家を出ていった彼女が残したガーベラが枯れた話(男女)
『ガーベラが枯れた』
彼女が家から出て行った。
別に、悲しくなんてない。彼女が付き合いたいって言うから付き合ってただけだし、お金ないって言うから俺の借りてる部屋に住まわせてあげてただけだし、家事だって大半俺がやってたし、近頃は俺の仕事が忙しくて休日もろくに一緒に過ごせなかったし。
本当に、悲しくなんてないんだ。ダイニングテーブルに飾られていたガーベラが枯れたって、別に俺は花なんて好きじゃないし、前から彼女が次々に生ける花を特段愛でてもいなかったし。
「花のある生活っていいよ。元気がない時でもさ、お花が綺麗に咲いていると明るい気持ちになれるもん。枯れちゃうのは寂しいけれど、美しいものは美しさを手放していく姿さえ綺麗でしょ?」
そう言って笑った、彼女の涙袋の膨らみや、眉尻がちょっと下がるところや、頬がふっくら丸くなった顔を、今でも鮮明に思い出せるけれど、それでも俺は悲しくなんてないんだ。
嘘。
枯れたガーベラを捨てられない。まだ悲しみに浸っていたい。彼女が残していった花瓶に新しい花が生けられることは永遠にない。花瓶を捨てる決心がつくまで、それまではまだ、悲しいままで。
Twitter( https://twitter.com/sunahara_midori )でちまちま書いています。
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