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やると決まればやるのデス

 ぽすり、と座面を鳴らして力なく、エリナは椅子へと再び腰を下ろす。

「……困ったわ」

 率直な気持ちである。

「うん……」

 すっかりお通夜モードに戻ってしまった4人は、みんな沈黙に頭を垂れている。

 窓から差し込む夕焼けの朱が彼女らを染めて、遠くのほうではカラスが鳴いている。ほの暗くも輝く朱色は、まるでこのまま、今を現実と切り離してしまうみたいな怪しさがある。

「……やっぱり幽霊なのかしら」

 エリナが呟く。

「花江先生、自信ありげだったよね」

「うん。だって、会ったことあるんだもん先生は。絶対マジだよ」

 カノン、定子とも、凍った表情に涙目である。

「呪われたらどうしよ」

「てーちゃん、許してもらえるまで一緒に河辺で石積もう」

「それって死んだ後のやつ」

「うぅ、嫌だよ、死にたくないー」

 カノンが本格的に嘆き出したのをせき止めるように、エリナが両こぶしを握った勢いで机に打ち下ろす。

「やっぱり! 私はそんな非科学的なもの信じない! でしょう! 夜回りしてそれを証明すればいいだけよ」

 鼓舞する調子でエリナは二人を見るも、彼女たちの瞳は空虚を見ている。

「科学で何でも解明出来るって思うの、頭いい人たちの悪い癖だよ」

「そうそう」

「急に辛辣」

 カノンになぜだか核心めいた不意打ちを食らったエリナだが、視線で小鞠に助け舟を求める。なぜなら彼女はただ、ちょっと困ったような微笑で小さく首を傾げていただけだったから。

「私は幽霊って見たことがないから、あんまり現実味がなくて……。それにお盆にはお墓参りも行くよ」

「確かに……ご先祖様も幽霊と言えば幽霊だ」

「そう思うと、ちょっと怖くなくなってきた」

 ようやく定子とカノンの瞳にも光が戻る。

「何事も自分の目で確かめてみないとね。何もなければ、花江先生も本格的な調査に動いてくれるわ」

「そうだよね、このままじゃ怪我人が増える一方だもんね。早く調査してもらわなきゃ」

 よし、とカノンは凜々しく顔を上げる。

「また夜なんて、やだなあ。暗いの嫌い」と定子が口を尖らせつつ、

「塩でも直接ぶつければいいの? まぁ出るわけないけど!」

 臨戦ならぬ素振りを携え半ば投げやりらしいが反対はしない。

「そうよ定子。出るわけがないのよ、そんな非科学的なものは」

 うんうん、とエリナは自身に深く頷く。

「委員会に所属している以上、使命は果たす。それがBLOODY・DEATH CLUBというものよ」

「おお、なんだか立派!」

 エリナの堂々たる様子に3人は、ぱちぱちと可愛らしい感心の拍手である。

「さてと……」

 ひとしきり見栄を張り終えてエリナは、細い指先を宙で遊ばせるように優雅に、ふわりと顎に指を置く。

「それじゃあ、念には念を。対策を練りましょうか」

「対策?」

「そうよ小鞠。さっき言っていたお盆というのには、野菜を用意するんでしょ? ニンニクでいいかしら。それに十字架と鏡と数珠と、この際宗教にはこだわらずに視野は広く行きましょう。他には……」

「さてはお嬢、ホントは怖いな?」


***


 北館の廊下はやけに暗い。夕焼けも残光だけになって、いっそう不安を煽る。そんな道のりに身を寄せ合いつつ、二人の少女は並び歩く。寄せ合っているというか、一方がもう1人にしがみついているという格好。

「ねえなっちゃん、ホントにこっちで合ってる?」

 なっちゃんと呼ばれた、余り表情に出ないタイプなのだろう少女が無表情でコクリと頷き、

「この廊下曲がった先」

 答えるとおり、ずいずいと廊下を進んでいく。

「えぇ、なんか不気味だよ」

 なっちゃんにしがみつく少女は、現状に腹が立ってきたのかむぅと頬を膨らませる。

「もお花江先生めー、こんな事になるなら断れば良かったよお!」

「まあ落ち着けゆうき」

 台詞ではなだめているが、口調は抑揚なく平坦。彼女独特なしゃべり方なのだろうだが、この台詞に関しては、多分心はこもっていない。

「なっちゃんがかまぼこに釣られたから!」

「かまぼこだから仕方ない」

 ゆうきがぐいぐいと袖を引くも、やっぱり平坦な口調で、しかし開き直ったなっちゃんの歩みは止まらない。

 曲がり角まで来て、その廊下の先を顔だけ出して2人して覗き込む。

「げっ……やばそう」

 薄暗いというのに床が変色しているのが見て取れる。そんな異様っぷりに加え、壁には、

「あれって血文字?」

「ブラッティ……デス」

「特別室じゃないの? ねえこわいよ、なっちゃん!」

 知らん、と無下に言い捨ててなっちゃんは焦れたように角を曲がる。どうやら彼女はさっさと用事を済ませて、報酬のかまぼこを食べたいようだ。

「こわいよお、やめようよお」

 ゆうきは尻込みしているが、なっちゃんの方は眉を小さく顰めただけでBLOODY・DEATHの文字の前に立つ。

「ねえ、なんか、中から変な音……これ、お経じゃない?」

「うん……」

「この部屋絶対やばいよ、なっちゃん」

 コクリ、となっちゃんも同意で頷くも、2度ノックすると、答えも待たずガラガラと引き戸を開ける。

「って、なっちゃん!?」

 引き戸を開けるなり、部屋の中からは南無阿弥陀仏の声と、そして温かな蛍光灯の明かり。

「お嬢」

 なっちゃんがそう口にしたのに釣られて、ゆうきも恐る恐る部屋を覗く。

「あ、ホントだ。お嬢に、それに足柄さんも……」

 1度は明るく表情を開きかけたゆうきだが、それもすぐに怪訝に引き攣っていく。

「急にびっくりしたー」

「お嬢とこまちゃんの、友達?」

「ええ……えっと、ええ」

 部屋の中では尋ねられたエリナが目を泳がしている。

「うん。同じクラスの」

「そ、そうよ」小鞠が答えたのにようやくエリナが頷く。

「お嬢に忘れられてる!」ゆうきは嘆きつつ、持ってきたビニール袋を掲げる。

「花江先生からだよ」

「差し入れ」なっちゃんが付け足す。

「もしかして、お夜食!?」

 喜ばしくビニール袋は受け取られたが、室内に流れるのはいまだ怪しげなお経。それに、委員会の4人はなにやら作業中だったらしく、机の上には手作りらしき十字架、それに幾枚もの紙片。まだ白紙なものと、筆で何やら文字が書かれているものが尋常じゃない量散らばっている。

 ゆうきとなっちゃんは、不審げに顔を見合わせる。

「……なっちゃん、あれって」

「御札」

「だよね。なんかわかんないけど、特別委員会、絶対やばい」

「やばい」

 密かな同意を交わす2人に、まさにその御札を書く真っ最中だったと思われるエリナが、

「2人とも、どうもありがとう」

 手にした筆を置いて微笑む。しかし反応が鈍いことに気が付いて、

「あっ、これは怪しいものじゃなくて、理由があって……」慌てて取り繕う。

「とりあえず、お茶でもいかが? 届けてくれたお礼に」

「あの、その……ご遠慮します!!」

 逃げ足早く、息ぴったりで2人は特別室を脱出する。

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