狡猾な住人
「クソッ、自爆するんならもっとわかりやすくしてくれって話、いだだだだ!」
「すいませんミシマさん。もうちょっと我慢してくださいね」
先の爆発で奇跡的に物資は無事だったが、私とジョンはそうは行かなかった。私はウーリョに、ジョンはボレッドに治療してもらっている。
「いいなお前、そんな美鳥に手当してもらってよ」
ジョンはブウブウと文句を垂れる
「おうおう、色気のねぇドラゴンで悪かったなっ、と」
ボレッドが湿布をジョンの患部に叩きつける。彼は声にならない悲鳴をあげてのたうち回った。
そんな彼を見て金髪の少女はクスクスと笑っている。彼女をよく見ていると、彼女はアンドロイドであることに気付いた。
「おい、何見てんだ」
青い獣人の少年が私を睨みつけていた。
「あ、いやすいません。つい…」
「ちょっとガエル、ピリピリしすぎ!」
子供に言い聞かせるように少女が諌める。
「そう言えば名前聞いてなかったな。俺はジョンだ。お嬢ちゃんたちは何ていうんだ?」
「私、アトラスって言います。ほら、ガエルも」
「いや、もう言う必要は」
「自分の声口で言わないと、ね!」
「・・・ガエル」
「もっと大きい声で!」
「ガエル・ルーファスだ!ハァ、これで良いか?」
各自自己紹介をして、雑談が始まった。
皆は楽しげに話しているが、私は漠然とした不安を抱いていた。
眼の前の彼らは、間違いなく前の街で見せられた写真の人物その人だ。政府に追われているとなると相当厄介な事案を持っているに違いない。
出来れば次の街でさっさと下ろして関わりをなくしたい。でも眼の前で絆が芽生えつつある現状を見るとそうも行かなそうだ。むしろ、追われていると伝えたら助力を申し出るだろう。
諜報部員は、『見たことがあるか?』とは聞いたけど『見つけ次第報告しろ』とは言わなかった。彼らにバレた時の言い訳はこれをベースに考えよう。
ちょうど昼頃に、この任務の最終目的地である、ケークの街に着いた。大体はバシーランと変わらないが、施設や建物が比較的新しく(それでもボロボロだけど)、活気に満ちていた。
バシーランでも見かけたが、皮膚に緑の痣がある人が多かった。一体何の痣なんだろうか。
物資の搬入作業と電波塔のアップデートを終え、私はケーク内を散策した。ここは入り組んだ狭い道が多く、ふらふらしている内に迷ってしまった。何度も同じところをぐるぐる回っている気がする。
途中で野犬の縄張りに入ってしまったようで、怒り狂った犬に追い回されながらも、なんとか広い道に出てきた。
妙な安心感を感じながら辺りを見回していると、住民に声をかけられた。
「見ない顔だね。アンタ、ミュヘイルが雇ったっていうハンターだろ?」
「そうですが」
話しかけてきた赤毛の女性は後ろの家を指差す。
「家の壁が崩れちまったんだ。直しておくれ」
「え?」
「え、じゃないよ。困ってる人を助けるのがハンターってもんだろ。それともあれかい?金払わなきゃ仕事はしないってクチかい?」
周囲の人からの視線が冷たくなるのを感じる。
「わ、分かりましたから!どこですから壊れたのは!?」
慌てる私を見て彼女はニヤニヤ笑っている。こういうタイプは苦手だ。
「こっちだよ」
案内された先の穴はかなり大きかった。
「これは酷いですね、壁の材料ってありますか?」
「ウチにはないよ。あっちのゴミ捨て場に廃材はごまんとあるから、それ持ってきて使いな。なるべくキレイなので頼むよ、家には孫が居るんだ」
「ああ、ハイ」
「ほら、走る!これじゃ冷房が使えないじゃないか!」
「はい!」
「へぇ、中々良く出来てるじゃないか」
(じゃないと何言われるかわからないからな!)
コンコンと彼女は直したばかりの壁を叩く。注いでもらったお茶を飲んでいると、箱を持った男が入って来た。
「アナンダ!配給持ってきたぞ、ってその壁どうした?」
「いえね、こちらの親切なハンターさんが直してくれたのよ。材料も1から持ってきてくださって、助かったわ」
訂正を求めたいところだが、こういうタイプは下手に反抗するとろくでもない事になるので、私は黙ってお茶を啜る。
「うーん、いい腕だ。なあハンターさん、ウチの屋根もお願いできるか?雨漏りがひどいんだ」
流石に断ろうとしたが、アナンダからの眼圧に負け、渋々承諾した。この人怖い。
「そうか!助かるよ。俺の家はすぐ隣だから、ゆっくり来てくれ」
彼は嬉しそうに出ていった。ちびちびとゆっくりお茶を舐めていると、アナンダに怒鳴られた。
「何してんだい!仕事だよ!さっさと行きな!」
「はい…」
隣の家の下見をし、ゴミ捨て場で廃材を集めた。途中、足を踏み外してゴミ山から滑落して資材をいくらか粉砕し、鉄筋が腹に刺さった。治療を施して資材を集め直し、鼻息を荒くして家に戻った。
「おーい、ミシマァ!何やってんだ?」
下から聞き覚えのある声が聞こえる。覗いてみると子供たちに囲まれたジョンたちがいた。
「えー、あー、ボランティアですよボランティア。あなた達は?」
「ああ、ここの子供たちに色々と案内をしてもらってるんだ。お前も来るか?」
「いや、やめときます。結構かかると思うんで」
「そうか、落ちないように気をつけろよ!」
「そっちこそ子供を潰さないようにしてくださいよー」
彼らはきゃあきゃあと騒ぐ子供たちを連れて行ってしまった。というかあの二人といつの間に仲良くなったんだ。
「おー、良いな!あんた大工でもやっていけるよ!」
バシバシと背中を叩きながら彼は喜んだ。地味に怪我に響いて痛い。
「痛た…ありがとうございます」
それじゃあ、とその場を離れようとすると声をかけられた。
「あの、色々直してくれるボランティアのハンターさんって、貴女ですか?」
「え?あっ、いや、その」
「お願いします!家の階段が壊れかけてて、家の祖母が上に上がれず困ってるんです」
「いや…」
対応に困っているとムキムキのドワーフが割り込んできた。
「おうおう!アナンダが言ってた色々やってくれるハンターってのはあんたか?」
ん?待て。
「アナンダさんが言ってた?」
「おう、アイツ街中に言いふらして噂になってるぞ。それよりもだ!橋の修繕工事を手伝ってくれよ!」
彼を皮切りに続々と住人が集まってきた。
「うちもうちも!」
「アンタ、洗濯機とかも直せんのか?!」
「今晩空いてるか?」
「下水道の清掃も頼む!」
「アンタ料理はできるのかい?!」
これを、全て、報酬無しで片付けろと?アナンダのお隣さんはやられたな、と私の肩を叩いた。
「分かりました!皆さん順番にお願いします!ですが私修理専門とかじゃ無いんで、できない事もあります!その際文句は受け付けませんので!」
ふつふつと湧き上がるアナンダへの怒りを力に変えて仕事に取り掛かった。