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体験入部ですから

「そぉーれっ!」

 左手に乗せたボールをまっすぐにトスして、先輩たちのかけ声に推されて、小気味良い音でサーブを放つ。

「ナイスサーブ!」

 ボールは見事にコートのライン上を叩いて、エリナは額の汗を爽やかに拭う。

「調子いいね、お嬢!」

「ありがとう。バレーも楽しいわね。ちょっと痛いけど」

「わかるー明日アザ出来るかも」

 カノンと二人、ボールを打った腕をさすりながら、体育館の様子を見回す。

 半面ずつ別の部活が使っている日もあるのだが、今日はバレー部が全面使える日らしい。片面は先輩たちが通常練習をしていて、もう片面では体験入部の子たちがサーブ練習をしている。

 どちらも明るいかけ声が飛び交い、活気があって雰囲気も良い。先輩方のコートを見ても、ギスギスした陰気さは感じられない。

「丁寧に教えてくれるし、いい部活よね」

「うん。準備運動も十分だったし」

 昨日の委員会で決めたとおり、エリナとカノンはさっそくバレー部に体験入部してみた。もともと二人とも運動神経抜群で、同じ体験入部の生徒のなかでも、見た目の華やかさも相まって抜きん出て目立っている。

 バレーが楽しくて調査のことをすっかり忘れていた二人だけど、今のところ怪我人も出ていないし、おかしなところも特にないように思える。

 体育館の入口の方へ目をやると、定子と小鞠がこちらに手を振っている。

「二人が呼んでるわ」

「ちょうど休憩入るって。行こ!」


 体育館の隅には制服姿のままの小鞠と定子がいて、こちらの二人は、体験入部はせずに体育館の周辺や倉庫の様子などを確認して、念のため写真に収めてもらっている。

 定子が手にしている高性能デジカメは、エリナの私物だ。昨日の委員会のあと、花江先生から無事持ち込み許可をもらった。その他の物に関しても先生は難色を示すことはなかったが、とりあえず上に掛け合ってみるとのこと。

 依頼と、保健室の先生への苦情もろもろをエリナは毅然と抗議もしてみた。が、花江先生が唐突に吐血したためにそれどころではなくなり、やむなく途中で引き上げた。結局は先生の交渉能力(物理)の高さを見せつけられる結果となった。

「おつかれー!」

「二人とも上手だね」

 カノンと一緒に練習を抜けて彼女らのところへ行くと、ねぎらいつつもカメラを向けられる。

「定子、いい写真撮れた?」

 定子はなぜだかやれやれといった具合に肩をすくめて、

「依頼だから真面目に撮りました」

「あら偉い」

「でしょ~」とノリよく得意げに、猫っぽく口角を上げる定子を、エリナは受け取ったばかりのデジカメにパシャリと収める。

「あ、撮るとき言ってよお」

「あら、別にいつ撮ったって可愛いわ。それにしても、二人はバレーいいの?」

「体育は授業だけで十分」

 即答する定子。運動は好きではないらしい。せっかくだから、とエリナは思ったのだが、依頼での活躍っぷりから運動神経がいいだろう小鞠も、頑なに首を横に振って、

「私、球技がホントに下手で」

 恥ずかしそうに紅潮させて言う。

 エリナはこちらにもデジカメを構えそうになったが、危うく抑える。恥ずかしがり屋の小鞠だからきっと嫌がってしまう、けど可愛いものは可愛い。

(危険だわ。写真に残したい衝動が爆発してしまう。だってとってもKAWAII……)

