ライジングスター
屋敷を走り抜けた。時間が止まる中疾走するのは、少し寂しい。私の足音以外はしない、そんな廊下を駆け抜けた。
先程言った通り、紅魔館に侵入した人間には心当たりがある。そして、その目的も……
この屋敷には、魔女がいる。
彼女はお嬢様の友人で、古くからこの紅魔館に住んでいた。しかし、変わっており、ずっと図書館で本を読んでいるという人物でもあった。魔法でかなり長い時間を生きているとか。
おそらく、侵入者の目的は、この紅魔館にある図書館の本だ。過去に何度も同じことが起きている。幻想郷にはない魔法の技術が、この屋敷の図書館にはたくさん貯蔵されているのだろう。
全く、迷惑な話だ。
私は、赤い絨毯を駆け抜けて、図書館やってきた。この部屋は、騒音禁止の空間である。時間停止を止めて、中に入った。
「ぱ、パチュリー様……いらっしゃいますか?」
図書館は落ち着いた茶色だった。入り口から先は全て木の床で、本棚も全て木製だった。ただ、床は突き当たりに行くのも億劫になる程広大で、本棚は見上げても高さが定かではないほど巨大だった。
広い図書館に、そんな大きな本棚が視界にあるだけでも20個。上から眺めればさぞ絶景だろう。だが、図書館での飛行は禁止されている。
「小悪魔さん……いらっしゃいますか?」
いないはずはない。なにせ、あの二人がこの図書館から出てくることはほんとんどないからである。二人とも、人外であるため、長時間の作業をこの図書館で行っているのだ。
ちなみに、私は人間であるため、睡眠をきちんと取り、食事もする。
私は広い図書館を歩いて行った。茶色い木床が少しきしむ。両脇には大量の本、海が割れてその間を通っているかのようだ。
この図書館の中央。静かに私は歩みを進めた。
「あっ、咲夜さん。こんにちはっ」
ふと、私の後ろから声が。元気ハツラツの優しい声だ。
振り向くと、黒い洋服に真っ赤な髪の毛を腰までたらした女性が。顔は人間が手で作ってもできそうにないほど整っている。
彼女は、この図書館にいる魔女の使い魔だと聞いている。魔法に詳しくない私なので断言はできないが、どうやら本当らしい。
名前は小悪魔。皆は親しみを込めて、『コア』と呼んでいる。反対に、コアは私のことを『咲夜さん』と敬称をつけて呼ぶのだ。
本来、従者としての経歴はコアの方が長い。だが、彼女の主人にそう言い付けられているのか、意思疎通のできる生物には全て敬称をつけるのだ。
この間なんか、野良のスライムに『スライムさん、今日は一段とプニプニしてらっしゃいますね』とか言っていた時にはさすがに笑ってしまった。しかも、コアの目の前をあっさり通過する水色の袋は、おそらく『なんだこいつ』とか言ってそうな感じであったのがまた笑えるのだ。
「コア、パチュリー様は?」
「中央にいますよ?」
「そう、ありがとう」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ! 何かあったんですか?」
「またいつのもよ、侵入者。でも、今日はそんなのに付き合ってられないから、私も狩るのを手伝うわ。今日はお嬢様の誕生日だもの」
「あっ……そう言えばそうでしたね! 私も頑張ります!!」
あろうことか、この屋敷の主人の誕生日を忘れるとは、支えている人物は別とはいえ、従者としてはかなり抜けているようだ。
それに、己の主人が図書館での騒音を禁止したというのに、先ほどから少し声が大きいような気がする。とはいえ、ずっと静かなのも考えものだろう、これはこれでいいのかもしれない。
私たち二人は、話しながらあっという間に図書館の中央にたどり着いた。
「パチュリー様? いらっしゃいますか?」
「あれれ?」小悪魔も長い髪の毛と一緒に首を傾げていた。「いないようですねぇ?」
私も少し考える。なら、どこに行ったのだろうか。
答えは簡単だった。
「なるほど、わかりました」
ちょうど小悪魔は口を開けて考え始めているところだった。
「え? 咲夜さん、何かわかったんですか?」
「おそらく、パチュリー様はもう侵入者に気付いてらっしゃるのでしょう。お嬢様の誕生日を邪魔させないため、自ら動いたのではないでしょうか」
「ああ、多分そうですね。咲夜さんかしこいです!」
かしこいって、あんたの方が長く使えてんだろうに。主人の行動くらい把握しておいて欲しい。
だが、すでに侵入者を狩りに出かけているのならば、話は早い。あとは応戦するだけである。
「私たちも追うわよ、コア」
「はい、咲夜さん!!」
この図書館は広い。だが、図書館の司書であるコアと、時間を止められる私ならば、全く問題はない。
侵入者の検討も付いている。傾向と対策で位置を割り出し、私が攻めればいい。なんの抜かりも……ない?
