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モルモット  作者: 冷や奴
2/18

02

 以前二人の実験体に初期怪物化の実験を行ってから、数日が経ったある日。いつものように、唐突に男に呼び出されたイコは、足音を立てながら、殺風景な廊下を歩いていた。

 ふと前方から、棒っ切れのような少年が歩いてきている。すぐに消えていくことの多い研究所では珍しく、もう何年もここにいる少年だった。

 彼はイコが近付くと、露骨に顔を顰めていた。


「臭い」


「そう?」


 すん、とぱさついた髪を鼻先にやった。よく分からない。


「酷い臭いだよ。噎せ返りそうだ」


「今日は何の匂いがするの?」


「……百合、かな」


 百合か。てっきり薔薇かと思ったのだが。




 検問の部屋を通り、痒みの抜けない首元を掻きながら、第一実験場に入る。三つある実験場のうち、最も小さな部屋だった。

 扉を押し開けると、既に来ていた男と、二人の実験体が突っ立っている。

 一人は、いつぞやの小柄な少年だった。もう一人は、まだ十を過ぎたばかりに見える男の子である。

 ぼんやり眺めていると、小柄な少年の体が強張り、男の子には怯えた視線を向けられた。

 男は相変わらず、草臥れた様子で嫌味に笑っている。


「臭ぇな。今日は一段とひでぇぞ、何やらかしたんだぁ?」


 かさり、と擦れた音を立てながら、イコが頭を掻いた。


「途中で物に引っ掛かって、転んだだけですよ。……早く、終わらせましょう」


「はん」


 イコを鼻で笑ってから、男が二人に「いいかぁ」と声を張り上げた。


「こん前に怪物になれたよなぁ? なったよなぁ? 人だって喰っちまったなぁ?」


 意地の悪いにやにや笑いで言えば、小柄な少年が露骨に反応する。恐らく、本人にとっては認めたくないことだったのだろう。蒼白な顔を歪ませ、唇を噛み締めている。


「でもなぁ、それじゃぁまだ足りねぇんだ。だから、今日はてめぇら自身に決めてもらうぞ。拳を振るって、ばりばり人喰えばいい怪物の時代なんてとっくの前に終わったんだ。今は怪物だろうが人だろうが、てめぇらの脳味噌で考えて、得物を持って力を振るわにゃいけねぇ」


 要は、自分に合った武器を選べと言いたいだけだ。男の話は長い。

 その間に、イコは部屋の奥に突き出た物置から、様々な武器を並べた。

 一般的に武器と呼ばれる物も、生活用具にしか見えない物も、とにかく種類が多い。

 けれども、次の段階に入れば、いずれも使われなくなるため、必要なのは本当に、この期間だけだ。そのせいか、ほとんどが錆付いていたり、黴臭かったりと、そのまま使えばすぐに壊れるようなガラクタしかない。

 男の説明がようやく終わり、イコが持ってきたガラクタを見て、二人とも困惑している。


「別に、それ使って殺しに行けなんつーこたぁ言わねぇよ。そっから気に入った奴を言やぁいい。そいつに覚えさせるか、自分で覚えときゃいいかんな。決めたら、こっち来い。ヤク打つからな」


 そいつ、とイコを顎で指し示し、男は部屋の隅に転がるクッションソファに腰掛けた。こうなると、彼はもう怪物化の増強薬の投与以外は何もしない。自分の仕事はほとんど終わったとばかりにふんぞり返るだけだ。

 ちら、とこちらを一瞥し、何も言わずに、小柄な少年が男の子の手を引いて、ガラクタを漁り始めた。

 こちらを向いた時に、彼の目に微かに灯っていた感情は、何なのだろう。





 怪物化というものは、段階に分けて実験を進め、最後に残った者が国に引き取られていく。

 買われていくための最低値は、五段階目だ。ごく稀に、本人の希望と男の損得勘定の結果、売られない怪物もいるけれども、おおよその怪物は、その段階まで成長したらここを去る。

 損が増えればさっさと手短なところに安く買い叩いてでも売っ払ってしまうので、あの棒っ切れのような少年はよほど上手く立ち回っていると言えるだろう。とはいえ彼の場合、ただ単に兵器としての側面ではさっぱり役に立たないので、自分が生き残りやすい道を選択しただけ、と言っていたものだが。



 第二怪物化からは少し細々とした選択が多くなるが、初期怪物化に関してだけは「怪物に変質しうるか」というところが第一の難関であり、重要な部分でもある。

 そのおまけとして、これからの大雑把な方向性が、勝手に決まってしまうことが多発していた。大体は小柄な少年のように、我を忘れて暴走してしまうからだ。

 たとえば、彼の場合は素早さに長けた「敏捷」らしい。その隣にいる男の子は「怪力」だった。

 ゆえに、得物と言われても、己に合わなければ、ただの宝の持ち腐れで終わる。事実、選択を誤ったがために、死んでしまった奴らも少なくはない。




 眺めているだけ、というのも、非常に退屈なものである。

 視線の先では、二人がこちらに聞こえないほどの小声で会話しながら、様々な得物を物色していた。もうそろそろ、しっくりくる物が見付かる頃合いだろうか、と考えていると、小柄な少年の「決まりました」という、存外はっきりとした声が聞こえる。

 おおよそ小一時間程度掛けて、小柄な少年は結局、自身の「爪」を武器とすることに決めたらしい。たしかに爪は良い選択だ。彼自身、最初に選ばれた能力が「敏捷」だったので、素早く相手を絡めとる怪物になっていくことだろう。

