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陰キャな小者と陽キャなギャル姫   作者: まさひろ
第2章 働けニート
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第8話 流行を追え!

 シュタニアさんの襲撃よりしばらくの間、屋敷には平和な日々が続いていた。


「んーーーーーー! スッテータス! オーーーーープン!」


 空に掲げる両腕は、今日も虚しく空を掻く。


「はぁ……今日も駄目か」


 恥ずかしがり屋のチートスキルは、一体いつになったら顔を出してくれるんだろう。早くしないと、寂しくて死んでしまうのです。


「アンタも飽っきないわよねー、ケンジ」

「うるせーぞ姫様。死活問題だって言ってるだろ」


 考えてみて欲しい、小学生ぐらいの腕力が無いとしても、真剣を持って容赦なく殺しにくる存在がウロウロしている様な世界なのだ。チートスキルの一つや二つ持っていないと、安心して生活する事なんて出来ないではないか。


「引きこもり生活を送れるなら、そんなもん必要ないんだけどなー」


 背伸びをしつつ、そう言いながらちらりちらりとイザベラの方を流し見る。


「って、もう居ないし」


 残念ながらお忙しい姫様は何処かに行かれ遊ばれたようだ。まぁ、引きこもり生活の友であるゲーム機の無いこの世界では、引きこもりも速攻で飽きてしまいそうだが。


「いや、俺の引きこもりに対する情熱は、そんな事では負けない筈だ」

「なんに対する情熱ですか?」


 平坦だが、熱のこもる、それでいて何処までも凍り付く様な声に思わず背後を振り返る。


「りっリリアノさんッ!」


 そこには今日も眼鏡を輝かせたリリアノさんの姿があった。


「ケンジさん。休憩時間はとっくの昔に終わっていますよ」

「すっ、済みませんでしたー!」


 俺はリリアノさんに耳を引っ張られながら、仕事現場へと足を運んだのだった。


 ★


「ぜーぜーぜー、でっ出来ました……」


 俺が生き残るために、すなわち俺の有能性を示すための手段はマヨネーズ作りだけでは無かった。無い知恵を必死で振り絞って思い出したもう一つのレシピ。ホイップクリーム作りもその一つだ。


「なにこれー、雪みたいじゃない! やるじゃんケンジ!」


 イザベラは俺を信頼しきって、その未経験の食材を口に運ぶ。


「……微妙ね」

「微妙か……」

「食感はとても面白いけど、味が薄すぎる、これ、完成品なの?」


 完成品……だとは思う。牛乳と卵白を腕がつるまで混ぜ合わせる。それで完成の筈なんだが……。


「姫様、でしたらこちらは如何でしょう?」


 カチャカチャと作業をしていたエランさんが、俺とは別のホイップクリームを持ってくる。


「んーどれどれ。ってさっすがエランね! こっちの方が超イケルっしょ!」


 イザベラの絶賛に、俺も一口分けてもらう。


「ふんふん……ってこれだ!」


 ちょっと甘味はマイルドだけど、それは正に俺の慣れ親しんだホイップクリームの味だった。


「そうですか、それは良かった。この食材には甘味が合うとおもったんですよ」


 そうか、あの甘味は牛乳と卵白が生み出す魔法のハーモニー的サムシングでは無かったのか。それとは別に甘味を添加しなければならなかったのか。


「いーじゃん、いーじゃん。これも大ヒット間違いなしっしょ!」


 イザベラは上機嫌でホイップクリームに舌鼓を打つ。


「ケンジもやるじゃん。ってすっかりあんた料理人ね」

「それ位しか出来ることないからなー」


 剣と魔法が使えない以上、日常生活でポイントを稼いでいかなくてはいけない。チート能力よはやく開眼してくれ。そして俺に楽をさせてくれ。


「そんでそんで、まだ隠し玉あるんじゃないのー」


 イザベラはそう言って俺を肘で突く。


「さてな、それは言わぬが花だぜ」


 そんなもんは無い。脳の血管が引きちぎれるんじゃないかってぐらい悩んだ挙句に、ようやくと思い出せたのがこの2品だ。ネットさえあれば現代知識を駆使してやるが、俺のポンコツ引きこもり脳みそから出せるのはこれ位の物である。


