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モルモット  作者: 冷や奴
10/18

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「最近あの人、変に静かなんだけど」


 何か企んでるの? と訊きながら、鉢植えにポツンと植えられたフウセンカズラに水をやるアリが、問い掛けてくる。




 あれから数日間、イコは、あの場に転がされていたアリの容態が気になり、時々寝床に訪れては様子を眺め、たまに世話を焼いていた。

 目覚めたアリには、気味悪がられた。自分が人を気にするなど、天変地異の前触れかと慄くほどであった。失礼な奴だ、と腕を捻っておいたのはつい先日のことだったか。

 軽く問い詰めてみれば、やはりアリは、以前ウツロと共に脱走騒ぎを起こした時、あの地下の部屋まで入り込んでいたらしい。

 そして、ウツロは自分とそっくりの――イコの器を見、その中の一つ、空になった機械の傍に貼られていた、自分の番号が記されたシールテープを見て、自身の身と過去の記憶に疑問を抱き始めたようだ。彼の場合、それは恐れに変わった。

 結果、真実を突き付けられたくなかったがゆえ、逃げ出そうとしたのだろう。

 ちなみにアリはと言えば、ウツロとイコを見比べてから感じていた違和感がはっきりと分かり、確証がなくとも、男が厄介事を起こすつもりだと感覚的に当たりを付け、ウツロの逃亡を手伝っていただけだった。それを聞いて、危機察知能力が高いものだと呆れたものだ。

 ちなみに、転がされていた時のことを訊くと、ゼロに対して恐ろしく愛想のいい態度を取る男に、戦慄して硬直していた、とのこと。真偽のほどが定かではないことは確かだが、気にするほどのことでもないか、と納得しておいた。考えるのが面倒になって、放り投げたともいう。

 ウツロを殺したことについて、アリは話題すら上げなかった。

 元々勘付いていたのかもしれない。ただ、それは今のイコにとって、ありがたいことだった。


「聞いてる?」


 少し苛立ったようなアリの声に、顔を上げる。こちらを見る空色の瞳は、声よりずっと穏やかだ。呆れたように困った顔をしている。


「聞いてる。企んでるっていうか、ずっと作り続けていた作品が日の目を浴びて、はしゃいでは、いるみたいだけど」


「へぇ。それって、あそこにいた、お前と同じ姿していたアレ? 中身は大分イカれていたけど」


「随分と辛辣な意見をアリガト。アレがE-0000。通称ゼロ」


 少し悩んだけれど、既に見られているなら隠しても無駄か、と思い、続ける。


「父様の息子である『エイルス』を完成させるための、器」


「息子? ……ああ、それで」


 上から下まで眺め、アリが納得したように言う。恐らく彼も、イコが男を父と呼ぶ姿に疑問を抱いていたのだろう。

 少し逡巡し、けれども自身の目的に沿うためには、もう少し情報を開示しなければならないか、と諦め、口を開く。


「僕に対しての建前は、不死性の研究だった。いや、死体が蘇生することは可能か、という実験、だと」


「……本音は、死んだ息子が生者として生き返るのかって話だった、と。そのための実験用モルモットが、あんたを模した――ウツロ達、か?」


 一瞬、憤るような声がして、見上げる。アリは淡々とした調子だ。

 気のせい、だった?

 アリの内心のほどが気に掛かるが、一先ず話を続けるために、小さく肯定する。


「死んで、起きた僕は、生前の記憶の一切を失っていた。多分、父様は僕の記憶を戻そうとして、失敗した、んだと、思う。起きたばかりの、最初の頃の記憶はちょっとおぼろげだから……」


「ふぅん。それで、子供を自作する方向にシフトしたのか。……で、あんたは僕に何を求めているの?」


 わざわざ関係ないはずの自分に話した理由を察したようで、アリが軽くこちらを流し見て、続きを促していた。声に少し、憤ったような、苛立ったような色が、乗っているような気がする。