「咲夜さん!! 危ない!!」
「え?」
……するとすぐに、私の耳が遠くの方で、何かの音を聞き取っていた。
まるで、釜風すら切り裂くような何かを。
「オーーーイ!! また本を借りに来てやったぜえええ、パチュリーーーー!!」
外から声が。図書館の上の方、ぽつんと小さな窓がある。サイズは普通のものなのだが、このサイズの図書館にしてはとても小さなものだった。
あれは、天井あたりを照らすために設けられた、ステンドグラス細工の窓だ。薔薇柄がお嬢様のお切り入りだった。
そんな窓の向こう。大きく下品な女性の声が聞こえる。
私がコアに言われて見上げた時には、すでに窓ガラスが割れて飛び散っていた。
「よお、久しぶりだな」
背中に光を背負って、黒い服の魔女が飛び込んできた。茶色いホウキにまたがって、窓に突っ込んできたようだ。
大きな黒いとんがり帽の下から、綺麗というより愛らしい顔をのぞかせた。金髪の長い髪の毛が溢れるように帽子から溢れている。外から流れ込んできた風が吹き付けられていた。
名を、霧雨魔理沙という。
光に目を細めていると、上からステンドグラスの窓が降り注いだ。尖った破片が至近距離まで近づく。コアの警戒したのはこれだったのだ。
「きゃ!!」
慌てて両手を前に、顔を守る。私の腕にガラス片がなんども当たって、足元に散らばった。色とりどりなステンドグラスが太陽光に照らされて、色とりどりに輝いた。
「お、大丈夫か? 咲夜。悪かったのぜ」
「あ……あんたまたこんなことして、タダで済むとは思わないことね」
魔理沙は困った顔をして、宙を一回転した。窓からの風を全面で受けて、白と黒のドレスがはためく。太陽に照らされながら言った。
「何言ってるんだよ、もっとやばいことなんていくらでもあっただろ今まで」
「そんなことより、今日はなんの本を盗みにきたのよ」
「ああ? 盗んでないぜ、借りてるだけだ」
「わかったわ、教える気はないのね。対峙するわよ、コア」
「かしこまりました!!」
私の声で、コアが構える。両手を前に、手のひらを魔理沙の黒い帽子に合わせている。
「おいおい、アタシは妖怪じゃないんだぜ。この老舗の常連客じゃないか、咲夜」
「黙りなさい、いつもなら見逃してあげるんだけど、今回ばかりはそうはいかないわ。なんたって、お嬢様のお誕生日なんだから」
「ありゃりゃ? そんな季節か、なるほどな……」
魔理沙は腕を組んで考え始めた。彼女の白黒の魔女服は、風にたなびき長ら、考え事をする顔を隠してしまった。帽子が飛んでいきそうになり、魔理沙が慌てて抑える。
そっと見えた顔が、可愛らしく微笑んでいた。
ああ、せっかくの誕生日なのだから、おとなしく帰ると言ってくれないかしら。そんなことをふと思った。
なにせ、彼女の考えることはいつも私を巻き込むのだから。
「そっか、なら私も祝ってやるよ。盛大にな!」
魔理沙がホウキにまたがって宙を一回転した。腰回りから、一枚のカードを取り出す。
スペルカードだ。
黄色いそれは、『弾幕』という魔法を使うための道具なのである。
「ライジングスター!」
魔理沙の後ろが光った。黄色い閃光と共に、絵に書いたようなツンツンの星が、図書館の中にばら撒かれる。
星は眩しいほど輝きながら、着弾点を爆破してしまった。
私とコアはその場を駆け巡り、星の弾幕を交わした。
コアは驚いたように宙へと浮き上がり、図書にぶつかりそうになった星の弾幕をはたきおとす。
私も図書室内を転がりながら、弾幕を交わして、図書の守備に専念した。短いスカートをひらりとあげ、太ももから武器を取り出す。
銀色の小さなナイフだ。
計3本。赤、青、緑の色の持ち手。私は、そのナイフを星の弾幕に向かって投げつけた。金平糖を針でつついたように弾幕は消え去った。
魔理沙は不敵な笑みで笑うと、ホウキに乗って図書館の中に飛んでいく。乗り物に乗っているためか、びっくりするほど早かった。しかも、あたりの本棚がドミノだおしになっている。
私とコアは血相を変えて追いかけた。
「しめしめ、行った行った。これで本も探しやすくなるってもんだね」
「あら、それは一体誰の図書館で言ってるのかしら?」
「あれ、ばれましたか? あなたがパチュリーさんですよね? 初めまして」
「ふふふ、見ない顔ね。どうしたの、坊や。人の本とっちゃダメでしょ?」
「いやぁー……僕はちゃっかりもう成人しちゃってるんですよねぇ……」