報酬と代償
「えっ、無い?」
私はギルドの受付で間抜けな声を上げた。
「はい、現在ミシマ様が申請した類いの依頼はありません」
受付係の亜人の女性は淡々と答える。
今私がいるのはこの惑星[ヒューイ]にあるギルド支部。ギルドとは結論から言うと便利屋だ。傭兵稼業、資源の調達、害獣の駆除、治安の維持と清掃、開拓や未踏破地区の探索などが主な仕事だ。ギルドに加入するには簡単な筆記試験と身元調査、そしてそれなりにキツイ実地試験を受ければ入ることができる。
ギルドはランク制でE、D、C、B、A、Sの順で強い奴が割り振られている(ちなみに私はBランクだ)。基本的にBランクになれば仕事には困らないと言われているが仕事が無いというのはどういう事だろう?
「あのぅ、他に依頼ってありますかね?」
ダメもとで聞いてみたが彼女は首を横に振った。
どうやらこの星の文明レベルが上がって自立機械の輸入許可が降りたらしく、簡単な採取依頼や害獣の駆除などは今は全て機械がやっているらしい。
「別の依頼となると、ワイバーンの群れの駆除や、強毒性の沼地の調査など、ミシマ様のランクではとても危険なものばかりであまりおすすめできません」
「そう…ですか」
彼女の話を聞いて野宿の決心を固めていると、怒り狂ったノームの老人がドアを蹴破る勢いでギルドに入ってきた。
「何が自立機械だ!筋肉バカでもあんな雑な仕事はせんぞ!」
彼はものすごい剣幕で受付に駆け寄り、職員に依頼書を叩きつける。服装を見る限りベテランの調合師だろうか。ここまで彼を怒らせる機械の仕事振りはどんなものだろうと想像していたら、彼を目が合ってしまった。
ズコズコと老人が近づいてくる。
「オイ、お前暇だろう」
「え、あっ、はい。まあそんなところで「じゃあとっととこの依頼を受けて仕事しろ!急げ!」
彼は私の声を遮って依頼書を押し付けてくる。結構な身長差があるはずなのにツバが私の顔にかかってきて臭い。
依頼の受理申請を終えて武器を借りる間も老人は大声で急き立てて来て泣きそうになる。
「いいか?雑な仕事はするなよ?もし薬草の状態が悪かったら違約金を払ってもらうからな!」
私は半ば逃げるように街を後にした。
周囲から小動物や鳥の声が聞こえてくる。生い茂る草木が熱気を閉じ込めてサウナのような蒸し暑さが続く。草木を掻き分けながら注意深く地面を確認する。
二つほど納品物の薬草を踏んで駄目にしてしまった私は少し苛ついていた。目に入ってくる汗が鬱陶しい。
「あのジジイ、もう少し、物を頼む態度ってものがっ、あるでしょうが」
草木を乱暴に掻き分け、愚痴る。
「そもそもタイロンのカスが逃げなきゃこんなことには、うわぁ!?」
泥に足を取られて顔から泥に突っ込んだ。最悪だ。悪態をつきながら起き上がり、文句を言いながら泥を落とす。あと一つ薬草を採取すれば、街に戻ってそれなりのベッドで休める。そう自分に言い聞かせて薬草探しを再開した。
しばらくの探索のあと、ようやく最後の一つを見つけることができた。私は半ば崩れ落ちるように膝を付き、採取を始める。葉を落とさず、根に傷をつけないように慎重に摘み取り、袋に入れる。
ほっと一息ついたとき、足音が聞こえた。まだ遠く、こちらに気付いてはいないだろうが数が多い。一気に走って逃げようとしたとき、ゾクリ、と背中に悪寒が走る。逃げてはいけない、隠れろと本能が囁く。
私はなるべく音を立てないように、且つ急いで泥を体に塗って伏せた。どんどんと音の主が近づいてくる。眼の前の草むらが揺れその正体を現す。
グレートウルフだ。しかも体長5メートルの大物。逃げなくてよかった、と心から思う。もし逃げていたら、私はコイツに簡単に追いつかれて八つ裂きになっていただろう。ただ逃げなかったからと言ってここから生還できるとは限らない。絶体絶命だ。
奴は辺りを嗅ぎ回っている。泥のおかげで私の匂いはなんとか誤魔化せているようだ。が、奴は私に近づいてきた。必死で息を殺す。
もし奴に気づかれたらどうする?どうしようもできない。前回の機械獣とは比べ物にならないほどコイツは強い。奴の鼻息を感じる。
なんとか生き延びようと閃光弾の準備をしていたら、グレートウルフは急に別方向を向いて、唸りだした。突如、火球がグレートウルフを襲う。が、奴は身を翻してそれを避ける。火球は木に当たり小爆発を起こした。
暗がりからヌッと姿を現したのはヒト型の機械歩兵アグニだった。アグニは左腕を銃に変形させ、火球を放つ。グレートウルフは軽くそれらを避け、アグニに飛び掛かる。アグニはすぐさま左腕を盾に再変形して攻撃を受け止め、右ストレートを打ち込む。
鈍い音が周囲に響き、グレートウルフは吹っ飛んだ。が、空中で体制を立て直して着地し、面倒だと判断したのか逃げ出した。アグニも追いかけようと駆け出した。途中で私を踏んづけて。
「ん”お”え”ぇ”っ”」
200キロにも及ぶ質量が私の腰に降りかかる。あまりの衝撃で何も考えられない。足音がどんどんと遠くなっていく。助かった。腰以外は。10分ほど悶絶した後に銃で木の枝を撃ち落とし、それを杖になんとか立ち上がる。薬草は無事だった。後は長い道のりを歩いて帰るだけだ。私は他の怪物に出くわしませんようにと全身全霊で祈りながら帰路についた。
「…………、お疲れ様です」
杖をついて歩く泥まみれの私を見てギルド職員は気の毒そうに言った。負傷した経緯を聞かれて私は森であったことを話した。話が進むに連れて職員の哀憐の色が濃くなっていくのを感じる。品質確認のため、薬草が入った袋を受付のカウンターに置く。
「遅いぞ!!!」
ギルド全体を震わせる程の怒号が響く。私は驚きの余り杖を持つ手を滑らせてカウンターに顎を打ち付けた。仰向けになって伸びていると、依頼主の老人が声をかける
「おい!大丈夫か!」
ああ、この人(?)にも人を心配するぐらいの優しい心があったんだな、と思う間もなく彼は私の胸倉を掴んで振り回す。
「薬草は大丈夫かと聞いてるんだこっちは!お前が持ってないだろうな!」
私はカウンターを指差す。老人は手を離しカウンターへ向かい、薬草を受け取る。
「おお!なかなか良いじゃねぇか!ありがとよ!」
興奮した老人は立ち上がろうとしている私の腰をバシバシと叩いて嵐のように去っていった。
ギルド中から憐憫の目線が向けられているのを背中で感じ取る。今日一日の出来事が走馬灯のように流れる。
「ハァ・・・・・・辛い」