カラス
「ふぅ、少し疲れたわね。休ませてもらいましょうか……」
私は調理を終えた。25分の仕事を、15分に収めたのだ。差分に何が起こったのか、言うまでもない。
さて、少し休もうかと、私は真っ赤な椅子に腰を下ろした。
ここは、お嬢様の食卓である。
私の部屋と違い、食卓の全面赤である。花瓶台も花瓶も花も、すべて赤だ。もちろん、私の座っている椅子も赤である。
本当に、ものずきだなぁ、と思った。
私は作った食事を厨房において、この食卓の準備を終えたところだ。
長方形の部屋に、横長の食卓。真っ赤なそれに、白いシルクのテーブルクロスを敷いた。銀色のロウソク立てを置いて、照明を少し暗くする。これで、朝6時前のこの空間は、見事に夜の薄暗さを手に入れたのだ。
仕上げに、テーブルクロスのシワを整えた。そのあとが今である。
「今は……まだ時間はあるわね。大丈夫」
私は見ていた懐中時計を閉めた。その瞬間、ロウソクが揺らめく。まるで、今まで時が止まっていたかのように、慌てて動き始めた。
かー、とカラスの声がする。食堂の上、教会に例えるならば大聖堂の真ん前に、小さな小窓。そこにはカラスが止まって、室内を眺めていた。
私はため息をつく。唇と唇の間を暖かい息が取り抜けていくのを冷静に感じていた。
「さすがに、何分も時間を止めると疲れるわ……でも、準備はできたわね」
厨房に料理を置いてきてしまっては、冷めてしまう。だが、時間を止めている間にその場を離れても、料理は冷めない。
自分の負担は少々大きかった。皆止まっている世界で自分だけ動くというのも、少し寂しいものである。それでも、時間に間に合わないのは、瀟洒なメイドの名折れというものだ。
「さて、後は皆さまを待つのみ……」
私はメイドだ。本来なら、従者は仕える主人を起こすものかもしれない。だが、この紅魔館に限っては違う。
お嬢様含め、この紅魔館の住人は非常に厳格なのである。寝坊はおろか、些細なマナー違反も絶対にないのだ。
とは言っても、数名の例外はいるので、やはり私が起こさなければならないというのはあながち間違ってもいない。
「あれ……? なんで、まだ見てるのかしら、あのカラス?」
カラスはこの館をまだ窓から眺めていた。私の顔をじっくり見ているような気がする。なせだろう、何かを感じる……
「かー!!」
「……げ」
カラスが飛びだった時、私はうっかり『げ』と少し低い音を出した。瀟洒なメイドたる私が、そんな不意を突かれたような声を出してしまうなんて。
これには訳があるのだ。言い訳ではない。
あのカラスは、明らかにこの屋敷の中を覗いていた。つまり、偵察である。
ここは幻想郷。私のように、特殊な能力を使う人間はとても多い。カラスを使って、遠くの観察なども用意だろう。
簡単な話だ。誰かが、この屋敷に侵入したというわけである。
そして、その人物の名も、大体見当がつくのだ。だからこそ、あっけなく『げ』という不意を突かれたような言葉が出てしまう。
「はぁ、仕方ないわね……朝食の時間まで後10分といったところかしら。それまでには解決しないと……」
私は懐中時計を覗き込んで、また時間を止めたのだった。
「魔理沙さん、準備完了です」
「赤塚、ありがとうだぜ。……あのな、赤塚。ちょっといいかな?」
「なんですか? 魔理沙さん」
「こんな時になんなんだが……魔理沙でいいのぜ? さん、ってつけられると、ちょっと寂しいのぜ……」
「ああ、ハハハハハハ。いいですよ、魔理沙さんって結構寂しがりやさんだったんですね。知りませんでした……」
「なっ! い、そ、そんなことより、さんってつけるなって言ってるのぜ!」
「あー、そうですね。でも、魔理沙って呼ぶのは抵抗ありますよね……なんか馴れ馴れしいっていうか、おこがましいっていうか……」
「そんなことあるもんか!! アタシはそう呼んで欲しいのぜ!!」
「えー、じゃあ、魔理沙って呼ぶのが恥ずかしいので、まりっちでいいですかね……」
「え……それなら恥ずかしくないのぜ……? でも、ちょっと……」
「じゃあ、まりまり? まりりん? もんろ〜てきな?」
「あ、まりっちでいいのぜ」
「はい、魔理沙、行きましょうか」
「この……バカ」