 人知れずデジカメを握る指に力を込めて、一瞬の真顔でエリナは衝動を受け流す。

「何か異常は見付かった?」

「それが、特になし。どこも手入れが行き届いてるし、危ないところは見当たらなかったよ」

 定子たちが話をつけてくれていたらしい、見学中のバレー部の先輩と合流する。

 制服姿のままの先輩の右足首には、痛々しくテーピングがしてある。

「ただの捻挫だけど、念のため今週は運動しないほうがいいって言われてるんだ」

 はあ、と不甲斐なさげに先輩はため息を漏らす。

「練習中だったのに、急に寒気がしたんだよね。それでタイミングがずれて捻っちゃったって感じ」

「春は体調崩しやすいですからね」

 エリナの相槌に先輩も頷きつつも、

「私も、風邪かなーって思ったけど、そんなこともなく見ての通り元気なの。だからもー部活したくて」

 先輩は焦れたように練習風景に視線を送る。

「窓が開いてて寒かったのかな」

 体育館の様子を一通り見て回った定子が、二階部分の窓を見上げる。エリナも習って見上げるが、隙間が空けてある程度にしか窓は開いていない。

「うーん、そこまでは覚えてないなあ。だけど私の他にケガした子も、結構似たようなこと言ったよ」

 話を聞き終えて4人は、揃って首を捻る。

「もしかして、間違ってクーラー入ってたとか?」とカノン。

「確かに最近、暑い日もあったし? でも、それなら誰かしら気付きそうな気もするよ」と定子。

「二人は練習中、大丈夫?」

「寒いどころか暑いくらいだよ。ね、お嬢」

 小鞠とカノンに尋ねられるも、エリナの視線はデジカメの画面に釘付けになっている。撮ってもらった写真を何気なく確認していたのだが、どうにもおかしい。

「……ねえ、定子、この写真」

「あれ、もしかして失敗しちゃってた?」

「ううん、そうじゃないんだけど」

 これ、とエリナは表情を強ばらせてデジカメの画面を彼女たちの方へ向ける。

 画面に表示されているのは、コートの外から撮った先程の練習風景。ちょうど、カノンがサーブを打とうとしている場面。

 エリナが指さすのは、そんなカノンのすぐ後ろ。

「ここに写ってる、この白い影は何かしら?」

「え……?」

 覗き込む三人。カノンの後ろには何やら(もや)のような白いものが写ってる。

「この写真だけじゃないのよ。他にも、ほら」

 エリナはボタンを押して次々に写真を表示していく。コートの様子や体育倉庫など、定子の申告通り、全体が把握しやすいようマジメに撮ってある。

 がしかし、その写真の殆どに、謎の白い影が映り込んでいる。光が反射したというにはあまりにはっきりとした白で、画面の一部が不自然に白く飛んでしまっている。

 カメラは新品の最新モデルだし、故障というのも考えにくい。それにエリナがついさっき撮った定子の写真はきれいに写っている。

「おかしいわ、この写真……」

 もう一度、カノンのサーブの写真に画面を戻してみると、これが一番奇妙だ。

 カノンの身長と同じぐらいの大きさの白い影には、奇妙な濃淡が付いている。影の上部に丸く黒く、くぼんだように暗い部分が、三つ。

 影をなぞってエリナは、恐る恐る尋ねる。

「ねえ、これ、人の姿みたいに見えるわ。ここが顔で……」

 覗き込んでいた三人がゴクリと息を呑み込んだ。

「ひえっ」

 即座にカノンが自分の背後を振り見て、バタバタと自分の肩辺りを必死に手で払う。

「後ろ何にも憑いてないよね、ねえ?」

 精一杯首を背中に回しておののきつつ、小鞠にしがみつく。

「憑いてない。と、思うわ」

「ちょっとお嬢ー!」

 曖昧なエリナの返答に、カノン涙目である。

 震える指で矢印を押して、白い影が映った写真の数々をもう一度見返してみるが、見れば見るほど人の顔やら姿やらに見えてくる。

「そういえば先輩が、ケガしたとき寒気がしたって言ってたよね……それに他の人たちも」

「言ってた」

「まさかこのひとのせいじゃないよね、そもそもひとって言うのかな、この場合」

「この体育館、祟られてる……?」

 ずーん、と4人の背負う空気が、お通夜みたいに重くなる。

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