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モルモット  作者: 冷や奴
11/18

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 シフの後をつけた日から、気まずくなって、彼と話す機会が減っていった。

 向こうはそんなイコの心情も、変化も気付いていないらしい。どうすればイコを殺せるのか、調べることに夢中だった。




 そして、しばしば感情の変化についていけなくなった時には、毎度のようにアリのもとへと赴き、呆れられながらもこちらの言葉を聞いてもらっていた。


「だからさ、あんまりちょくちょく来るの止めてよ。こっちまであんたと仲良しだと思われてんだから」


「嫌なの?」


「結構不快」


 そう、と溜め息を一つ。

 そう言う彼は、すっかり元気になったようだ。ただ、男の目を欺くために、まだ調子が悪いふりをしている。復調したと知られれば、すぐに国へと売り払われるからだ。


「聞いてくれるって、言ったのに」


「頻度が多いんだよ。他に言える奴だっているだろ。シフとか」


「シフは無理かなぁ。今、僕を殺すための兵器を作るのに夢中だもの」


 は、とアリが惚けた顔をして、首を傾いでいた。


「……なんでまた?」


 見れば、彼は怪訝そうな顔をしている。


「シフは父様が、大好きだから」


「だから?」


「役立つために必死になって、印象良くするために、本当の子供である僕と――大嫌いな僕と、いるんだよ」


 多分だけど、と答えると、ふうん、と興味なさげに呟いていた。

 むしろこちらを向いて、きゅ、と口の端を押し上げている。


「大嫌いなあんたとずっと一緒にいたなんて、何だか凄いね。ずっとずっと、周りを欺いて、自分の気持ちを欺いて、そうまでしてでも、あの男のことだけを思ってたのか。……そりゃいつでも仮面みたいな笑みを作っていられるわけだ」


「そう、だね……」


 思わず言葉に詰まる。

 どうしてだろうか、まだ胸が痛い。



 結局、シフが嘘ではなく、本当にイコを友と認めることは、終ぞなかった。



「いつだったかな、僕とウツロが武器を選んだ日があったね。首に血で横線引かれて、頭から花、わさわさ咲かせてたアレ。もしかして、アレもあいつがやったの?」


 とんと、イコの白い首を突いて、アリは少しだけ目を細めて問い掛けた。



 思わずこくりと頷きながら、漠然と記憶を掘り起こす。

 ウツロがこちらを視認した状態で、初めて会ったあの日。



 検問部屋に寝床の遮光カーテンをわざわざ持って来て引いて、暗闇の中でピアノ線が首に食い込むように張られていたのだ。イコは全く気付かず歩みを進め、見事に引っ掛かって、首がちょん切れた覚えがある。

 皮膚がくっ付く時の痒みを思い出して、無意識に首を掻いて、


「割とよくあることだったから、そんなに気にしてなかった、かも」


「へえ?」


「それに、シフが僕を嫌ってることは、父様も知ってた、から。気にしないでいいんだって思ってた」


「へえ……。なんか、さ」


「うん」


 アリは目を伏せてぽつりと。


「なんか、虚しいね」


「……そう、なの?」


「だって、嘘ばかり吐いて疲れて、あいつは結局報われないみたいだし。まるで道化みたいに踊ってるだけだ。……あいつだけじゃないけどさ。皆報われないことをしているような、そんな気がする」


「皆、て」


「お前も、僕も、お前の『お父様』も、他の奴らも。皆、だよ」





 男に呼ばれて、実験場へと歩を進める。



 ――あの男だって、過去に追い縋って、それ以外なんて見向きもしてないけど……



 思い起こすのは、先程会話をしていたアリの言葉だ。



 ――あいつは、今のイコじゃなくて、幻想の息子を見てるだろ? 傍から見たらこっちだって道化じゃないか。でも、きっと、少なくとも本人にとっては、そうじゃないんだろうね。本気でやってるから。



 扉を開ける。実験場には、三人の少年少女と、男がいた。


「遅くなりました」


 扉を閉め、中を見渡す。と、視界の端に誰かの影が見えた。

 視線を移し、内心驚く。シフがいる。

 男が機嫌良さそうににやにや笑って「遅ぇぞ」と文句を垂れた。

 ゼロが目覚めてから、ずっとこの調子だ。何も知らない実験体達が気味悪がる程度には、男は終始にやにやと笑い続けていた。

 イコがそっと男の後ろに回る。部屋の隅で、壁に凭れて眺めるシフと目が合った。だが、彼はすぐにふいと視線を逸らす。こちらよりも、この実験の方が気に掛かるらしい。

 本日はこの三人の実験体の、第四段階目――副能力を手にするための実験だ。

 前回よりは人数も少ないため、失敗したところでイコの負担も、そうそうないだろう。

 問題は、シフだ。

 今まで何の動きも見せず、表面的だけだとしても、その感情を気取らずにいたはずの彼の、ここ最近の動きようには目を見張るものがあった。

 恐らく、シフは彼と結託したのだろう。互いに利害は一致している。だからこそ、なるべく二人きりにはせずにいたのだが……。

 あれはやはり失敗だったかもしれない、と内心反省しつつ、側に逃げた器がいないかを流し見る。



 ――やはり、ここには連れてこない、か。




 機嫌のいい男は、シフのことなど全く気にも留めていなかった。居ても居なくても変わらないからだろう。でも、シフはきっと、それに気付いていない。もしくは、気付かないふりをして誤魔化しているのかもしれない。

