Note:0 予感
初めましての方は初めまして。小欅 サムエと申します。
この話は、物語に至るまでの序章に過ぎません。ここからどういう展開になるのか、そして肝心なポーションはどこで出てくるのか。是非、期待してお待ちいただけると幸いです。
――――グレイスティーム王国、ミリモスティーム大聖堂。
絢爛豪華な王宮内に聳えるこの大聖堂には、日ごろから多くの市民が祈りを捧げに訪れる。本日の礼拝時間は終了しており、市民、いや人影も全く見当たらない。しかし、この大聖堂の深奥……大祭司ですら滅多に踏み入れることのない聖域に、一つの小さな影があった。
巨大な白い女神の像の前で、少女が祈りを捧げている。少女というには些か大人びた衣装であるが、その背丈、面立ち……とてもではないが、幼気な印象を拭えない。
豪勢なステンドグラスから注ぎ込む陽の光を受け、彼女の周囲は祝福を受けたかのように輝く。スポットライトの如く、華美な衣装と共に照らされた彼女の体からは、どこかこの世ならざるものの雰囲気が醸し出される。
「ああ、神よ……」
ポツリと、少女が言葉を漏らす。祈り捧げる声が零れるほどに、その願いは強いものなのだと窺える。
すると、厳粛な静寂に包まれたこの大聖堂に、木製の扉の強引に開け放たれる音が響く。豪奢な金色の甲冑を身に纏う大柄な男と、質素な焦茶色のローブに身を包む長髭の老人が姿を現したのだ。しかし、雷が落ちたような轟音をも、まるで意に介すことなく彼女は祈り続ける。
「陛下! ……ああ、やはりここでしたか。探しましたぞ」
甲冑の男の溜息を後に、二人は少女へと歩みを進める。重い金属同士が擦れ、騒々しい雑音が辺りへと伝わる。その一方で、ローブを纏う老人は一つの物音も立てる気配はない。その二人の雰囲気は、何もかもが正反対であった。
「まったく、ここは聖域であります。例え陛下であろうとも、こうして易々と入り込まれては他の者に示しがつきませぬ。自重されるのがよろしいかと」
老人の意見が聞こえたのか、少女はスッと立ち上がる。大人しく指示に従う彼女を目の当たりにし、二人は顔を見合わせ軽く苦笑する。
「して、何用か。まさか、そのような忠告をしに来た、とでも言うまい」
「はっ。畏れながら、陛下……『兆し』が、観測できたと」
「何……?」
素早く振り向き、甲冑の大男に詰め寄る。
「どこだ。どこにその『兆し』は現れた。言え」
先ほどまでの荘厳な態度はいずこか、誕生日プレゼントを前にし、期待に胸を膨らませる幼子のように顔を輝かせる。
「……ダプロデュスタット平原の先、ダルベポーエ大森林にある辺境の村、フェルムにて」
「……フェルム、だと?」
ローブの老人の言葉に、その顔を曇らせる。彼女の期待とは、完全に反する報告であったようだ。はぁ、と一息ついた彼女は体を翻し、白き女神を見上げて口を開く。
「……そんな辺境では、たかが知れておろう。まったく、効率の悪いことだ……およそ三ヶ月の祈りすら、この程度なのだからな」
恨み言のように零しつつも、少しの間ギュッと目を瞑り、平静を取り戻す。また、あの威風堂々とした佇まいへとその空気を変え、二人へと再び向き直る。
「……プラスグレル元帥」
「はっ!」
甲冑の男が姿勢を正し、敬礼する。その弾みで、その身に纏う金属たちがガチャガチャと騒ぎ立てる。
「貴様の配下……そうだな、適当に、しかし着実に報告できる者で良い。その者をフェルムへと派遣し、『兆し』の存在を確認したまえ」
「御意!」
踵を返し、プラスグレル元帥は早々に立ち去る。けたたましい金属音が遠くなる頃、残されたローブの老人に向け、少女は声を掛ける。
「それと、メルファラン宰相」
「はい、何なりと」
柔和な微笑みと共に、白く長い髭がふわりと揺れる。
「貴様は、引き続き『兆し』の観測を行いたまえ。そして、報告はいつものように正確に、素早く頼む。……まあ、私の意に背くなど有り得ないだろうが、念のためだ」
「……随分と警戒なさるのですね。あれほどの辺境の地に現れた『兆し』だというのに、陛下らしくもない」
「うむ……」
メルファラン宰相の言葉に、少し俯く。彼女自身がこうして命を下すのは、非常に珍しいことであった。それも、辺境に現れた『兆し』のためである。宰相が疑問に感じるのも、無理はなかった。
「……予感、がするのだよ」
「ほう……予感、ですか」
目を丸くする宰相に、彼女は小さく笑う。
「なに、ほんの少し……小骨が刺さった程度の違和感だ。気にすることはないと思うのだが、念には念を入れておきたい。ただ、それだけだよ」
「……左様ですか」
少しだけ首を傾げつつも、宰相は身を翻し、聖堂を立ち去る。
残された少女は、また女神像を見上げ、口を真一文字に結ぶ。そして、まるで女神と何かの約束を交わすように、固く握られた拳を突き出す。
決闘の直前を思わせる、強い緊張感。その後、突き出した拳を胸に当て、また少し祈るように呟いた。
「……見ていて下さい、父上、母上。私は……レノ・グレイスティームは、必ずや役目を果たします。どうか、ご加護を」
強い光をその目に湛え、レノ・グレイスティームは静かに聖堂を後にする。決意を新たにした彼女は、また一段と幼童らしさを失っていた。
しかし皮肉なことに、彼女の予感は的中することとなる。その喉に刺さった小骨が毒針であったことに、彼女は気付かなかったのである。
序章はここまでとなります。
次章以降、主人公が登場し、物語が進行してまいります。あなたのお気に召しましたら、この先も一緒に歩んでまいりましょう。