来である。

「イワシの頭とヒイラギの葉は、悪いものを払うんだよ!」

「カノンちゃん、それって幽霊じゃなくて節分の鬼じゃ」

「まあ、定子のロザリオよりは払えそうな気がするけれど」

「でしょ!」

「かわいいはぜったーーい!」

 台所から定子のブーイングが飛ぶ。

「確かに、身につけるなら断然定子のロザリオね」

 エリナにバッサリ切って捨てられ、カノンはがーんと少女漫画な白目で天を仰ぐ。

「むううう、だけど、お嬢のだってえ」

「うっ」と図星を突かれてエリナは二の句に詰まるも、コホンと咳払いで取り繕う。

「これは、いいのよ。呪われるかもしれないんだから、まずは機能性よ」

 言いながらサラサラとエリナは達筆に習字して、また一枚御札が完成する。

「エリナちゃん習字も上手なんだね」

「ありがとう。向こうで一通りは習っておいたのよ」

 和やかに微笑みを交わすエリナと小鞠だが、

「この部屋のドアに御札をたくさん貼って、万が一あってもサンクチュアリとして機能するようにしなくては」

 言ってることは全然和やかではなく必死である。

「なんて書いてあるの?」

「悪霊退散、南無阿弥陀仏、一攫千金、四面楚歌……」

「おー、じゃあ早速貼ろう」

 効果を確信したらしいカノンが、出来上がった御札をペタペタとドアにセロテープで貼っていく。

「出来たー! けど、なんかかえって怖い!」

「ま、まあ。呪いは弾くはずだわ」

「これでヨシ」

 仕上げにさりげなく、カノンは自作の柊鰯もドアに飾っておくのも忘れない。

「小鞠は何作ったの?」

「私のは」言いかけた小鞠は「あ、いい匂い」台所に顔が向く。

「もう出来るよ~」

「うわーいナポリタン!」

 台所にかけてくカノンの後ろ姿に、エリナと小鞠は小さく笑い合ってあとに続く。


*****


「いただきます」

 ピーマンたまねぎソーセージ、全部ケチャップの真っ赤に染まって、甘酸っぱいほのかな香りが食欲をそそる。粉チーズをたっぷり振って、いただくナポリタンは至高である。

「んー美味! 間違いない!」

「初めて食べたけど、コクがあって美味しいわ」

「お嬢の太鼓判いただきました」と照れ隠しらしい、キリッと表情を引き締めて定子が答える。

「ちなみに、隠し味にソースを入れてみたよ」

「おおー」と隠し味という上級者な響きに感心するエリナと小鞠に乗じて、ちょこんととカノンが手を上げる。

「ちなみに、おかわりはありますか?」

「おかわりはありません」

 即答されて、しゅん、と小さくなるカノンの背を小鞠が慰める。そんな割とよく見る光景を視界の端に流しつつ、エリナは定子の視線が先程武装したドアに向いているのに気付く。

「なかなか効果ありそうでしょう?」

「うん」と頷きつつも、定子の表情は暗い。ちょっと意外に思ったエリナは、

「さては定子、怖いのね?」ちょっと意地悪な微笑でつっつく。

「それは、ちょっとは……お嬢だって怖いくせに」

 つん、と定子は唇を尖らす。

「私は、非科学的なものは信じませんから」

「もー強がっちゃって」

 そうエリナに向けられる疑り深い眼は、定子だけでなくカノンも加わり、

「絶対怖いよ。幽霊怖い」

 ずーんと二人は暗雲を背負う。

「まだ出ると決ったワケじゃ……ねえ、小鞠?」

「花江先生が清めのお塩もたくさん差し入れしてくれたし、きっとなんとかなるよ」

「え、ちょっ」

 小鞠の口調は至って穏やかで前向きなので、エリナはかえって動揺する。

「あ、そうだ。私もさっきのロザリオ」

 ぽんと手を打ったのは定子。

「みんなの分もあるよ」

 そう一人ずつ渡されるロザリオはそれぞれ違うデコレーションがされていてどれももちろんどれもとても可愛い。

「かわいい!」

 暗雲はすっかり消えて、すっかりかわいいさに心華やいでいる。これぞ、かわいいは絶対!の効力。

「クロスと一緒に付いてる鈴は、こまちゃん特製です」

「まあ! これも手作りなの?」

 ペンダント型のロザリオには、十字架ともう一つ、小さな鈴が付いている。この鈴にも、針金を模様のようにくっつけた装飾が施されていて、とてもおしゃれな仕上がり。

「鈴の音は邪を払うんだって」

 へえ、と感心しながらエリナが鈴を小さく振ると、装飾がちょうど良い具合に鈴音の調整してくれる。機能性も備えた小さな心遣いが小鞠らしくて、なんだかじんと来てしまう。

 夕食も終えて、それぞれのロザリオを身につけ一通りはしゃぎ終えて、4人の頭上には暗雲がもくもくと降って湧く。

「……ともあれ、これで準備は完了したってことね」

 呟くようなエリナの一声に、3人が頷く。彼女らの表情に俄に緊張感が走る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