 三人が副能力を選択している中、シフが何か考えるように中空に視線をやっている。

 その顔に、いつもの笑みはない。最近はずっと、表情を繕う暇もないのか、ずっと能面のような無表情ばかり見ている。そしてこちらを見る瞳が、一層強く色を帯びているのだ。



 殺される直前のウツロを思わせるような、強い憎悪。



「隠すことも、しなくなったのか。隠す必要も、なくなったのか……」


 いずれにせよ、それはつまり、相手が動き出すことに他ならない。

 恐らく、ほとんどの準備は整っているのだろう。


「無駄なのにね」


 実験体の少女が振り向く。聞こえていたようだ。


「気にしないで」


 彼女に小さくそれだけ言って、また取り留めもなく思考の海に身を浸す。

 少女は少しだけ首を傾ぎ、それから「薔薇の……?」と呟いてから、軽く会釈して戻っていった。



 三人が無事副能力を手にし、戻っていった後、シフもまた足早に部屋を出ていこうとしている。


「シフ」


 思わず声を掛ければ、彼は少し眇めるような目付きをして、それからすぐに表情を取り繕って朗らかに返事をした。

 どうしようか。何も考えず、衝動的に出て来た言葉だった。だが、何でもない、で終わるのは何だか嫌だった。

 だからイコは、


「僕、は、僕には、まだ分からないけれど。ねえ、そんなにも、色んなものを投げ打ってでも、望むものなの?」


 つい、見て見ぬふりをしようとしていたはずの、シフの核心をついていた。



 瞬間、シフの顔から表情が消えた。



 やってしまった、と気付き、内心慌ててさらに言葉を重ねる。


「いや、ごめん。何でも……」


「お前には分からないだろうな。全て持っているのに、その上で暢気に胡坐掻いているような、お前には」


 彼は、聞いたことのないような、低い声で、唸るように呟いた。


「先生を、父と呼べることが。たまたま先生の息子だったから、絶対見捨てられないということが。たまたま、上手くいっただけで、お前自身の努力なんて何一つないくせに、強い力を得ていることが。

 ――どうしようもなく、憎いさ。お前のこと。殺せるのなら殺したいよ」


 でも、とシフは続ける。暗く、うっそりとした笑みを浮かべていた。


「それももう、終わるんだ。せいぜい今のうちに、家族ごっこでも何でもしてるといいさ」


「終わる? ということは、君は僕の身体のネタを暴いたんだ?」


 彼は、思わずというように鼻で笑っていた。せせら笑う顔は、悪意がくっきりと浮き彫りになってて醜く見える。それでも、それはシフにしっくりと馴染んでいた。



 本当は、心のどこかで、まだ期待していたのかもしれない。縋るように、あの心地よい関係を求めていたのだろう。

 でも、もうおしまい。失望はない。ただ、漠然とした寂寥感が残る。



 イコは軽く目を伏せ、そう、と呟く。


「じゃあ、頑張ってね。きっと、僕が動けるうちじゃないと、君にとって意味がないんだろうし」


 挑発と受け取ったのだろうか。見ると、シフの顔は赤らんで、鬼のような形相でこちらを睨み付けている。


「……この疫病神め。早く消えてしまえ」


 苛立たしげに壁を蹴り付け、今度こそ彼は足早に去っていった。



 シフが消えた道を眺めながら、そっと首筋を撫で擦る。


「ねぇ、シフ。僕の身体は、君が思うようなものじゃないんだよ」


 無理矢理生かされたような、死んだまま生きる身体。恐らく、遅々として進まない体の成長に、彼らは本来の能力を見誤っていたのだろう。

 成長してしまったがゆえに、不死だと勘違いしたのだ。


「……まあ、数百年程度なら、耐えられるのかな。三百なのか、五百なのか、はたまた百年と少しで駄目になるのか、それは僕にも見当が付かないけれど」


 ついと指先を尖らせ、首筋に突き刺す。肌の弾力で少し引っ掛かり、そのまま一足に貫いた。

 瞬間。

 背に、腕に、腹に、顔に、恐らくは内部にも侵食するように――彼の植物が、細い体を培養に生えてくる。

 思考を止めれば、抵抗することを止めれば、この体はすぐにだって植物に飲み込まれる。年々強くなっていくそれは、最早呪いだ。一つの願いを養分にして、日々侵食度を増す、呪い。

 死ぬ間際に残した「エイルス」の最期の願いを。



 「      」と――それだけの。



 勝手だな、とエイルスを嗤った。同時に、自分自身にも嘲笑う。


「早めに見付かるといいね。僕が、根付いて動けなくなるよりも前に」


 すぐに自身の力を押さえつける。乱れ咲く花々が枯れ、萎れていく。

 彼は自身から生えるシロツメクサを、丸ごと口に入れた。



「願いが器を満たしたその時に、きっと『僕』は死んで――永遠に生き続けるだろうから」

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