それはもちろん生粋ですから
憧れの学園生活が始まって、はや二週間。
教室には今日も柔らかな日差しが降り注ぎ、時間はワルツのように流れていく。
机上の準備もそこそこに、高藤エリナはふと手を止めて、誘われるように窓の外へと視線を遊ばせる。
美しい庭園の景色に、心地良い春風、学友たちの無邪気な会話。どれをとってもエリナが思い描いていた通りの、華やかで、優雅な――
「まずいよぉっ!」
ガタリと椅子が鳴って、エリナは情景から引き戻される。
隣の席で繰り広げられる、早くもお馴染みの光景……
「昨日宿題全っ然わかんなくって、そして気づいたら寝てたあ!」
「自業自得」
「なっちゃん冷たいっ! でも正しいっ!」
半べそで机に突っ伏す学友を、後ろの席に座るもう一人の学友が同情の欠片も見せず言い置いて、はむはむと、我関せずとかまぼこを食している。
エリナは優美に、そして再び窓の外へと視線を戻す。
ここ梅組の多少賑やかな声も、浮かぶ多数の疑問も懸念も、さらりと春風のごとく受け流し、湛えた微笑は変わらない……なぜかわからないが、突っ込んだら負けな気がする。
じきに予鈴が鳴って、教室の戸が引かれる。
「はい、みなさん、はじめますよ」
か細い声とともに、担任の花江先生がゆっくりと教卓に辿り着く。ゆっくり、というか、その足取りはほとんど病人のそれで、顔色とともに、いつもながらエリナは先生の健康状態が心配になる。
「はい、おはようございます。では今日も朝会を始めますね」
出欠確認と事務連絡をつつがなく終えて、先生はパタリと出席簿を閉じた。
朝会は終わり、次は一時間目の授業、というのがいつもの朝。
しかし今朝は何の脈絡もなく、
「次に、くじ引きをします」
教卓の下から、どう収まっていたのか、けっこうな大きさのくじ引きBOXをドンと取り出し、先生が青白い笑顔で告げる。
「先程部活の申し込みの話をしましたが、それとは別に、これから特別委員の選出を行います」
教室がざわつく。エリナの隣席でも例に漏れず、
「特別委員会だって、なっちゃん!」
「聞いたことない。興味ナシ」
「えーカッコイイのにー」
初めは首を傾げたエリナも、そんな感想に珍しく同意する。
(立派でも抽象的な肩書きには罠も多い。私の学園生活に、リスクは必要ないわね)
手練れの観点で早々に判断を下したものの、一方で嫌な予感がしている。
「では出席番号一番、足柄さんから」
「えっ」
いきなり名指し指名され、びくりと小鞠が肩を揺らす。
手招きされるまま教壇まで、出て行く彼女の顔は真っ赤である。
(大丈夫かしら……)
控えめな彼女の事だからきっと恥ずかしいのだろう。エリナが心配する間に、くじ引きBOXは差し出され、小鞠が不安げにくじを引く。
「はい、いきなり当たり。強運ですね、足柄さん」
あんなに赤かった頬の血の気が一気に引けて、死んだ目をして小鞠が席に戻っていく。
(可哀想に、嫌だったのね。あとで励ましに……ん?)
当たりは出たがくじ引きは続く。カラくじばかりがみるみる減って、あっという間にエリナの番までたどり着く。
嫌な予感がする。いや予感ではなく、エリナはもう確信している。
高藤エリナは通常の少女ではない。
超優秀、超金持ち、かつ超名門高藤家の子女、上に立つべくして生まれた彼女は、挑むからには例えこの中に当たりがなくとも、無より当たりを生み出す次元で生きている。
箱の中に手を入れればもう、
「高藤さん、当たりね」
花江先生が慈愛の笑みを向けている。エリナが手にしているのは確認するまでもなく、赤いくじ。
かくして、エリナと小鞠の特別委員会入りが決定した。




