大好きな子を砂糖漬けにするためにお菓子作りに励む女子の話(女女)
『花の砂糖漬け』
買い物から帰ると、アパートの室内に甘ったるい香りが充満していた。
「おかえり、梨紗ちゃん!」
パンプスの留め具を外す私に、幼馴染の玲亜が声を掛ける。私はコーラルピンクのエプロンを付けた玲亜に、じっとりとした視線を向けた。
「玲亜、またお菓子焼いたの?」
「うん、今日はブラウニーだよ。美味しくできたから、梨紗ちゃん食べて」
人懐こく私の腕に絡みついた玲亜に、私は溜息を零す。
「毎日毎日……甘いのばっかり、食べられないよ」
私と玲亜は保育所からの幼馴染で、小中高を共に過ごし、果ては大学まで同じところに進学した。大学生の頃から始めたルームシェアは、卒業して社会人になった今も継続している。
私たちは仲が良い。だけど、最近の玲亜には辟易としていた。
「梨紗ちゃん、今日お出かけメイクじゃん! すっごく可愛い」
「ねえ玲亜、聞いてる? お菓子のことさあ」
「私、梨紗ちゃんの綺麗な顔、大好き!」
玲亜は私の顔をうっとりと見上げ、目を細める。
「お花も果物も、お砂糖に漬けておいたら長持ちするでしょう? 私、梨紗ちゃんのこと、ずっと綺麗なまま留めておきたくて」
「まさか、そんな理由でお菓子作りしてたの?」
「えへへ、そうだよ」
「呆れた」
私は玲亜の脇をすり抜け、リビングのソファーに沈み込んだ。私の隣にくっついて、玲亜もソファーに腰を下ろす。甘えるように、私の肩に頭を預けた玲亜を、肘で小突いた。
「太る、ていうか、糖尿病なるわ」
「梨紗ちゃんなら、ぽっちゃりしてても好き」
「馬鹿」
きゃらきゃらと笑みを零す彼女を、私は複雑な心持ちで見つめた。
「自分のために作りなよ。せっかくお菓子作り上手なんだから」
「私はね、梨紗ちゃんに食べてもらいたいの」
恍惚と彼女は語る。
「変わらないでいたいの。二人、ずっとこのままで」
玲亜は毎年、誕生日を迎える度に「あーやだ、また歳とった!」と嘆く。彼女は変わっていくことを恐れるけれど、ここ数年で玲亜は料理が上達したし、細やかな書類の管理も得意になった。大人になった玲亜を、私はもっと好きになってる。
「よし!」
私は勢いをつけて立ち上がった。支えを失った玲亜が、「きゃあ」と声をあげてソファーに倒れ込む。
眉を下げた幼馴染を見下ろし、私は意地悪く笑った。
「甘いのは、もううんざり。夕飯は絶対しょっぱいのにする」
「えーやだ、クリームシチューがいい」
「駄目。今日は肉。チキンソテー作るよ」
キッチンに立って手を洗う私の後ろから、玲亜が駄々を捏ねる。
「梨紗ちゃんのケチ」
「はいはい、玲亜も手伝って」
私たちは生まれてからほとんどの時間を共に過ごし、甘かったり苦かったり、いろんな感情を共有してきた。私たちの関係は絶えず変わり続けてきたけれど、その中にも輝き続けて色褪せないものがある。砂糖漬けになんてしなくたって、ずっと近くで光ってる。
ねえ、あんたもそう思うでしょ、玲亜。
Twitter( https://twitter.com/sunahara_midori )でちまちま書いています。
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