13
「……まさか、植物園から復活するとは予想外だったけどさ」
何だか遠くから声が聞こえる。膜が張ったように、ぼんやりと。
「むしろ肉片からよくまあ、ここまで戻ったというべきなのか……。相変わらず化け物級の再生力だよ、ホント」
薄く、光が差し込んだ。ぼんやりとした頭のまま、瞼を震わせる。
「あ、起きた?」
目を開けると、アリが傍で座っている。
きょと、と目だけで周りを確認する。リノリウムの床。薄暗い室内。地下室だ。
それから同時に、意識を失う直前までの――父から完全に見放された、あの、記憶が。
気付いた瞬間に、文字通り飛び起きた。目の前でアリが目を丸くしている。
「あ、リ。アリ? あの、今、なん、どう……?」
「落ち着きなよ。今は……僕がお前を見付けてからだとまる三日経ってる。あのクソ野郎が、気狂いを連れてどっか行ったらしい。それから、お前は肉片になってたよ。よかったね、あいつら米粒残すタイプで」
「……生き、てる?」
「その状態を生きてると言えるのかは謎だけど、体は再生した」
「死んだと。本当に死んだと、思った」
「僕も思ってたよ」
ぺたぺたと体のあちこちを触る。形すらない状態からの再生だったせいか、なるほど、衣服すらない。検分にはちょうどいい。目視確認と、触診での確認を終え、既にもぬけの殻になっているゼロの部屋から、衣服を拝借する。
やけに扉が狭い気がする。アリも、何だか……。そこまで思考して、気のせいかと強引に打ち切った。
「確かに、外側は五体満足、と」
問題は内側――内臓や器官の方だ。限界まで再生し、生き返らせた反動だろう、もぞもぞと、あちこちから新芽が生える気配を感じる。
もう、気付いていた。これは、ある意味制限時間だ。
――まだ、人の姿を保っていられる、制限時間。
「……もう怪我をしても、再生させすぎるのは難しい、か」
溜息を吐く。一度冷静になってから思い返すのは、男のことだ。
「器……もしかして、最初からそのつもりだった? 僕を喰らえば、エイルスの記憶があって、生者の体で、僕の力を引き継いで、本物の肉体をその身に溶かして――『完全体』になれるとでも思った……? それならゼロの自信過剰な態度も頷けるけど」
怒りは、もう湧いてこなかった。どちらかというと、少しの失望と、深い悲しみ、それから、寂寥感。
「捨てられちゃった」
父に、捨てられた。
唯一の肉親だ。性格に難があっても、ただ一人の家族だと思っていたのに。
見放された、その事実が、深く胸を抉る。
少しきつい服を気にしながら、アリに近寄る。彼は少し怪訝そうに首を傾げ、イコに鼻を寄せた。
「どうかした?」
「やけに臭わないな、と思って。あんたいっつも、腐臭かキッツい花の匂いばかりさせていたから……ていうか、少し背ぇ伸びてない?」
そこで、ようやくアリに対する違和の正体を掴んだ。
彼が縮んだわけではなく、自分が急激に成長したのだ。
「ああ……なるほど。箍がなくなれば、死体のまま維持することは、まず、無理だよ、ねぇ……」
一人で納得していると、アリから胡乱気な眼差しを貰った。説明を求めるかのように、顎でしゃくっている。
「植物の成長に引っ張られて、少しずつ肉体も成長しながら生きていたんだけど」
「それ、ゾンビーのような状態のことを言ってる?」
「動いて、考えることが出来るなら、生きていると考えて。今だけでいいから」
「……ふん。それで?」
話が長くなると思ったのか、アリは近くで壊れているカプセルに凭れ、歪んだ足を擦る。
「既に枯れて成長すら止まった、死体の状態を維持する力と、内側から死肉を元に新たな皮膚や血管を再生させようとする、植物の生命力と。僕の身体は、その間で拮抗していた、と、思う」
「曖昧な」
「どうも、成長する力の方が年々強くなっていたから、ね。僕自身、なるべく成長しないように、もう一つの力を主軸として、意識を傾けてはいたけど。父様の命令もあったし。でも……」
「死体の身体は、まるっと気狂いに喰われたから、ストッパーがなくなって今までにない勢いで成長中、と。ははん、なるほどねぇ」
「……さっきから気になってたけど、何で僕がゼロに喰われたって知ってるの?」
起きてから言っていた「米粒残すタイプ」の言葉も、着替えている最中に気付いたものだ。軽く首を傾いで返答を待っていると、彼は呆れたように肩を竦める。
「何でも何も、どっか行こうとしていた二人と擦れ違ったからね。あいつら、自分の世界に入り込むのは構わないんだけど、人がいるかくらい確認してから喋るべきだろうと思うよ」
「……そう」
恐らく、彼らは十分警戒していたはずだ。今まで観察してきたのだから、それくらいなら想像がつく。
