紅梅が咲いた日
ブーン、ブーン、ブーン
目覚ましを止めた後、
布団の温もりにいると、
枕元で携帯が震えた。
「もしもし」
私は不機嫌な声で出た。
「ああ、わたし、わたし、
今度の展覧会、加奈ちゃんの絵が
選ばれたんやってね?
すごいやないの。
学年も、一番下やろに。
それで、金賞やって聞いたから、
びっくりしたわ。よかったねえ
加奈ちゃんどうしてるの?
あっ、この時間まだ寝てるかなあ」
加奈ちゃんのおばあちゃん、
……母の声だった。
適当に受け答えしている間も、
加奈ちゃんは凄いと、
なんども繰り返している。
早朝に戻り、昼前にまた
店に出なければならない私は、
少しいらいらしながら、
さらに、適当な声で言った。
「うん、うん、わかった。
また電話するから。
はい、はい。またね-」
母親は、電話を切る瞬間も、
話していたかもしれない。
電話を切ったあと、
中途半端に覚めた頭で、
母も淋しいのだと思った。
加奈はまだ夢の中にいる。
隣のふとんで妻と寝ている。
日曜日の午前中、何処の家でも
朝寝坊しているだろう。
私は、ゆっくりと起き出し、
一人、珈琲を入れた。
母は、いつもの青汁を
飲んだのだろうか。
正月、こっちに来いよと言ったが、
母は、それにはうんと言わず、
妻も、そう多くは口にしなかった。
でも、毎朝、六時起床の母は、
加奈ちゃんのことになると、
夢中で電話をしてくる。
それは元気な証拠だから、
一人の方がいいのだろうか。
さて、そろそろ出かけようと、
私も、一人玄関を出た。
ふと庭の片隅が目にとまる。
母のところから持ち帰った、
鉢植えの紅梅に白い花が咲いていた。
小さく可憐な花。
そして、駅に向かう途中、
私は母に電話をしてみた。
けれど、母にしては珍しく
電話に出ようとしない。
加奈のことではなく、
紅梅の花のことを、
伝えようとしたからだろうか。
私は意味なくそんなことを
考えながら、
母のマンションを目指していた。