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Note:11 愚かではない男

 私の予定としては、まず魔法を否定すること。これが第一目標である。これを突破できなければ大人しく引き下がるしかないのだが、現時点ですでに、それを打ち破るだけの理論が私にはある。祈祷によらず無毒化する方法、それを先に証明してみせよう。


「あ、お昼は適当に食べていいからね。私は要らないから」

「え、いやそんなことは……」


 反論しようと一歩前へ進み出たアスナの腹部から、不意に可愛らしい音が響く。それに思わず軽く噴き出しつつも、顔を赤く染める彼女に向けて語り掛けた。


「いいから気にしないで。人間って、集中しているときは空腹を感じにくいの。だから大丈夫、何か食べなよ」

「では、お手伝いを……」

「莫さんにやってもらうから平気だよ。だから、ね?」


 急に話題を振られ、莫は目を丸くする。手伝うことに対する不平不満を表出している……のではなく、単純に頭が追い付いていないものと思われる。ある程度は会話の流れで意を汲んで欲しいというのは、私の我が(まま)だろうか。


「え? まあいいけど……一体何を始めるんだい? 何も聞いていないから答えられないんだけど」


 ああ、まさに予想通りであった。面倒ではあるが勝手に動かれても困るので、私の目的を一から、しかし簡潔に説明する。ただ、あの教会で起きたことについては、アスナの沽券(こけん)に関わる問題であるため伏せておいた。


「ほほう、なるほど面白そうだね。了解したよ」

「よし。……という訳で、アスナは昼食を摂って。そのあと手伝ってくれるのなら、それで充分」

「分かりました。では……ああ、ちょうど食材が無くなってしまっていますので、買い出しに行ってきますね」


 買い出し……要するに、村の市場へ出向くことを指す。そうなると必然的に、護衛である莫もそれに付きあうこととなるはずなのだが、準備を始めるアスナに付いて行こうという気配は、この男からは感じられない。


「……あの、付いて行かなくてもいいんですか……?」

「うん? ……まあ、買い出しくらいならそこまで危険でもないさ。市場はここの近くだしね。それに、リナの手伝いをする方が優先だろう?」


 なるほど、村内を歩く際には自由にさせる。しかし外へ出るのであれば、たとえ近くであろうと厳戒態勢を敷く……彼には、そうした一貫したものがあるのだろう。そうであれば、湖に行った際のあの過剰な装い、それに先ほどの呑気な態度……それらにも説明がつく。


 自由にさせて良い時には、自由に。しかし危険を伴う場合には、過保護に。亡くなった両親の代役を果たそうという、ある種、父性のようなものとも言えようか。


「そうですか。……ああ、待ってアスナ。有ったらでいいんだけど、色のついたガラスの小瓶を買ってきてくれないかな。出来れば、青か緑か黄色で」

「色付きのガラスの小瓶、ですか。いいですけど、あまり期待しないでくださいね? ガラス製品は流通が少ないので」

「ありがとう。じゃあ、気を付けて」


 軽く微笑(ほほえ)むと、アスナは市場へと向かって行った。風に(なび)く彼女の金髪が、物陰すら(まば)らなこの村を華やかに染め上げてゆく。

 窓の外に映る金色(こんじき)が小さくなった頃、莫は突然、小さく溜息を吐きながら私に問いかけた。


「……隠しているようだけど、姫様、()()を見たんでしょう?」

「え……」


 何のことかと聞き返そうと思ったが、彼の表情を見て察した。かつてないほどの真剣な眼差し……剥き身の刀の如く、鋭い目だ。冗談を言うような雰囲気では、全くない。


「……分かりますか」

「そりゃまあ、こんな小さな頃から世話してきたからね。……しかし、意外だったな。諦めると思ったんだけど」


 彼は、気付いていたのだ。ポーションの製造所に行ったこと、そこで彼女がアレ……つまり、魔法を目の当たりにしたこと。そして、そこに行けば彼女は絶望する、ということさえも。


「そういう時こそ、傍にいた方が良かったのではないですか?」

「……いいや。どうしてもね、あの子は無理をしたがる。特に僕とか、元々家臣だった人間の前では。弱いところを見せたくないんだろうね。僕がその場にいたら、多分我慢してしまって、そして……」