 先程感じた憤りは気のせいじゃなかった? 分からない。だが、促されたのだからと、そのまま、訥々と言葉を吐き出す。


「求めてるってほどでも、ないんだけど。相談したくて。分からなくなってきて」


 フウセンカズラを突く手を止め、アリが体ごと向き直った。小さな嘆息に思わず顔をしっかりと上げると、思いの外鋭いアリの視線に、体が強張る。


「あのさぁ、今更になって、随分虫のいい話だと思わない?」


 批難するような声が、顔が、イコの、微かに育った心を静かに突き刺した。

 確かに、虫のいい話だと自分でも思う。けれども、考える、という行動は、一人で行うと、ひどく不毛で、無作為な思考が絡まっただけで終わってしまうのだ。

 だが、やはり突かれると少し気まずい。イコはアリの寝台に小さく膝を抱えて座り、俯いた。


「正直、ね。ウツロのことだって、許してるわけじゃない。でも、お前は所詮あの男のお人形さんだからさ、どうして僕がそう思っているのかも分からないでしょ?」


「……お人形、さん」


「まぁ、確かに少しは自意識が出て来たのかもしれない。それがいいことなのか、悪いことなのかは知らないけど。でも、結局それだけだ。こうだから、こう思った。ああ思った。だから何だ。結局行動には移してない。知ってもらうための努力をしていない」


 言葉が、突き刺さる。だが、事実だ。

 それでも、内心で燻る憤りが、ひっそりと沸き立ってくる。



 だって、分からない。どうすればいいのか、何も分からないのに。

 皆が皆、分かっているわけじゃないのに。



 ひっそりと不貞腐れていたら、目の前に移動してきたアリが、イコの頭を突く。思わずムッとして顔を上げれば、呆れたような視線を返された。


「だから、今考えなよ。幸い、あいつは甘ちゃんに掛かり切りなんだろうし。分かんないことあったら、聞くくらいはしてあげる」


 随分と、傲慢な言葉だ、と思った。

 でも、この距離感が――あんなに傷付けたのに、これで終わらせてくれるその強さが――今は、ありがたかった。





「あの時、あんたが殺さない程度に半殺ししてくれたお陰で、生き延びちゃったのは、正直恨まなかったわけじゃない。……後になって、殺されることの方が幸せなこともあるんだって、初めて知ったよ」


 アリから目玉を模した棒付き飴を貰い、二人揃って、しばらく口の中でころころと転がして遊んでいた時だった。悩むように彼は切り出し、弾みで飴が砕ける音がした。


「何の話?」


「捕まって、牢屋の中に入れられた時の」


 ああ、と嘆息混じりに答える。

 きっとそう思ったのも、男に遠慮や自重の欠片もなく、肉体ごと変えられるかと思えるような実験を繰り返されたせいだろう。アリの体もまた、骨格が変わるどころか、一部は失敗時に腐り落ちて差し替えられた部位もある。そのせいで重心すら上手く掛けられず、普段の歩き方も、少し不自然になった。移動するにも苦労するようになり、代わりに自身の糸を伝って、道なき道を歩くことが増えたという。

 けれどもアリは、イコや男に対して恨み辛みあるだろうに、今までそのことについて何も言及してはこなかった。

 だから、もう終わったことと切り替えたのかな、と思っていたのだが。


「あの時、あいつが眠りこけている時とか、ずっと考えていた。自分はどうしてこんなにも、化け物であることを認めたくないんだろう、とか。もう遅いのは分かっているはずなのに、やっぱり否定したくて。人だった時と同じ思考が出来るのに、人じゃない、なんて、信じたくないのもあって」


「……シフは、いつか人じゃないことに慣れてくるって、言っていたけど」


「慣れるっていうより、諦めが付くんじゃないかな。実際、僕も自分の体が半分も削れてたのに、全然死にそうにはないし、むしろちょびっと足とか生え始めてきたの見たら、ね。……踏ん切りついたというか、諦めたというか」


 おどけたように肩を竦めて、アリは続ける。


「言われた通りだって、そう思ったよ。確かに、僕を含めた実験体達は、最初の段階で、生き延びてしまったあの段階で、人間である自分が死んだんだなって。でも、人としての意思は残っている。中途半端に人としての理性を残した僕達は、果たして何なのだろうって、そう、疑問を抱いた」


「何って、それは」


「あいつの受け売りのような『生物兵器』は無しだから。でもそうなると、僕達を言い表す言葉って難しいよね。それでいて、そのうちに人としての意識すら、感覚すら、常識すら摩耗していって失われていくんだろう。そうやって、人間と違う価値観を持つ、化け物になるのかな」


 何だか怖いよね、と、少し歪んだ笑みを浮かべるアリに、思わず惚けた顔をして眺めていた。それを見たアリがこちらを見ると、思わずといったように噴き出して、無邪気に笑っている。珍しいものを見た気がする。


