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モルモット  作者: 冷や奴
9/18

09

 ゼロと男のやり取りに呆気に取られて気付かなかったが、ふと、彼らの足元に転がる少年の存在に気付いた。

 あ、と声を上げると、男が興味なさげに「ああ」とそれを転がす。


「……アリ」


「ったく、ふてぇ野郎だ。何考えてるんだか知らんがよぉう、こいつ、ゼロを見ていきなり攻撃してきやがったんだ。ひでぇと思わねぇか?」


「それで、このような?」


「殺してないだけマシだろぉ? もうすぐ出荷出来るから見逃してやってんだしな」


 いそいそとアリを男から引き離し、軽く揺さぶった。小柄な体に、太い縄がぎっちりと食い込んでいた。右腕には注射痕もある。恐らく、不意打ちに何かを打たれて動けなくなったところで、雁字搦めにされて暴行を受けたのだろう。

 呼びかけてみたが、濁ったような瞳が虚ろに見返すだけだ。神経系の薬でも打たれたのかもしれない。後遺症がなければいいのだが。



 ここは、男が秘密裏に「エイルス」という器を造り続けていた部屋だ。

 ぐるりと見回せば、まず目に入るのは、真正面、数段上った先に見える、ここよりさらに奥へと続くであろう扉。

 それと、入口右手隅に、小振りの機械と試験管が立ち並んだ机、大きな棚が備え付けられている。

 だが、それ以外は全て、大きな筒状の硝子板が整然と並べられており、それぞれには土台となる機械が設置されていた。それらのうちの数本が、微かな振動音と、薄ぼんやりとした青い照明が付いている。

 中身の入った、数本が。



 イコに向けた説明としては、自分の――生きる死体の特異性と、この状態から完全に蘇生することは可能かどうか、という実験のために生かされていること、そして、その状態を成すために、自分のクローンを造り、同じ過程を経て、どれだけの確率で生き残るのかを確かめている、と言っていた。

 ウツロもまた、ここにいるゼロと同様、イコを素体として造られた器に過ぎない。それも、目覚めた時から失敗だと分かっていた器だ。扱いは既に察せられている。

 イコに向けた説明も結局は建前だ。彼の本来の目的ではない。



 彼は、自分の「エイルス」を――息子を、本当の意味で復活させたい、それだけを目的として、何年も研究してきたのだ。





「お父さん、僕、立派な怪物になるからね!」


 アリやイコなど初めからいないものとして扱い、無邪気に笑うゼロを見ながら、ふと考える。



 もしも、あの事故がなかったとして。

 もしも、今まで怪物にはなっていなかったとして。



 果たして自分は、あのように――何も変わらず、男を、父を慕っていたのだろうか、と、ふと、疑問が湧き上がった。



 確かに、本物である自分が何だかんだで怪物化に成功しているし、今まで作ってきたコピー体の器を使って実験を行い、既に成功率としてはほぼ確実というところまできていた。怪物化実験は、確実に成功する。

 だが、あれほどまでに考えることを放棄していたのだろうか。


「……していたのかも、しれない、か」


 最近までの自分を顧みながら、呟く。形は違えど、結果としては同じだった。



「それでは、ゼロの初期投与を始めるのでしょうか?」


 アリを入口辺りで寝かせ、男に問い掛ける。邪魔をされたとゼロがムッとしていたが、相手にする方が面倒臭そうなので無視した。


「そうさな。始めようか」


 常になく真面目な態度で、男は鷹揚に頷く。こうして見ると、そこいらの貴族よりよっぽど賢く見えるのだが、仕方あるまい。溜め息を隠して、ゼロと向かい合う。

 男はイコの腕を寄せ、軽く視診を行い、問題ないと判断した。おもむろに手元にある採血針をイコの腕に刺し、先にスピッツを差し込む。赤い色が内側を染める。


「それ、何? 怖いよ、お父さん……」


「こいつから怪物化に必要な因子を採取してんだぁな。一から作るんならこんなまどろっこしいこと必要ないんだがなぁ、お前はトクベツだから、そうしなくちゃいけないんだ。何、失敗はしないさ、安心しろよ」


 イコから取った血液をすぐに機械へと回し、ポケットから飴玉を出して、こっそりとイコの口に放り込む。

 昔からの、ある種、ルーチンのようなものだ。

 ぐしゃりと乱暴に頭を撫でられる。ゼロには見えないような角度で、ほんの一瞬のことだった。



「今日で第三段階まではやる」


「分かりました。どうぞ」


 イコが頷けば、男は精製した薬液を、ゼロに注射した。少年は痛みで顔が歪んでいる。

 しばらくして、特に大きな変化も暴走も起こらなかった。だが、問題はない。ゼロは何度も拳を作り、開き、変化したことを確認した様子で嬉しそうに男に飛びつく。


「よし、そんじゃぁ、次だ」


 メインとなる武器の選択。一瞬、言った方がいいのかな、と口を開いたが、誰も見ていないことに気付いて止めた。ゼロがどうなったところで、自分には関係ないのだし、と内心で言い訳をする。

 あの時。巨大な、それでいて小さな林のような姿から、正確にイコの能力を知ることは、本人以外には誰も出来なかった。そのせいで、オサシダの葉か何かを、櫛歯と見間違えたのかもしれない。

