備えあれば憂いなしですから
「行ってしまったわ」
眉尻をしょんぼりと下げて、エリナが溜息を漏らす。
二人が置いて行ったビニール袋の中身を、ガサガザと覗きこんだ定子が、
「よしっ食材が来たよ!」
ぱああと光が差すみたいに満面の笑みで言う。
「辛気くさい作業はお~わりっ」
定子は鼻歌交じりでキッチンに向かう。
「もー、てーちゃんたら」と自分も早く抜けたいのか、カノンが風紀委員めいて腕組みで諫めるも、定子が作業していた机の上には金のロザリオが輝いている。
ラメやらピンクのリボンやらですっかり飾られて、ロザリオはすっかり可愛いファッションアイテムと化している。
「あら、かわいい」「うん、とっても素敵だよね」
エリナと小鞠が感心する隣で、ぬぬぬ、と敗北感に唸るカノン。
「そういうカノンは……」
その手元にあるのは紙で作ったギザギザの葉っぱ、ともう一つ何やら塊。
「そっちの三角の塊は何?」
「コレ?」
「ひっ」とエリナはたじろぐ。カノンが摘まんで見せるのは、新聞紙を濡らしつつ固めたらしい三角形の塊と、中心には大きく目玉が書いてある。その形や線の歪み具合が、手作りの温かみにならずに、なぜだかやけに不気味さを醸し出している。
「もしかして……、イワシ?」
「こまちゃん正解! イワシの頭だよ。急ごしらえで自作してみました」
えっへん、と得意げなカノンに渡されて、エリナはイワシの頭もどきをつまみ上げて検分してみるも、
「これで……よく何だかわかったわね。というか、なんでイワシ」
灰色というところしか共通点がないように思える、残念な出来である。
「イワシの頭とヒイラギの葉は、悪いものを払うんだよ!」
「カノンちゃん、それって幽霊じゃなくて節分の鬼じゃ」
「まあ、定子のロザリオよりは払えそうな気がするけれど」
「でしょ!」
「かわいいはぜったーーい!」
台所から定子のブーイングが飛ぶ。
「確かに、身につけるなら断然定子のロザリオね」
エリナにバッサリ切って捨てられ、カノンはがーんと少女漫画な白目で天を仰ぐ。
「むううう、だけど、お嬢のだってえ」
「うっ」と図星を突かれてエリナは二の句に詰まるも、コホンと咳払いで取り繕う。
「これは、いいのよ。呪われるかもしれないんだから、まずは機能性よ」
言いながらサラサラとエリナは達筆に習字して、また一枚御札が完成する。
「エリナちゃん習字も上手なんだね」
「ありがとう。向こうで一通りは習っておいたのよ」
和やかに微笑みを交わすエリナと小鞠だが、
「この部屋のドアに御札をたくさん貼って、万が一あってもサンクチュアリとして機能するようにしなくては」
言ってることは全然和やかではなく必死である。
「なんて書いてあるの?」
「悪霊退散、南無阿弥陀仏、一攫千金、四面楚歌……」
「おー、じゃあ早速貼ろう」
効果を確信したらしいカノンが、出来上がった御札をペタペタとドアにセロテープで貼っていく。
「出来たー! けど、なんかかえって怖い!」
「ま、まあ。呪いは弾くはずだわ」
「これでヨシ」
仕上げにさりげなく、カノンは自作の柊鰯もドアに飾っておくのも忘れない。
「小鞠は何作ったの?」
「私のは」言いかけた小鞠は「あ、いい匂い」台所に顔が向く。
「もう出来るよ~」
「うわーいナポリタン!」
台所にかけてくカノンの後ろ姿に、エリナと小鞠は小さく笑い合ってあとに続く。
*****
「いただきます」
ピーマンたまねぎソーセージ、全部ケチャップの真っ赤に染まって、甘酸っぱいほのかな香りが食欲をそそる。粉チーズをたっぷり振って、いただくナポリタンは至高である。
「んー美味! 間違いない!」
「初めて食べたけど、コクがあって美味しいわ」
「お嬢の太鼓判いただきました」と照れ隠しらしい、キリッと表情を引き締めて定子が答える。
「ちなみに、隠し味にソースを入れてみたよ」
「おおー」と隠し味という上級者な響きに感心するエリナと小鞠に乗じて、ちょこんととカノンが手を上げる。
「ちなみに、おかわりはありますか?」
「おかわりはありません」
即答されて、しゅん、と小さくなるカノンの背を小鞠が慰める。そんな割とよく見る光景を視界の端に流しつつ、エリナは定子の視線が先程武装したドアに向いているのに気付く。
「なかなか効果ありそうでしょう?」
「うん」と頷きつつも、定子の表情は暗い。ちょっと意外に思ったエリナは、
「さては定子、怖いのね?」ちょっと意地悪な微笑でつっつく。
「それは、ちょっとは……お嬢だって怖いくせに」
つん、と定子は唇を尖らす。
「私は、非科学的なものは信じませんから」
「もー強がっちゃって」
そうエリナに向けられる疑り深い眼は、定子だけでなくカノンも加わり、
「絶対怖いよ。幽霊怖い」
ずーんと二人は暗雲を背負う。
「まだ出ると決ったワケじゃ……ねえ、小鞠?」
「花江先生が清めのお塩もたくさん差し入れしてくれたし、きっとなんとかなるよ」
「え、ちょっ」
小鞠の口調は至って穏やかで前向きなので、エリナはかえって動揺する。
「あ、そうだ。私もさっきのロザリオ」
ぽんと手を打ったのは定子。
「みんなの分もあるよ」
そう一人ずつ渡されるロザリオはそれぞれ違うデコレーションがされていてどれももちろんどれもとても可愛い。
「かわいい!」
暗雲はすっかり消えて、すっかりかわいいさに心華やいでいる。これぞ、かわいいは絶対!の効力。
「クロスと一緒に付いてる鈴は、こまちゃん特製です」
「まあ! これも手作りなの?」
ペンダント型のロザリオには、十字架ともう一つ、小さな鈴が付いている。この鈴にも、針金を模様のようにくっつけた装飾が施されていて、とてもおしゃれな仕上がり。
「鈴の音は邪を払うんだって」
へえ、と感心しながらエリナが鈴を小さく振ると、装飾がちょうど良い具合に鈴音の調整してくれる。機能性も備えた小さな心遣いが小鞠らしくて、なんだかじんと来てしまう。
夕食も終えて、それぞれのロザリオを身につけ一通りはしゃぎ終えて、4人の頭上には暗雲がもくもくと降って湧く。
「……ともあれ、これで準備は完了したってことね」
呟くようなエリナの一声に、3人が頷く。彼女らの表情に俄に緊張感が走る。




