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Note:X  幕間の物語 ~フェルム温泉~

 アスナにより案内され、行き着いた先にはなんと、湯気が立ち込めていた。月の光を水蒸気が乱反射し、なかなかに幻想的な光景を(かも)し出している。


 これは、共同浴場というよりも……。


「おお、まさしくあれは、温泉……」


 そう、温泉だ。硫黄の香りなどはなく、溶岩の姿も見えないことから、恐らくは海水や地下水がマントルなどにより加熱されて出来た温泉であろう。火山性でないことは、この村の家を見れば分かることである。


「そうでしょう? お湯の量は少ないので入れても数人だけなのですが、この時間ですし貸し切り状態だと思いますよ」


 それは良い。目隠しの衝立(ついたて)など一切ないことは少々気がかりではあるが、こんな良い月夜にわざわざ私の貧相な裸体を拝む人間などおるまい。せっかくだ、存分にこの世界の温泉とやらを堪能しようではないか。


 脱衣所らしきものは見当たらない。適当にその辺の木にでも、着ていた服を掛けておくか。


 段差を、一つ二つと上がる。すると徐々に、その温泉の全貌が明らかとなってゆく。


「へえ……これは、すごい」


 草原の中、ポツリと浮かぶ露天風呂が、そこにあった。海原を見渡す絶景の風呂、というのは比較的話題に上がりやすいが、これは何とも珍しい。ぜひとも、昼間に来てその蒼天と緑の大地のコントラストの中、この湯に浸りたいものである。


 そして、予想通りというか泉質は含鉄泉……つまり、あの湖と同じ赤茶色である。これもまた、何とも風情があってよいものだ。


 興奮覚めやらぬまま、かけ湯をし、足先を浸してみる。適温、よりは少し低いだろうか。まあ、間欠泉のないタイプの温泉であれば、この程度の水温で湧き出てきても何ら不思議ではないか。


 しかし、この温度では……ついうっかり寝てしまいそうだ。シビアな話を聞いたばかりであるというのに、そのような態度では少々格好がつかない。なるべく早めに上がるとしよう。


 なに、異世界生活はまだ始まったばかりなのだ。この湯に浸かる機会も多くなることだろう。焦ることはない。そう、焦ることは――――。


「何をしておりますの? 入りませんの?」

「え……え、アスナ、さん?」


 なぜ、ここに……というか、アスナは完全に私と一緒に入る体勢だ。案内してくれただけではない、というのか。


「さん、は要りませんよ。ほら、早く入らないと冷えちゃいますよ?」

「ちょ、ちょっと押さないで……分かったから」

「ふふ」


 ああ、完全に一人で満喫するつもりだったのだが……仕方あるまい。こう、綺麗な女子を視界に入れつつというのも、ある意味では乙なものであろうか。


「はあ……」


 温かい。あの森の()だるような暑さとは雲泥の差である。これこそ、至福のひと時といえよう。この泉質のせいもあってか、いつもの私の肌ではないような、奇妙な感覚を覚える。


 その一方で、月明かりに照らされたアスナの肌は、異様なほど白く輝いている。それが夜の闇によく映え、まるで一枚の絵画を見ているようだ。とても美しい……語彙力が足りず、こうとしか表現できない自分に腹が立つ。


 ……言っておくが、私にそういう趣味はないし、若い娘の素肌を見て喜ぶ草臥(くたび)れたオッサンでもない。ぴちぴちのアラサー女子である。


 しかし……何と言うか……。


「神様って、残酷だなあ……」

「え? 何か?」

「あ、いや別に……」


 振り返った反動で大きく揺れるアスナの()()が、非常に羨ましくもあり、妬ましくもあり……その長く綺麗な金髪もそうだが、どうしてこうも神様は格差を生みたがるのだ。だから平和が訪れぬのだよ、まったく。


「あの、先ほどからじっと、何を見つめていらっしゃるのですか?」

「え? ああ、その……若いのに大変だなって思って」


 いろいろな意味で。肩凝りとか、そういう意味も込めているが敢えて口にはしない。


「そうですね……でも、元々こういう運命だったのかもしれませんし。それに、こうして国を追われてしまったからこそ、凛さんに会えたのかなって、そう思います。だから……蒸し返すようで申し訳ありませんのですが、その……」

「うん……まあ、すぐには難しいけどさ。少し、私も考えてみるよ。けど、あまり期待しないでよね?」

「……はい。お返事、お待ちしておりますから」


 これだけの覚悟を決めている少女を相手に、何が肩凝りだ。真面目に考えないと、それこそ大人として失格である。こういう娘に、ちゃんとした姿勢を示すことこそ、立派な大人の役割というものだ。


 真剣に生きている……いや、そうしないと死んでしまう世界。そんな世界相手に、私に何が出来るのだろう。これは本気で向き合うしかあるまい。


 温かな湯に包まれ、心にも何か熱いものが(たぎ)ったような気がした夜であった。




 すると、不意に莫の声が、木陰の辺りから響き渡る。静寂が支配するこの夜、彼の声はどこまでも届きそうであった。


「おーい、二人の着替え、ここに置いておくからね。二つあるけど、小さい方が凛のものだからね。いいかい、小さいのが凛だ。分かったね?」


 ……誰が、小さいだ。あいつ、後で締める。


 別の意味で、私の中に熱いものが込み上げてきたのであった。


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