ふたご星 後編
Ⅱ彗星
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夢なんか、ない。
なぜなら、俺の人生は呪われているからだ。呪われた人間は幸せになれない。
くっきりした目鼻立ちが幸いして、子どもの頃から親戚のおばさんや従姉妹のお姉さんに可愛がられていた。祖母の米寿の集まりで女性陣に囲まれた俺を見て、叔父は唇を歪めた。
「楓。お前みたいに女たらしな奴は、碌な大人にならないぞ」
今ならそれがただの僻みだと分かる。けれど、幼い俺にとって、呪いに他ならなかった。
俺はまともな大人になれない。まるでそれは予言のように、俺は碌でもない人間になった。
おとぎ話なら、呪いで野獣の姿になった王子さまは、お姫様のキスで元の姿に戻る。けれど俺の呪いは、口づけの数が増えるたび深まっていくようだった。
「人でなし」
そう言って、彼女は路上で俺の頬を打った。
セフレだと思っていた子に「私達付き合ってるんだよね?」と尋ねられたから、違うと答えたら逆上された。涙目の彼女に同情する気もないけれど、自分への失望は折り重なる。
人でなし、か。やっぱり、俺は人間じゃなかったのか。
誘蛾灯に似て、俺には女性を集める魅力があるらしい。けれど、星が死ぬときの爆発が一等輝くように、俺が光を放っているなら、それは少しずつ死んでいるからだ。殺されているところだからだ。
俺の容姿は否応なく、好奇の目に晒される。
「楓くんって、見た目だけで中身は最悪だよね」
「楓のこと好きだったのに、そんな人だと思わなかった」
まるで流れ星だ。
俺はただ堕ちているだけなのに、勝手にべたべたと祈られる。その欲望の重みで、俺の落下は加速する。死んでいく尾が光るのを愛でるなんて、酷い加虐嗜好じゃないか? まして、墜ちて欲しいと願うなんて。
走り去って行く彼女の後姿を眺めながら、早く人間に戻りたい、と思う。
救われたいと願ってきた。けれど、俺は誰のことも救う気はないから、俺には王子様の資格はない。なので、お姫様も現れない。
野獣でもない化物に成り下がりそうになった。それでも、楓香といるときだけ、俺は人間なのだと思い出せた。彼女だけが、俺をただの双子の弟として扱った。どうしようもなく、楓香に会いたかった。
すっかり暗くなった頃に自宅へ帰ると、リビングで腕ほどの長さのある笹を抱えた楓香が俺に言った。
「おかえり、楓。七夕やろうよ」
「七夕?」
俺が首をかしげると、「今日、七夕でしょ」と楓香が笑う。
「バイト先で笹もらったの。せっかくだから短冊飾ろう」
「俺、願い事なんかねーよ」
嘘、本当はある。呪いが解けますように。でも、多分無理。落ちるだけの流れ星も、逢瀬を楽しむ乙姫と彦星だって、勝手に願いを託されても迷惑だろうから。
楓香に連れられ、テーブルに座って短冊と向き合うが、何も書けることなんてない。
「じゃあ、姉ちゃんが仁志さんと結婚できますようにって書こうかな」
「馬鹿、何言ってんの。自分のこと書きなさい」
おどけた俺に、楓香が油性マジックを押し付ける。
「ほら、自分のために、祈って、叶えるの」
俺が渋々マジックを受け取ると、楓香は「あ、でも楓はもう夢、叶ってるのか」と表情を緩めた。
「何のこと?」
思い当たる節がない俺に、楓香は「楓、忘れちゃったの?」と微笑む。
「ほら、楓が昔、短冊に書いてたじゃん。『やさしいおとなになれますように』って」
彼女の言葉に、喚起される記憶があった。
祖母の米寿のお祝いで、叔父に「碌な大人になれない」と言われたことがショックで泣きわめく俺に、楓香が膝を突き合わせて言ったのだ。
――あのね、意地悪なことを言われた楓が悪いんじゃなくて、意地悪なことを言う人が悪いの。
姉の真剣な瞳に、俺は思わず泣き止んだ。俺を安心させようと、楓香は断言した。
――楓はおじさんみたいに意地悪な大人にならない。私が保証する。
その言葉に俺がどれだけ救われたか分からないのに、結局俺の中には呪いの言葉だけが染みついて、楓香の発言はすっかり忘れてしまっていた。
ちょうど祖母の誕生日が七夕だったので、その後集まった子どもたちで短冊に願い事を書いた。そのとき俺が書いたのが、『やさしいおとなになれますように』だったのだ。
「ね、楓の夢、叶ってるでしょ」
曇りのない双眸で、大人になった楓香は言う。
「でも俺――優しくなんかないよ」
「楓は、優しいよ」
迷いなく、楓香は笑みをつくる。
「ずっと私に、優しくしてくれたじゃん」
俺はひゅっと息をのんだ。心臓を押さえながら、恐る恐る問いかける。
「……俺の人生、正解だった?」
震える俺に、彼女は深く頷く。
「当たり前じゃん、大正解だよ! 満点! 花丸あげる!」
この姉は、俺の人生のすべてを肯定してみせた。満天の星空をリレーする流星群のように、祝福が降りそそぐ。彼女の愛情が俺に満ちていく。
楓香は、呪いを解くのにお姫様のキスなんかいらないと証明した。過去の自分の祈りが、俺を人間に引き戻したのだ。俺は人間として生き、人間として人を好きになる。
「姉ちゃんの夢は叶ったの?」
どくどくと脈打つ心を悟られないように尋ねると、楓香はさっと言い放った。
「宇宙征服」
「は?」
「だから私は、魔王になって宇宙征服したいって書いたの!」
俺は目を丸め、思わず噴きだした。
「うわ、ねーちゃん馬鹿じゃねえの、ガキじゃん」
「ガキだったんだから仕方ないでしょ!」
楓香は眉を吊り上げ、とんとんと、机の上の短冊を指し示した。
「ほら、なんて書くの?」
姉に促され、俺は油性マジックの蓋を開けた。視界が少し潤んでいるのは、マジックの刺激臭が凄いからだ。
どうか叶いますようにと、絶対に叶えてやるぞと想いを込めて、子どもの頃と同じ願い事を、太く大きな字で書いた。
同じ子宮で育ち、俺より少しだけ早く外の世界に出た楓香は、つねに俺の数歩先を行く。航海を導く北極星のように、俺を照らしてくれる。その輝きは気付けば俺の胸にも宿り、どんな風雨にも絶えることを知らない。いつだって、光ってる。




