15
――どれくらいの時間が経っただろうか。
友人を殺した衝撃からか、へたりこんで動けなくなったイコは、ようやく自分の気持ちに整理を付けて、再び立ち上がる。そうして、ゆっくり、恐れるようにゆっくりと、縄状となった鳥籠を緩めた。
恐る恐る、隙間を広げる。本当は見たくない。けれども、自分が、それを見なくてはならない。見届けなくては、ならない。
――中にあったのは、もう十にも満たなかったのだろう数の蜂の残骸が、バラバラになって、一つの塊を作ったものだけだった。
「……シフ」
傍に寄って、恐る恐る、千切れた羽を手に取る。かさり、と乾いた音を立てて、羽が砂のように砕けた。
「……シフ、僕、僕、は……!」
じわり、と瞳に潤む気配がする。鼻の奥にも、熱を持つ。声が、どうしても震えて、掠れる。
僕は……僕は、友人、を。大切な、友人を……。
がさり。
「…………ん?」
今。イコが触ってもいないのに、ひとりでに、残骸から音が聞こえた、ような……。
気のせいだろうか。けれども、こんな室内で、窓も開いてない場所で、独りでに動く要素なんて――……
がさり、がっさがっさ。
――いや、まさか。
「……シフ? もしかして、生きてる?」
答えるように、もはや爪楊枝にしか見えない、小さな腕が突き出された。
「すんごい不完全燃焼なんだけど」
周囲に散らばった蜂の破片から、まだ崩れていない部分を探しては、パリパリと煎餅のように食べるシフが、それはそれは不機嫌そうに吐き捨てた。
本来、シフは蜂である。それも、核となる本体だけは、普段の蜂よりも、さらに小さな蜂となっている。
恐らく、鳥籠の蔓は本体から見れば大振りだったために、偶然棘の隙間に挟まったり、周りの蜂が緩衝材となって、奇跡的に生き延びていたのだろう。
だが、死んだ蜂は、基本的に二度と戻らない。今まで戦わなかった理由として、駒のように蜂を扱えば扱うほどに、どんどん数を減らして弱体化してしまう、ということも原因だったわけだ。
――そして、人の姿をしていても、質量が減る。だからこそ、なるべく死んだ蜂を食べて体内に戻し、質量と共に数を戻すわけなのだが。
「……ぜんっぜん、足りない……」
「シフ、可愛くなったね……」
殆どが塵と消えた残骸。どうにかして体内に戻した数は、かなり少なかった。そのせいだろうか。
「手乗りサイズだよ、シフ。しかもちょっと若返った? ある一定の人達には需要がありそうだよね」
「猛毒ぶちこんでやろうか?」
苛付いたように眉を顰めるその姿は、イコの手よりやや大きい程度。そして何より、今までは棒っ切れのような体をした青年の姿だったというのに、今ではすっかり、ふくふくとした頬と、棒から細身程度まで肉が付いた体の――少年の姿となっていた。
「一番腹立つのは、死に損なってお前なんかと呑気に喋ってる自分自身だけどな。ホント嫌になる」
そう言うシフの顔は、苦り切っている。けれども、先程までの殺意は見られなくて、イコは内心ホッとしていた。
「シフは、中途半端だから。きっと今までも、行動する前に躊躇ってたんじゃないかなって、思ってはいたよ」
シフは無言で蜂を食う。
「ハロエス様が誘い掛けなければ、本当に行動する気もなかったんじゃないかな」
「……どうだか」
そこでようやっとシフがぼそりと呟く。
「早いか遅いかの違いだけで、結局行動は起こしてたと思うがな」
「そうかな」
「そうだろ」
でもきっと、それでも死に損なってた気はする、と、表情も変えずに、シフは締めくくった。
「……で、そろそろお前の能力のカラクリを知りたいもんだが」
あらかた残った蜂を食べ終え、結果、腕ほどの長さまで成長したシフが、イコをちらと見ながらぼやく。
「いいよ。最初から、そのつもりだったから」
「……なるほど、つまり俺は、最初からお前の掌の上だったってわけか」
ふ、とシフは自嘲気味に笑う。一瞬、またひやりとする気配がしたけれど、今度はシフもそれを仕舞って、黙って先を促した。
「……まず先に言うけどね、シフにとっては、違うのかもしれない、けど。それでも、僕まで君の友達であることを、捨てる気はないから」
「……ふん。で、結局お前は何の能力を持っているって?」