 その先は、言葉にするのを躊躇われたようだ。無論、口に出すまでもない。少なくとも、今彼女が笑顔でいられるのは、そういうことなのだから。


「ちゃんと、考えていたんですね。アスナのこと」

「ははは、何を今さら。……さて、だとすればリナ。君は姫様に協力してくれるということで良いんだよね? あの子が前を向いているということは、そういうことだろう?」

「ええ。科学を魔法と偽って私欲を肥やした、あの女神という名の悪魔を打ち滅ぼしてやろう、と。……じゃあ、さっさと始めましょうか」

「おう」


 少し意識が逸れてしまったが、今行なうべきは魔法の否定。もうじき陽が傾いてしまうので、早めに行なう必要がある。私の推測通りであるならば、陽の光はこのポーションの解毒に必要なものなのだ。故に、まだ陽が昇っている状況でないと意味がない。


「まずは……小瓶とかありますか? 蓋が出来そうなもの」

「ああ、昨日リナが飲んだポーションの空き瓶なら、ここに。あとは……すまない、コップくらいしかないね」


 本来であれば、条件を揃えておきたいところである。ガラス瓶が貴重だというのは把握していたが、さすがに比較対象としてコップを使用するのは微妙だ。

 とはいえ何度も確認するが、今回の目的は実験報告ではない、証明だ。つまり、魔法を使わずに無毒化かつ薬効が保たれればそれでよい。


「しょうがないか……じゃあ、この紫のポーションを四等分にしよう。一つはコップに入れて、テーブルの上に放置するだけで終わり。もう一つは、その小瓶に入れてコップの隣に放置しよう」

「……それだけでいいのかい? あとの二つは?」

「それは、アスナの到着後次第かな、と。……それまでは一旦、この原液は戸棚の奥にしまっておきます」


 戸棚は木製で、やや古びてはいるが見たところ酷く老朽化している様子はない。これならばアルミ箔などで保護しなくとも、ある程度は遮光できるだろう。これでしばらくは、アスナの帰りを待つだけとなる。


 しかし問題は、アスナが小瓶を見つけられなかった場合である。万が一そうなった場合、何かで代用せざるを得ないのだ。あの、一面のステンドグラスを再現するには……ショーケースに着色するとか、そういうことになろうか。


「莫さん、アスナが戻るまでにガラスの箱を作れますか? しっかりとした箱でなくていいですので」

「箱? いいけど、どれくらいの大きさのものが必要なんだい?」

「そうですね……このコップが入るくらいで充分です」

「そんなもんでいいの? 分かった、ちょっと探してくるよ」


 慌ただしく飛び出していった莫の背中を窓越しに見つめ、残された私はまた少し考え事を始める。風が優しく私の頬を撫で、澄んだ空気が鼻腔いっぱいに広がる。


 ポーションの解毒方法に関しては、これで理論上は問題ないはずである。ある意味、この世界のこの文明レベルであるからこそ、偶然にも発見された解毒方法と言えようか。

 全く、そんなものを魔法だなどと厚顔無恥も甚だしい。本当にあの女神は私なのかと、改めて疑いたくなる。まあ、今はそんなことを気にしている場合ではないか。


 あとは、幾ら解毒方法が分かったとしても、それを広めたところであの女神の模倣でしかない。特にミリモスティーム教会に属する人間たちはパクリだと騒ぎ立て、非難を浴びせられることは必至である。ことによっては、身の危険も考慮しなければなるまい。


 つまり、あの女神の魔法を越えるものを創造しなければいけないのだ。魔法よりも科学の方が優れていることを証明し、女神信仰自体を揺るがせることでようやく、事態は収拾するのだ。


 そうして女神に対する不信感を募らせることで、王族への信用を揺るがすことが出来れば、副次的にアスナの母国奪還がより現実味を帯びることになろう。まあ、その辺りは希望的観測に他ならないので、もっと現実的な手段を講じておくとしよう。


 しかし、あの女神を越えるということはつまり、私自身を越えるものを創り上げる、ということに他ならない。これは、なかなかに難儀な課題だ。


「はあ、まったくもう……」


 恨めし気に、ツン、とテーブルに置かれた実験中の小瓶を突く。沈殿物が少しだけ舞い上がり、まるで紫色のスムージーのようにも見える。これがあの万能薬に成り代わるというのだから驚きである。旧世界に戻ることが叶うならば、タカジアスタ草とこのポーションを持ち帰りたいところだ。


