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モルモット  作者: 冷や奴
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「……何これ、手乗りシフちゃん?」


「刺すぞお前」


「さっきに比べたら、まだそこまで小さくはないと思うけど……」


 アリが戻ってきて真っ先に気にしたものは、イコの腕程の高さしかないシフの姿だった。それも、アリから見れば、突然若返ってもいる。人形か何かと間違えたのも仕方のないことだろう。

 よほど気になるのか、ついついとシフの頬を無遠慮に突いている。シフもシフで嫌そうにアリの攻撃を避けようとするが、どうにも避けられないようで、先回りされてさらに突かれ、終いには諦めていた。


「喧嘩は終わったとみていいんだよね?」


「うん。殺せないよって。……アワには、悪いことしたけど……」


 ちら、と実験場の一画に磔にされたままの小さな体を見て、ぐ、と胃に重たいものが込み上げてくる。



 ――イコは初めて、殺した相手に対し、罪悪感を覚えていた。



 その後ろでは、アリが「へえ」とアワの亡骸を平然と見ている。


「アワって器のこと? 嫌に鉄臭いから何があったのかと……。まあ、それはいいんだけど」


「お前、イコの心配してたのか?」


 意外だとでも言うかのように、シフが目を丸くしてアリを見、一瞬眉を顰める。そういえば、アリとよく話すようになった時には、シフはハロエスと共謀して、イコを殺そうとしていたか。

 だが、シフの言葉に、今度はアリが嫌そうな顔をした。


「止してよ、そんなの。死なない奴を心配するわけないでしょ」


「ああ……そういう……」


 今の言葉のどこに納得する要素があったのか。シフに説明を求めようと視線を合わせるも、肩を竦められて終わる。今度はアリを見遣れば、行く時にはなかったはずの首輪に気付いた。


「どうしたの? これ」


「え? ……ああ、いや……その……」


 アリが気まずそうに目を逸らし、重たそうな分厚い鉄の首輪を弄る。


「なんか、変な鉄の……銃? って言う小型兵器を持った人間に攻撃されて、捕まっちゃって、さあ」


 はあ? と二人揃ってアリの前で口を開けて阿呆面を晒していた。

 よくよくアリを上から下まで見てみると、左脹脛に布が巻かれている。同時に、服の裾が一部破れていることにも気付いた。


「それ」


「どうも、帝国の軍人らしい。ここら辺を十数人一纏まりになってて、それが四つくらいあってうろついてたんだよ。見付からないように蜘蛛のまま走ってたんだけど、何か、捕まってて」


 アリの、今一つ要領を得ない答えに、シフが眉を潜めて見ている。


「ふざけているのか?」


「そういうつもりはないさ。でも、あれは今まで見たことがなかったからさ。僕を見付けたのも、そういうものを探知出来る物があったからなんだって。……人じゃないものを、見付けられる、機械が」


 この首輪にも、居場所を知るためのものが付いてるんだってさ、と、くいくいと首輪を引っ掛けながら、不貞腐れたように呟く。気配を消すこと――見付からないことが得意だったからこそ、余計に面白くなかったらしい。

 だが、別の国の――それも、軍人に会ったにしては、アリの体は綺麗過ぎる、と訝しむ。シフも同様の疑問を抱いたらしく、


「それにしては随分と……怪我も少ないが。俺らの情報でも売ったか? それとも……」


「僕が見付かった時には、もうここ見付かってたよ。僕を捕らえた軍人が言うには、本国の方で、こっちのお偉いさんが、帝国のお偉いさんに一杯食わされたらしくて、その見返りでここをくれって言ったんだってさ」


「……よくまあ、この国が、ここを手放す気になった、ね?」


 良くも悪くも、この施設は国の最重要機関だ。なんせ、彼らが使う兵器そのものを作るのだから。


「どうやら、あのお貴族様に反発していた奴らが、裏でこっそりとやっちゃったらしいよ? 成功した暁には、貴殿にも我が国でのそれなりの地位を約束しよう――なぁんて言ったら、ちょろいくらい釣れたんだってあいつら笑ってたから」


