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厨房

 私の足音がする。赤い絨毯を跳ねるように蹴って、厨房に駆け込んだのだ。空を飛んでいては、この低い位置にあるドアには入れない。


 厨房は白かった。床、壁、さらに机。全てが白だ。これは、汚れを発見しやすくするために白で統一されている。


 厨房の色にお嬢様は反対していた。紅魔館なのだから真っ赤な厨房でないといけない、そう言って聞かなかったことがある。ただ、その時も、ゴキブリを見つけやすくするためという単純明快な理由で白にしてもらった。


 だが、厨房を細かく描写している暇はない。今は、朝ごはんの支度をしなければ。ただ、白のキッチンに、鉄の調理器具が並んでいると思っていただければいい。


 私は、真っ白な冷蔵庫を引いて開けた。


 開けると中が照らされる冷蔵室だ。中も白で統一されており、幻想郷に来る時に一緒に持ってきたものだ。ちなみに、電気は魔力で賄っているそうな。詳しい話はこの館の魔法使い様に聞いてもらいたい。


 真っ白な冷蔵庫に、唯一赤に近いものがあった。トマトではない、シャケである。ちなみに切り身だ。


 この幻想郷に海はない。だが、最近は幻想郷にシャケの切り身が届くようになったのだとか。なにやら、冷凍されたままシャケが幻想入りするそうな、それを見つけた商人から買うというのが、このシャケの経緯である。


 原理は簡単、幻想郷の外ではシャケの売買が盛んなそうで、大量に流通している。その中の一匹が、なんらかの理由で忘れ去られたのなら、ありえない話でもない。


 この幻想郷は忘れ去られた物がやってくるのだから。


 私がシャケを引っ張り出して、両手に持つと、大きめの枕くらいのサイズだった。


 お嬢様は私が使えるまで水辺のものはあまりお食べにならなかった。そこで、一度私が食卓に出してみたところ、今では魚の中で一番のお気に入りである。


 今回はシャケのムニエルにする予定だ。


 さらに冷蔵庫から食材を引っ張り出す。


 今度はトマト、さらにリンゴ、イチゴ、赤い牛肉。全て赤である。


 お嬢様はとことん赤が好きなようだ。そんな話を直接伺ったことはないが、おそらくそうであろう。


 そこからの私は早かった。


 白いまな板を用意すると、すぐに肉を仕立てた。黒いコショウを振りかけ、筋を切る。鉄のフライパンを火にかけ、オリーブオイルを垂らすし、大木のような牛肉を乗せる。


 焼けている間にイチゴを四つ切りに。リンゴを飾り切りにして、ウサギ型にした。トマトを薄くカットして、大きな丸皿にそっと乗せる。


 シャケの手入れを始めた。切り身なため、水で洗う。言い忘れていたが、シンクだけはステンレスである。


 パッケージから取り出すと、シャケを水でささっと洗う。この時期は少し冷たい水が、私の指先を通り抜けて行った。さらに、シャケをまな板に乗せ、薄くカット。トマトの上に乗せた。


 安心して欲しい、ムニエルは作る。


 私は少し小さなフライパンを取り出し、牛肉を焼く隣に置いた。黒コンロはIHの新しいものだ。この幻想郷に来た時はかなり最新の技術だった。


 小さなフライパンから微かに湯気が上がる。そこに、オリーブオイルを垂らした。パチパチと音を出しているところに、先ほど残しておいたシャケの切り身を放り込んだ。


 今度は牛肉、コンロのそばの壁に引っ掛けられている白いヘラでひっくり返した。茶色い色で焼けている。肉の側面を静かに覗き込むと、中央がまだ赤い。これはレアに近いだろか。


 お嬢様はミディアムがお好みだ。


 私は、懐中時計を取り出して、時間を計った。


 朝食まであと15分。


 やはり、少し時間が足りなかっただろうか。いやはや、もう少し早く寝ればよかった。なぜか、昨日は珍しく少しだけ遅くまで起きていたのだ。


 まるで、今日という日を待ち望んでいたかのように。


 さて、文句を言っていても仕方ない。時間が足りないというのは、この屋敷に使えるものにとってよくあることだ。急なことがよく起こる。それに対処するため、私はある特技を使うのだ。


 料理ができるまで、早くてもあと25分。時間まで10分だ、どうしても足りない。だが……


 ならば、時間を止めてしまえばいいだけの話である。





「失礼しま〜す」


「む〜ん、むにゃむにゃ……」


「あの、すみません門番さん……眠ってるところ申し訳ないです」


「え……あ、あれ? あなたは?」


「あの〜、紅魔館に用があるのですが、入れてもらうことは可能ですか?」


「はい? 一体どのようなご用ですか? 見かけない顔ですけど」


「実は、とても良い商品があるのですが……なにぶん高価なものでして、紅魔館の主様ならお気に召してくださると思いお訪ねしました」


「あ〜、それはダメです。うちは、訪問販売の類には一切お答えしてないんですよ」


「そこをなんとか……お話だけでも」


「いいえ、ダメです。メイド長に叱られますので」


「はぁ、そうですか。仕方ないですね、せっかく『めちゃくちゃ気持ちよく寝られるお布団』をお持ちしたのですが……」


「お布団? 背中のそれですか?」


「はい……これを使えば、今より一層ぐっすり眠れるという優れものです。ふかふかの綿に、もふもふした毛布、何よりずーっと暖かいんです。厳格な天狗様もご愛用なさっているものでして」


「え……そんなに気持ちいいんですか……?」


「あー、でも。怒られちゃうなら仕方ないですよねぇ。今なら、お話を聞くだけで、お布団一つタダであげちゃう祭りやってたんですけどねぇ。仕方ない、ではこのへんで失礼しま……」


「ちょっと待ってください!! よければここでお話だけでもお聞きしましょう……ぜひ」


「ああ、それはありがたい。ですが、百聞は一見にしかず。まずはこのお布団で横になってみてください。……そう、そういう感じです。この枕は右向きに寝るために作られていて……シルクの編み込みがスベスベで……アイマスクって知ってますか?……さらに耳栓もおつけしましょう……では、しばしおやすみなさい」

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