 私なら、そうだな……成分の分析は勿論だが、まずこの味を何とかしたいところだ。エナジードリンクなどと謳っている製品でも、ここまでマズいものは無い。いや、漢方薬の中でもこれだけマズいものはそう多くない。


「漢方薬、か……」


 そういえば、どうしてこれは液体なのだろうか。飲みにくい煎じ薬も、近年では抽出物を顆粒状にした製品が多く出回っている。まあ、この世界にそこまでの技術は不可能だとしても、少なくとも粉にするくらいは出来ないものだろうか。例えば、蒸発させるとか……。


「水分を、どうやって飛ばすかが重要だなあ……」

「何がですの?」

「ポーション、何で液体なのかなって……って、うわっ!」


 自分の世界に閉じこもりすぎて、いつの間にか帰宅していたアスナの存在に気づかなかった。私生活や勤務中でも、たまに同じようなことをしてしまい度々注意されていたのだが……これは大いに反省しなければ。


「す、すみません、驚かせてしまい……」

「あ……ああ、それはいいの、私が悪いだけだから。……ん? それは?」


 狼狽(うろた)えるアスナの手に握られた、数枚のガラス片が目に映る。ガラス片、というものの、それなりに大きなものもあるので、恐らくは切り出した時の残りか何かなのだろう。


「え? ああ、これですか? 色の付いた瓶は無かったのですが、ステンドグラスの破片が売られていまして。もし役に立ちそうなら、と思ったのですが……」


 なんという僥倖。役に立つどころではない、それがこの実験の肝となるものなのだから。


「いや、素晴らしいよ。これなら多分……いや、でもこれを組み立てるとなると、ちょっと小さいかな……」


 色や厚みは申し分ない。問題は、サイズと形だ。これを組み立てて箱にするのは難しいだろう。高難度のジグソーパズルよりも、さらに質の悪いものなのだ。これでは瓶に直接貼る以外に手段がない。しかし瓶に貼るのは、さすがにナンセンスと言えよう。


「ただいまー!」


 そう思い悩んでいると、不意に家の扉が勢いよく開け放たれ、莫が騒々しく入り込む。同郷だというのに、彼とアスナでは随分と差がある。これも育ちの問題と言えようか。


「持ってきたよ、組み立てる材料とガラス……って姫様、お戻りでしたか。市場はどうでしたか?」

「ああ、莫。いつも通り、何も変わりなかったわ。ただちょっと、変な噂は耳にしたのだけど……それはそうと、早くその材料をリナさんに」

「おっと、すまない。これで、組み立ては出来るはずだ。ただ、やっぱり色付きのガラスはないね。これだけの大きさのものだと、教会の連中が買い占めるからね」


 やや荒っぽく音を立てながら、机にその材料が置かれていく。粘土と、ガラス板。それに細工用の糊だろうか。

 ガラスの各辺に粘土を塗り、それを張り合わせれば恐らくは問題ない。ショーケースを作る問題については解消されたといえよう。


 ここで気を付けねばならないのは、完全に遮光してしまわないこと。私の推測が正しければ、少なくとも光は必要となるのだ。それ故に、粘土を使い過ぎると内部へ光が行き届かなくなり、予想通りの結果が得られない可能性もある。


「じゃあ、莫さん。慎重にお願いします。なるべく粘土を少なく、でも隙間の無いように」

「分かった、やってみるよ」


 チラ、と外を見る。まだ空は青く、光量としては充分保たれるであろう。最悪の場合、火を(おこ)してその光に当てることも考えたが、杞憂に終わりそうだ。


 さて、あとはガラスの箱に、あのステンドグラスの破片を貼り付けるだけだ。簡易的であるものの、ここまですれば充分だろう。


「……よし、これで完成、と」


 準備は整った。あとは、自分の理論を信じるのみである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大変興味深く拝読させていただきました。 やはりミステリーのテイストを基調として組み上げ方をされていますね。私はこの味が好きです。 筆致も落ち着いて確実で、また、異世界転生の中で、ポーションに…
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