「…………そう」


 もう、何も言うまい。隣でシフもまた「どっちが人でなしなんだか分かんねぇな……」と零していた。


「それじゃあ、資料とかどうするの? 予定通り処分する?」

 ふと、アリと共に整理してきた資料類の存在を思い出した。ああ、と彼も同じように反応を示し、


「それでもいいだろうけど……。もしも、あの軍人達の言うことが本当なら、持っていっても変わらないと思うんだよなあ……」


 首輪を弄りながら少し悩み、ようやく言葉が纏まったのか、思い出すようにゆっくりと、アリが口を開いた。


「その、そいつらが言うには、近々……世界各国で行われている、非人道的な、実験に巻き込まれた、人とは違う力を得てしまった者達を、保護……という名目の元、幾つかの大きな国が関与出来る大型施設とか作って、そこに纏めて軟禁しようって話になっている、らしくて。で、実験で作った生物兵器を公に使ってるから、まずはこの国からどうにかしようってことで、交渉に来ていたらしい。

 もしこのまま順当に帝国が交渉に勝てば、この施設内の全ての実験体が、その施設にそっくりそのまま移されて、経過観察と監視の両方を受けながら軟禁生活することになるんだと」


「買われた実験体はどうするの?」


「そっちも引き取るんじゃないの?」


「ていうか、そんな国に不利な条件、よく呑むと思ったね……」


「お優しい第一王女サマが、帝国の話に感銘を受けたらしいと専らの噂だねぇ。後は花畑を懐柔したい脳足りん共が一緒に声高に叫んだりとか、そっから派閥がどうとか、それで王様まで鎮圧に必死になってる時に帝国とトラブって悪化して、てんやわんやなんだとさ」


 上の人ってのは面倒臭そうだよね、とせせら笑いながらも、アリの目は酷く凍えている。偽善的な第一王女様や、きっちり躾けておけない王様に対して嘲るような調子だ。


「ホント、お貴族様ってのは、どいつもこいつも勝手だよねぇ」


「お前の貴族嫌いはよく分かったが……大人しくここに居る気か?」


「逃げたいのは山々だけど、これのせいでそうもいかないでしょ」


 首輪を引っ掻きながら、アリが心底嫌そうに顔を歪めている。それもそうか、と呟いたシフは、少し考え込んでから、


「じゃあ、俺は逃げるか」


「どこか行く当てでも?」


 イコが首を傾いでいると、別に、と小さく聞こえる。


「ただ、ハロエスには借りがあるから、な。返しきるまでは、あれの所にいようかと思って」


「……そう。そっか。じゃあ、暇があれば、ハロエス様に、よろしく言っておいて」


「気が向けば。じゃあな」


「うん、またね、シフ」


 本当に、気軽に。

 また明日会えるかのような気楽さで、シフは軽く手を上げ、廊下の奥へと姿を消した。


「後でとっ捕まって気まずそうにしている方に飴二つ賭けるか」


「え。じゃあ、じゃあ僕は、ちゃんとハロエス様の所に行ける方に、飴玉三つ賭ける」


「……あんた飴持ってたっけ?」


「食堂にあるやつで」


「まあいいけど」


 アリが緊張感の欠片もない声で「あんたの目当ての奴らは、ポツンと突っ立ってる小屋にいたよ」と投げ掛けてきた。


「多分、僕らのお家だろうね」


「そう」


 言いながら、アリが服を捲って、直に括り付けられた、細長い金属の円筒が特徴的な――帝国の軍人が言うに「銃」と呼ばれる小さな兵器を軽く弄って、イコに投げ渡す。


「これ、どうするの?」


「そこのでっぱり――引き金って言うんだけど、それを押し込めば、筒から弾が飛び出るようになってるらしい。扱いには気を付けて。結構音が大きいから、もし救助が必要ならそれを上に向けて引き金引いたら気付くと思ってさ」


「帝国の人から貰ったの?」


「玩具みたいな物であればいいよって。説明用に外側だけでもと思ったけど、案外気前が良かったよ」


 それとも、ホントにそれくらいなら量産出来るほど進んでいるのか、とアリは肩を竦めていた。ふぅん、と生返事をしつつ、アリから渡された銃をまじまじと眺める。

 つるりとした銀色の筒に、大きな筒が繋がれている。そこから殆ど直角に曲げられたかのような、皮で出来た持ち手と、その傍の小さな引き金、反対の外側にも小さな突起物が二つほど見える。