ただ、アリは普通に道なんて歩かなかっただろうし、何より気配を隠すのが上手かった。
「あいつら、どうすんの?」
言い逃れを許さぬような、鋭い眼差しがひたとこちらを見据えている。座りの悪いような落ち着かなさに、つい無意識で体を揺らしていた。
「……多分。多分、だけど。ゼロは、不完全のままだと思う。ただ、再生力が少し上がったかもしれないだけで」
イコを喰ったところで、完全になりはしない。むしろ、不完全さを加速させたようなものだ、と、答えながら、イコも必死に考える。
「僕は、ゼロを処分する。父様が反対しても、絶対に殺す。自分の力を――この場合、あの面倒臭い肉体のことだけど――分からないまま生かす方が、後々厄介になる。それに……」
軽く目を伏せ、悩む。けれども、ここにいるのは、散々心中を吐露し続けたアリだけだ。どうせ、お綺麗な理由だけではないことにも、気付いているのだろう。
「――気に食わない。あいつがのうのうと生きていることが。あいつが見ないふりして、知らないふりして、全てから目を背けてお気楽に生きていられる、なんて。そんな甘いこと」
絶対に、許さない。
「……へぇ」
アリは愉快気に口の端を吊り上げていた。戸惑うイコに対し、一言。
「いいんじゃないの?」
「協力してくれる、と、いうこと?」
答えはより深まった笑みで返された。
アリと手分けして、男の私室、それから地下の、ゼロの部屋を中心に、手当たり次第紙片やノート、報告書の類を掻き集めた。
「これ、読み込むにしても時間掛かるよ? どうすんの?」
まずは掃除をしようか、という、アリの言葉に従って、重要そうな資料の殆どを、付属していたクリアファイルに纏めて、箱の中に突っ込んで入れていた。
しばらくの間は、アリの鬼気迫るような様子に押されて、こちらも黙々と作業を進めていたのだが、資料の半分以上を箱に入れたところで、ようやく疑問を口にする余裕が出来た……わけではあったものの、アリは未だ口元を結んで、黙り込んでいる。
手早く済ませたお陰か、ものの一時間と少しで三つ目の箱に全ての資料を詰め込み、封をすることが出来た。既に草臥れたイコがちら、とアリを見ると、彼はようやく、深く息を吐いた後に、答える。
「シフが、あんたを殺そうとしてるやつ。お貴族様の計画の一つなのか、あんたを模した器を連れててね」
「うん」
ゼロが目覚め、残り全てを停止させた、あの日。一つだけ消えた器はやはり、シフが所持していたらしい。
「薬とかは、さすがにあのお貴族様が作ったやつで代用したみたいだから、あまり安定してるようには見えなかったけど……。まあ、そこまではいい。あのお貴族様は、いよいよここにメスを入れたいようでね。あいつ――お前の父親が『建前の研究』を本当に――まぁ、あのお貴族様からしたら、成功させちゃったから、慌てて国に、あいつが私欲で行ってきたこと全てを告発して、この研究所を、資料や僕らも含めて国に返還した上で、あいつを処して消し飛ばす許可と、ここの責任者に自分を据える許可を、強引に取ろうとしているらしい」
「父様は知らない、と?」
「国の方で勝手に進めている。まだあいつには情報行ってないと思う。こんな辺境の地だ、よっぽどアンテナ張り巡らせないと厳しいだろうね」
つまり、この施設が、名目的には国営化されるということか。そう結論を出し、ではなぜ資料を纏めているのかと首を傾げる。
すると、アリは悪巧みをするように、にんまりと口元を歪めて、
「別に、この施設が国の物になるとして、その前にうっかり資料も人材も事故で無くなったら、どうしようもないよね? とりあえず『場所』は残るし、問題ないでしょ?」
「性格悪い」
思わずイコが眉を顰めた。だが、アリに、そんな評価など気にするような柔な精神は、残っていなかったらしい。面白くなさそうに、鼻で笑って一蹴する。
「何とでも。正直前からこの国は気に食わなかったし、これ以上人間離れした怪物造られるのも勘弁願いたいし、別にいいでしょ。子供の些細な悪戯だよ、悪戯」
「実験体が皆、言うこと聞くとは思えないけど」
「その時は放置すればいいさ。どうせそいつらに残された道は、解剖か兵器かの違いくらいだろうし」
随分とあっさりした回答だ。とてもウツロに同情し、共に逃げようとしていた人の台詞ではない。――とは思ったが、彼は壁の内側と外側とで、対応にかなりの差が出る人だということを思い出した。優しいのは、自身の身内限定らしい。
「ま、こっちもすぐってわけじゃないし、一先ずは置いておこう。ただ、あいつもそろそろ仕掛けてくる頃じゃないかな。……正直、どうやってあんたを殺すのか、よく分かってないけどさ」
「んー……」
動く度にもぞもぞと動く植物の痒みに軽く顔を顰めながら、腹を掻き毟って説明の言葉を探す。