鼻息荒く返された。やはりシフからは、嘘でも冗談でも、友達だという言葉は出て来ることはなく、内心少し気落ちする。だが、表面上は気にしていないふりをして、指折り数えながらシフの問いに答えた。
「うん、少し数が違うんだけど『怪力』『呪詛』『不変』『植物化』を。ただ恐らく、不変は呪詛の派生だと思うんだけど」
「…………『不変』?」
シフが勢いよく面を上げる。途中で頭がイコの腕にぶつかり小さく呻くも、すぐ忘れたように、
「不変ってことは、つまり、それで完結してるってこと……か? それにしては……」
そう言って、シフはゆっくり上から下までこちらを眺めた。
――死んでからも、成長し続けたこの肉体を。
「ねえシフ、死体が成長することに、おかしいって思わなかった?」
「まぁ、それは……」
イコは、元々十一で死体になった。それがなぜ、四つか五つ分成長したのか。
「……大本が『呪詛』だと予測を立てると、しっくりくるんだけどね」
シフの前に指を一つ立てる。まず、と前置きし、
「『エイルス』の大本の願いは、死ぬことの拒絶……ではなく、変化することの拒絶だった。化け物に変わっていく自分の姿に恐怖したまま、死んだんだ」
指が二本に増えた。
「この時点で、不変を願ったことは間違いようもない。ただ、僕には――あまり頻繁には使えなかったけれど、呪詛の力があった。呪詛の――この二つ目の能力で、その力で不変を願ったのだとすれば――不変の願いを叶え続けるために、殆ど使えなかったことにも納得がいく」
「……植物化は、元から暴走していた、か? 勝手に生えて、勝手に成長する。それに引き摺られるように、お前の体も遅々とした速度で、成長して……」
「肉体が壊れる度に、死体の状態に戻そうとする不変の力と、暴走した植物の力とで何度も争っては、何度も植物に競り負けたせいで成長したんだよ」
不変の力は所詮、呪詛の延長だ。どう足掻いても最も影響力の強い三つ目の力――植物の力に負ける。そして、その願いが植物にまで作用していたとするならば。
「ただの『不変』と、『不変』という願いを徐々に浸み込ませた植物。恐らく植物側は、おこぼれに預かっている程度だから、本来の呪詛よりも効果が弱いはずだ。だからこそ、同じままで留まるのではなく、成長しながらも枯れることがなくなる、という結末に至る。……だからこそ、僕の身体は、いずれ永遠に枯れることのない、死んでも元に戻る、ただの草花に変わるだろう。それが、今僕の考える『死』となる、と思う」
――つまるところ「イコ」は、目覚めと同時に、既に緩やかに死んでいた。
「今はまだ、人の身で成長しているけれどね。肉体が破損すればするほど、いずれ人の身ではなく、植物そのものが主体となって成長していくんだと思うよ」
「……は」
乾いた笑い声が聞こえた。シフを見れば、小莫迦にしたように、うっすらと笑っている。
「やっぱそういうことか。それでも良かったさ。ホントはお前の肉体ごと殺してやりたかったけど、別に俺は、お前という意識が消えてなくなったって、満足はしてた」
「……そう」
やはりか、と少し苦々しげに答えれば、シフは気を良くしたようにさらに笑みを深めた。
「しかし――それを知ったところで、もう俺にお前を殺す力はない。道具も消えたし、あの貴族には切り捨てられるだけ、か。……まるで道化のようだな」
滑稽だ、と笑おうとして、失敗したように、シフの口の端が歪に曲がる。イコは少し俯き、
「道化も、人形も、昔の文献に書かれている『サーカス』と呼ばれる演劇の演目にあった。つまり、僕らは同類、だから――僕だけは笑わないよ。……アリ辺りは、笑う権利がありそうだけど」
アリの名を出した途端、シフが渋い顔をして「アリか……」と唸る。
「苦手?」
「いつの間にか物陰にいること多くて。多分何回か見逃してるような気もするし……。あいつもあいつで、厄介になったな。暗殺やら諜報なんてされたらそっ首取られそうだ」
「まあ、そのアリは今、人探しに行ってもらってるんだけどね」
「人探し?」
こくりと頷き、イコは険のある笑みを浮かべて言った。
「分からず屋の父様と、現実を見ないエイルスの出来損ないをね」