 だけれど、男の願いは。自分の望みは。

 一人ぐるぐると悩んでいる間に、彼らが選んだのは、やはり「櫛」だった。





「随分、すんなりと進みますね」


 男から見れば無事に第三段階まで到達したゼロは、休息を取るべく、奥に続く小部屋へと戻っていった。

 その隙にアリを寝床に押し込み、戻って器部屋の整理をしつつ、男に問い掛ける。

 ぱちり、と、器の生命装置の電源を切りながら、


「完成形だからな」


 ただ、男はそれだけを告げた。


「……それは」


「何だ?」


 ぱちり、と、こちらも一つ消して、口ごもる。


「いえ、ただ、ウツロも、ゼロも、そうでしたが……。なぜ、彼らは、貴方のことを父と呼んでいるのでしょうか」


 ぱちり。


「お前は俺の言うことだけを聞けばいい。考えるだけ無駄だ」


「……父様。貴方は、どちらを選びますか?」


 男の手が止まる。鋭く射抜く瞳に怖気づきそうになったが、相手に気付かれた様子はなかった。


「どういうこった」


「貴方は、肉体と、記憶と。どちらで、その人物だと特定しますか?」


「……さて、なぁ。まあ、だがなぁ」


 男は大股で歩いてきた――かと思うと、勢いよく、イコの頭に拳を振り下ろす。

 何度も、何度も、執拗に振り下ろした。途中でくらくらしてたたらを踏んでいると、今度は棚から持ってきたのか、金属製のトンカチで滅多打ちにされる。

 がん、がん、と頭蓋に響くような感覚と、一点に集中する冷たい感覚、遅れてくる痛み、激痛。割れるように、いや、もう割れているのかもしれない。

 何が何だか分からなくなって、自分が立っているのか倒れているのかも覚束なくて、視界が暗くて何も分からなくて、ただ遠くで声が。


「誰が俺に質問していいなんつったよ、おい」


 首に圧迫感を感じた。ぐえ、と息と共に声が出てくる。押し潰される。力が抜ける。



 ――それでも、意識は途絶えない。



「第一に、お前の体なんぞ、人ですらねぇだろうが。悍ましい。見ろよ、少し殺そうとしただけで、百合ばっか咲かせやがって。気味悪いんだよ、このウスノロが」


 白百合が、皮膚を突き破って咲かせている。早回しのように、芽が、蕾が、花が。

 特に、殴打した頭部は顕著だった。白い色で埋もれている。等身大の、白百合の化け物のような様相を呈している。


「もういい。後はてめぇが片付けろ。俺はゼロの調整もあるから忙しいんだ」


 最後に白百合だらけの体を蹴飛ばして、男もまた、奥の部屋へと足を進めた。





 父は。



 数分で割れた頭蓋も元の形に戻って、花が散っていく。

 リノリウムの床に、反射された光が舞う。

 視界が明暗を繰り返す。まだ数体残った、生きている器の入った機械を手探りで掴んで、ふらふらと立ち上がった。

 はっきりとは見えないけれども、目の前で眠る、空っぽの器は、今も虚空を見つめて死んだように生きている。

 瓜二つの顔は、イコを認識することも出来ずに、ただ生かされている。



 生かされている。彼らも、自分も。

 父は。



「僕は……」



 どうすべきだろう。自問する。

 父の言うことを愚直に聞いているだけの、人形でいることに疑問を覚えてしまった。

 父の行動の意図が、知りたくなった。



 自分は父に愛されているのか、知りたくなった。



「お父さん……。僕は、ここに、いるんだよ……」




 それでも、涙は出なかった。





 幾分か視界が回復してきた頃。

 ふと思い立ち、自身から生える白百合をおもむろに手折って、機械に差し込む。もう一本、さらに一本。

 全部で十一本。一本一本を整えるように差し込んでから、愛おしむように、そっと電源を切る。


「お休み。お休みなさい」


 隣で眠る器にも、同じく十一本の百合を供えて、電源を切る。既に切られたものにも、十一本供えた。

 まるで、誰にも弔われなかった自分を弔っているようで、奇妙な高揚感を覚える。

 まだ動いているのに、自分を弔う、なんて。


「……ふふっ」


 小さく笑い、死んだ器の入ったカプセルの中にも白百合を生やす。白い花と、白い肌と、黒い髪。青い光は消えてしまったけれど、これはこれで幻想的じゃないだろうか。



 けれども、冷静になってもう一度見ると、今度はみすぼらしく見えて項垂れる。

 憤りは感じない。悲しい、とも少し違う。

 ふと、打ち捨てられた彼らを見ていると、今度は今の自分と重なるように見えてくる。

 嫌なことを考えてしまった、と、思わず閉口していた。




「……あれ」


 あれから黙々と器を片付けていると、途中で、あることに気付いた。



 機械が作動したままだというのに、中身がないカプセルが一つ、静かに佇んでいる。

 思わず近寄り、こんこん、と硝子板をノックしてみる。反応はない。

 そもそも、何も入っていないのに反応が返ってくるはずがない。


「ぅ、ん……? でも、どうしてだろ。一人でに起きるはずなんてない、し……」


 点々と続く水滴の跡が、絡まり合いながらも一本の線を描いていることに気付いた。

 扉の先。ゼロ達のいる小部屋ではない。入口となった、ところどころ塗装が剥げて錆が目立つ、金属の扉に続いている。

 ぺたりぺたり、と続くように歩き、ふと床に光る何かを見付けた。


「……針」


 とても細く、薄い針。裁縫用の物よりもずっと細い。目を凝らさねば、普段ならきっと見付からなかったことだろう。水滴が付着していて良かった、と心底思う。


「…………何でまた、このタイミングで。まぁ、いいか」


 自嘲気味に、薄く笑う。天井を仰ぎ、諦念の含まれた溜め息を一つ吐いた。


「……だからあの人と一緒になんてしたくなかったのに。ねぇ、どうして、ずっとこのままでいられないんだろう、ね……。

 時間、なんて。もう、永遠に止まっていてくれたらいいのに。そうすれば……」


 ――僕は、君と友人のままで、いられるのに。


 叶わぬ願いなのに、どうしようもなく、希う。

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