 とは言え、街の飲食組合に公開されたマヨネーズのレシピは大層なヒットを生んだ。リトエンドの街は謎の黄色いソース――マヨネーズの街として、観光客は順調に増えているらしい。


「ところでケンジー。マヨネーズっていったいどういう意味なの?」

「さてな? 俺も知らね?」


 マヨネーズはマヨネーズである、その語源など調べた事は無い。

(諸説ありますが、メノルカ島のマオンで作られたというのが有名です)


 そうやって俺たちが食堂にて、呑気に試食会をおこなっていると。リリアノさんが焦った様子で部屋に入って来た。


「姫様、危急の要件です。少しお時間宜しいでしょうか」

「何々リリアノどうしたのよ、そんな焦っちゃって」


 リリアノさんはちらりと俺とエランさんを一瞥した後、イザベラに耳打ちする。


「マジで! それって一大事ジャン!」

「確かな事でございます。至急執務室にお戻りください」

「おいおい、一体何がどうしたっていうんだよ」


 もしかしてシュタニアさんが戻って来たのか?

 俺の質問に、イザベラは一瞬惑いの表情を見せた後こう言ったのだった。


「ヤバいわ、ケンジ。マヨネーズ作れなくなっちゃう」

「は?」


 ★


「鳥インフルエンザだ」


 引きこもりの俺で聞いたことある。鳥に掛かる伝染病で、かなりの悪性の奴。伝染力と致死率が高く、一度流行してしまえば、嵐が収まるまでじっと我慢をするしかないという話だったはず。

 世界が違うので同じ病気かどうかは分からない。だが鶏――これも厳密には鶏っぽい鳥、マルベリー鳥と言ってやたらデカイし、とさかの代わりに角がある。の大量死と聞いておれはそう想像した。


「鳥? 何だって?」

「ああいやなんでも無い、こっちの話だ」


 俺だって名前ぐらいしか知らない。


「それで、イザベラ、これはこの時期にいつもある事なのか?」


 詳しい時期は覚えちゃないが、鳥インフルエンザは季節性の伝染病だったはず。インフルエンザっていうぐらいだから冬かな? だとしたら季節外れ、今は夏真っ盛りだ。


「時期って……どうだったかしらリリアノ?」

「そう言えばそうですね、これはシュタンレー病と呼ばれる病気だとは思いますが、あれはたしか冬の病気の筈です」

「シュタンレー病?」


 当然ながら聞いたことのない名前だ。


「ええ、シュタンレー地方で見つかった病気で、正式には伝染性突発性致死性症候群。主要家禽であるマルベリー種のみでは無く、全ての鳥類が罹患する恐ろしい伝染病です」


 リリアノさんは、すらすらとよどみなく説明する。流石は敏腕メイド。動物の伝染病の事までチェックしているとは。

 いや、碌な特産品の無いこの街において、主要産業である農業の大敵という事かもしれない。


「そうね、シュタンレーには私も行ったことがあるわ。ルクルエールの食糧庫と呼ばれる大農業地域で、名物料理も盛りだくさん。我がリトエンドが目標とする場所の一つよね」


 日本で言えば北海道の様なところだろうか? イザベラはそう言って頷いた。


「それでリリアノさん、何か対策は無いんですか?」


 科学の進んだ現代社会でも、これと言った対策は無かった……筈だ。確か消毒と隔離だったかな? くそっ、興味の無いニュースなんてほとんど覚えちゃいない。

 ……だが、剣と魔法のこの世界では話が違うかもしれない。


「いいえ、ございません」


 リリアノさんはそう言って首を横に振る。

 くそ、やっぱりそんなに都合のいい話は無いって事か。


「そうよ、ケンジ。シュタンレー病は悪魔の病気。燎原の火の様に燃え尽きるのを待つしかないわ」


 イザベラは悔しそうに唇を噛みながらそう言った。


「待ってくれ、対策は……対策はある筈なんだ」


 全てを諦めるにはまだ早い。俺は必至で記憶の糸を手繰り寄せる。なんだ? 何をやっていた? 日本は、世界は鳥インフルエンザに対して何をやっていた? 思い出せ、思い出すんだ!


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