「そんなのでも、うっかりしてると穴が開くらしいよ?」


「へぇ……。これが旧文明で使われていた武器、か……」


「そうなんだ?」


「前に、ハロエス様がね」


 言いながら、衣服に括り付けておく。


「ああ、そうだ。あの近くでは、ないはずのものが見えるから気を付けて」


「ないはずのもの?」


 やる気なさげに、半開きの口を殆ど動かさず、アリが軽く頷く。だが、少しだけ声色に緊張が乗っていた。


「僕は、ウツロが見えた。でも、帝国の奴らのせいで下手に時間食って急いでいたから、軽く手を振るだけでさっさと行っちゃってさ。帰りにはいなくなってたし。申し訳ないことしたなって気になったよ。多分、あそこ一帯は同じような幻影が見えると思う。何が見えるかまでは分からないけどね」


「もしかしたら、ゼロの能力……かな? 無意識に選んだのは、それだったのか」


「だと、思う。あの範囲全てだとすれば、莫迦みたいに力が有り余っているか、はたまた暴走しているか。どのみち下手に突くと面倒そうだ」


「そう。……ありがとう、アリ」


 アリが手をひらひらと振る。イコもまた、同じように軽く手を振って、


「じゃあ、僕も行ってくるね」


「ん、行ってらっしゃい」


 そのまま、アリに背を向けて走り出した。

 「イコ」からすれば、数えるほどしかない外へ。実験場の外用の扉を、ゆっくりと押し開く。


「うっかり銃ぶっ放さないでね」


「……さすがにそこまで莫迦じゃないつもりなんだけど」


 アリの要らぬお節介に口を尖らせ、今度こそ扉の外へと足を踏み出した。





 途中でアリの報告通り、ぞろぞろと軍人が並んで歩いているのが見えた。


「『あいつら』には、『僕の姿』は『分からない』」


 意識して区切り、呪の力を強めてから、軍人の前を歩いてみる。誰も気が付いた様子はない。ただ、アリが言っていた、人でないものを見付ける機械がしきりに鳴っていて、少し彼らの動きが慌ただしい。


「……とはいえ、こっちもさっさと動かないと効果が切れちゃうか。どれだけ続くのか気にはなるけど、今度また試してみよう」


 ただ、一人、妙に気楽そうな、へらへらした軍人がいたので、何の気なしに脛を蹴飛ばす。後ろで突然悶絶する青年軍人に、同僚らしい別の軍人が声を掛けているのを尻目に、悪戯も楽しいかも、とほくそ笑みながら、イコは駆けた。




 しばらく人気のない荒野を歩いていた。

 耳を通り抜ける風の音や、近くで響く虫の声、それから、枯れた大地にほんの少しだけ突き抜ける草の擦れ合う音。

 ふと近くに、シロツメクサの花が咲いていた。


「四葉だ」


 しゃがみ、四葉のクローバーを丁寧に手折る。くるくると手の中の四葉を回していると、ふと、景色に違和感を覚え、動きを止めた。



 ざあ。

 ざあ、ざあ、と。



 一面に広がる、枯れた草原が、薄野原が、前触れもなく、唐突に。


「……ああ」


 思い出と、記憶が混じり、溶け込むような感覚がする。次いで、近くにゼロがいるのだと知った。

 だが、その前に。

 吸い込まれるように、奥へ奥へと歩いていく。

 胸が騒めく。一つの予感が、イコの中に生まれていた。

 アリはウツロが見えたと言っていた。もしも、見えるものが、相手にとって二度と会えない者ならば。ならば、きっと。



 半ば駆けるように、代わり映えのない薄野原を歩き続ける。

 そして。

 背の高い草より、少しだけ高い、小柄な後姿。背に流された、この国の人なら誰もが持つ、金色の長い髪、それから、白いワンピースの上に、薄手のカーディガンを羽織った、昔はずっと見ていた――あの時よりも、小さく見える、彼女は。



「……お、母、さん……?」



 イコの声に呼ばれるように、おもむろに女性が振り返る。

 卵型で、目鼻立ちがはっきりとした顔、それと、イコとよく似た青い瞳が、こちらを視認し――小さく、微笑んだ。


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