「僕が、死なない理由はもう一つの力にあるんだけど」
「死体維持の方だっけ?」
そう、と頷く。
「僕の場合、薬の投与された量が多すぎて、強引に変化したからか、初めの実験段階で一度に四つ目まで飛んでってたらしくて、ね。そのせいで、父様も僕の正確な能力は把握出来てなくて、ずっと勘違いしてたわけでさ」
ふと、アリにも思い浮かぶことがあったのだろう。小さく「櫛?」と零していた。
イコは肯定し、
「そう。正直、完全に正しいものは最初の喚起の段階で得た、怪力の能力しか合ってなくって。……言い出す機会もあったけど、否定されそうだからって、諦めて、止めてて……」
一度逡巡し、けれども存外はっきりとした声で、言う。
「僕には、本当は、不死能力なんてないんだよ」
「……不死能力が、ない?」
さすがにこの事実は、信じられなかったのだろう。アリは口をぽかんと開けていて――稀に見る間抜け面に、イコが内心でひっそりと笑った。
「あんな、肉片から再生しておいて?」
「あれは――あれが、死体のまま生きていた理由でもあるけれどね。ただ、成長したことに関しては、完全に植物化の延長になるかな。お日様があれば、肉体を養分に、すぐ芽を出すから。そのせいで、引き摺られるように、一緒に成長していたから、ねえ」
「それ、植物に寄生されてるんじゃあ……。あー、いや、よくわさわさ咲かせていたのは、それのせいか……」
納得したように、複雑そうな目を向けてアリがぼやく。今も内側から侵食されている、とは、さすがに言わないでおいた。
「今は、制御権を奪い合ってるような状態だけど、そのうち、植物の方に比重が傾くと思う。そうなると、僕の全ては植物になる。その時に僕の意識があるのかどうかは分からないけれど、とにかくひたすら植物を生やし続けるだけの物体にはなる」
「焼けば解決しない?」
「焼くだけじゃ、ちょっと無理そうかなぁ」
イコはそっと、アリにだけ耳打ちをした。
「僕の三つ目は『 』だから」
言葉を反芻する。「 」。本来、二つ目に決めた武器系統の顕現等の能力だ、とあの男は言っていた。
イコ本人も、気になっていた。時々新人に何かしら吹き込んで、その経過を幾つも眺めた結果、これも可能だったのだと気付いた。
「三つ目はね、本来四つ目と一緒だった。むしろ、四つ目は制限がある状態だから、三つ目の方が強力な力なんだよ。……きっと、父様がゼロに不死を与えられたのだとしたら、ここだけだったと思う。もう過ぎたことだけど」
「……あんた、初めから、自分の父親を信用してなかったんだね」
薄く、ふ、と。
イコの口に、笑みが浮かんでいる。
「ちなみに、不死であれば、殺す方法もないわけじゃない。三つ目、もしくは四つ目の時に、『時間』を選ばせて、不死になるよりも前の肉体に巻き戻せばいいだけ。それなら、簡単に殺せる。不死でいた時間が長ければ長いほど、そこまで戻すのは大変かもしれないけれど」
「……ふぅん? それで、あんたは死ぬの?」
「死ねないよ。……もう少し早ければ、もしかしたらって、思ったけど。多分、死体じゃなくなっちゃったから、手遅れだろうね」
そう、とアリは呟く。素っ気ないような調子だったけれど、彼は軽く目を伏せていた。
「とりあえず、僕があいつら探しに行ってみる。あんたも、いい加減オトモダチと話し合ってきなよ。……まだ相対したくないなら、少しの間だけは待ってるから」
「……ううん、平気。もう、逃げるのも、見ないふりをするのも止めた、から」
でも、と続けた。知らず、アリの肩口に額を付けて背を丸める。アリの冷えた手が、背を撫でる感触がした。
「やっぱり、少し、怖いね。……人の気持ちを受け止めることが、こんなに怖いなんて、知らなかった。真正面から悪意に立ち向かうことが、こんなに恐ろしいことだなんて、僕は……」
「そう、だろうね。お前はずっと、口実があった。そもそも、人の機微を考えることすらしなかったんだろう。
……人の思いは、時としてひどく重く圧し掛かる。それを受け止めるか、受け入れるかは人それぞれだけれど、無下にして、捨て去ることだけはしない方がいい。……いや、うん……」
アリの手が、ぽんと軽くイコの背を叩いた。顔を上げると、目を逸らしてたアリが、少し照れくさそうに呟く。
「しないでほしい、かも。あんたが……イコが、少しずつではあったけど、自分の心や他人の心のこと、たくさん悩んで、たくさん考えて、その都度どう向き合うべきなのかって決めてきた姿を見てきたから、さ」
「……うん」
「大丈夫。自分で考えて下した決断なら、僕は責めないさ。イコが、ない頭振り絞って考えたんだからね」
「……一言余計だけど、ありがとう」