 それとは別に、男の子が選択した物も、イコは知っている。彼の選んだ得物は「櫛」だった。

 髪を梳くために使う、あの櫛だ。見慣れているのに、男がおかしそうに笑う。


「それでいいの?」


「うん」


 小柄な少年も困惑した様子で男の子に訊ねたが、彼は何の気負いもなく、当然のように頷いていた。そこまで言ってしまえば、小柄な少年が言うことはないのだろう。ただ、怪訝そうな顔が印象的だ。


「よっぽど合わねぇんなら、体が拒否するからなぁ。何ともないんだから、問題ねぇだろ。使えるかどうかは、別だけどなぁ」


 にやにや笑いを続けたまま、男が二人に注射しながら説明した。それから軽く手をひらひらと振って、もう戻れとばかりに二人を追い払い仕草をする。納得していなかったのだろう、渋々といった体で、男の子を連れて、小柄な少年が足早に去っていった。

 一瞬合った瞳には――こちらに対する懐疑心か、不信感か、はたまた嫌悪感なのか、先程から定まらない何かが見え隠れしていた。




「お前、ビビられてんじゃねぇの」


「そうでしょうかね。どちらかと言えば、なぜ僕がいるのか、誰も説明しないからだと思うのですよ」


「おいおい、俺のせいだってぇのか? 冗談も休み休み言えっての」


 男へ返答をせず、小柄な少年にすっかり懐いた男の子を眺めて問い掛ける。


「……あれはこのまま放ってても、問題ないのですか?」


「いいだろ。……おい、イコ、これ片付けたら後は自由にしてていいかんなぁ」


 イコにとっ散らかったままだった数々の道具の片付けを命じると、やる気なく手をぷらぷらさせて男が実験場を後にする。

 草臥れた背中を見遣り、イコは無表情ながらも、疲れたような溜め息を吐き出した。




 空腹で散漫する思考の中で後片付けを終えて、実験場を出る。

 実験場は三つ並んであるのだが、先程まで使っていた第一実験場だけが、少し部屋が狭い。だが、物置が部屋に取り付けられている唯一の部屋でもあるので、時と場合にもよるものの、一番使い勝手が良いことも多い。

 実験場は施設の中でも隔離されるように、二ヵ所の検問がある。機械で血を取って確認するもの、だっただろうか。だが、それも昔の話であり、今やただの重たいだけの扉だった。大昔に主流となっていたエネルギー源を供給出来ないからだそうだ。

 検問部屋に入る。

 白く乾いた殺風景な部屋と、不釣り合いに大仰な識別機械が取り付けられた扉。

 イコは隅の窪みに押し込まれた黒い布の塊を引っ張り出した。先程は時間がなくて、そのまま置いてきたのだ。


「……随分と嫌われたものだね」


 広げると、片側に取り付けられたフックが無造作に刺さっている。遮光カーテンだ。

 それと、回収した際に絡まったままの、ピアノ線。

 思い出したように、イコがもう一度首を掻いた。


 カーテンは寝床のものだろう。ピアノ線は、倉庫で乱雑に置かれているうちの一つだ。

 問題は、これが一歩間違えていれば、死人が出ていたことだろうか。

 男に報告すべきか――逡巡し、どうせ興味の欠片も抱いていないだろうと思い至り、何事もなかったかのようにこれらを片付け始めた。



 一通りの物を元の場所へ戻し、最後に遮光カーテンを取り付けていた時だった。

 後ろで息をのむ音が聞こえて、振り返る。男の子が怯えたようにこちらを眺めている。


「何か用?」


 イコが気まぐれな親切心で問えば、彼は首が千切れそうなほど勢いを付けて振って否定する。無意識に距離を取りながらも、イコに目が離せずにいるようだ。

 震える唇を開き、慄くように、


「あ、あの、貴方は、一体……」


 一体、何だろうか。質問の意図が上手く掴めず首を傾ぐと、男の子がつかえながら、さらに問い掛けてくる。


「貴方は、一体、何、ですか?」


「何って……随分と抽象的な質問だね。僕はこう答えるしかできないよ。『怪物兵器だ』ってね」


 ふるりとおもむろに頭を振っている。訊きたい本質と違ったようだ。だが、こればかりは致し方ない。あの少ない言葉で分かるような、器用な性格はしていないのだから。

 ちょうど遮光カーテンも戻し終えられたのだし、自分の寝床に戻ろうか。

 これ以上待てば、小柄な少年もやって来る可能性がある。

 正直、今彼と積極的に会いたいとはどうにも思えなかった。とても人間らしくて、面倒臭いと思ったから。

 男の子を擦り抜けるように部屋を出ようとして、ふと、少しの興味で訊いてみた。


「ねえ、僕は今、どんな臭いをしているの?」


「え、ぇ? え、と、え……ゆ、百合? でしょうか……。ぁ、の」


「そう」


 何か言い掛けていたことをあえて無視して、さっさと部屋を退散した。ちょうど廊下の向こうに、小柄な少年がとぼとぼと歩くのが見える。

 小柄な少年がやって来る方向と逆方向に歩き始め、軽く首を掻いた。

 拍子で首を垂れると、髪から花が零れ落ちてくる。


「……今日は白薔薇」


 棒っ切れのような少年も、あの男の子も百合と言っていたけれども、きっと今日は白薔薇だ。

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