「莫迦莫迦しいって思うかな? 自分ですらそう思うんだもの。でも、まあ、そう考えた切っ掛けはあんただったよ」


「僕? 何故?」


 気付かぬうちに何かしていたのだろうか。心当たりもなくて困惑していると、アリが少し鼻で笑っていた。


「あんた、最初さ、あいつの傍で、僕があの失敗した同期を喰ってた時、普通に眺めてたでしょ。僕も、意識なんて殆どなくて、ただ凄くお腹が空いてて、夢中で喰べててさ。

 ――同時に心の片隅で、自分は一線を越えてしまったんだ、それで、いつかあそこで平然と見ているあいつと同じように、こんなことすら何も感じなくなるような、化け物に作り替えられてしまうんだって、恐怖心が沸き上がった。怖くなって喰べるのを止めたかったのに、止められない。体が言うことをきかない。それが、とても怖かった」


 そうは言われても、イコには恐怖など、失われて久しい感覚だった。それでも何か言うべきか。返答に窮していると、アリが構わず続ける。


「でも、満腹になって、一度眠って、いつの間にか人の皮も被ってて、さてと思考した時に気付いたよ。僕はまだ、人としての感覚がある。さっき貪り喰った味も、匂いも、食感も、まだ残っている。恐ろしい、悍ましい……なのに、吐き気が込み上げることはなかった。脳が、普段の食事を取った後と同じように、あれを『食事』だと判断した。その齟齬に、まず恐怖した。何で僕は、あんなものを喰べて平然としているんだろう? って」


「……それは、生きるためじゃ?」


「そういう見方もある。でもさ、人間って下手すりゃ理性が本能を上回ることだってあるじゃないか。即身仏って知ってる? あれだってそれこそ、理性が強くなければ、ああはなれないことだよ。あれもまた、本能が強ければ出来ないことだよね。死ぬのって、恐いことだから」


「恐い、こと」


「だって死んでから戻ってくる人なんていないじゃない。未知の領域なんだよ。人は未知を恐れるんだ。知らないなら、自分なりにどんなものなのか考えなきゃいけない。それが恐いんだよ。どれだけ考えたところで、やっぱり想像もつかないからね」


 そういうものなのだろうか。アリもこちらの疑問に気付いたようで「じゃあ、僕の一個人としての考えと思ってくれればいいよ」と言う。


「段々、自分も化け物の思考に変わっていっちゃうのかなぁ。目の前で人が死んでも、実験だからって言って、何も感じなくなっちゃうのかなって、人でなしになるのが、恐かった。食事に使われてる肉も、僕達のは確か、実験にも適さない、老人や乳飲み子とかを処理して精肉したものなんでしょ? 最初知らないで喰べてたよ」


 本当は脳を喰べることが一番いいけれど、不評だったので止めたらしい、という裏話を言える空気ではなさそうだ、と判断し、黙って聞く。いつになく饒舌なアリを見るのは初めてで、どこか不安定な精神が見え隠れしている。

 このまま続けさせても大丈夫なのだろうか、とこちらが不安を覚えていると、彼はふ、と自嘲気味に呟いた。


「……でも、知った時にはもう、人が死ぬことに慣れていた。人を喰う姿を見慣れていた。何も、感じなくなっていた」


「人は、慣れる生き物だって、聞いたことがあるよ」


「そうかもしれない。……人間だったとしても、同じように見慣れてたのかな。もう分からないか」


 そう言って、彼はもう一度、ふふ、と笑みを張り付けていた。





 アリの見舞いから戻る道すがら、シフが、食堂を抜けた先へと歩く姿が見えた。後姿に、妙な違和感を覚える。

 シフ、と声を掛けようか少し悩んでいるうちに、彼はどんどん先へと進む。興味が湧いてきて、気配を殺し、身から出てくる腐臭も花の匂いも気を付けて、距離を開けて付いていく。

 彼はそのまま、実験場の検問部屋付近にある、管理室に入っていく。

 中は一見事務的な、対外用の書類等が置かれただけの殺風景な部屋だ。



 ――奥へ続くからくり・・・・を解かなければ、だが。



 イコも時間を置いて中に入る。当然のように、彼の姿はない。

 向かって右端の棚が、少しずれている。壁の下部を見れば鍵穴があり、その先は閉ざされていた。

 恐らく鍵はシフが持ったままだろう。仕方ないので、強度を高めて、自前の蔓で鍵のようなものを作って扉を開いた。



 男の部屋と違い、こちらは地下なんかに繋がっているわけではない。隣り合わせの小さな部屋があり、中には男があちこちから掻き集めては、いらないと判断した本の数々がぎっちりと本棚に詰まっている。



 そっと臭わないよう気に掛けて、遠くから目を凝らす。



 シフは何冊かの本を作業机に重ね、その脇で一冊の本を熟読している。

 一体何を調べているのだろう。

 じりじりとにじり寄って、ようやく細かい活字が見えた時だろうか。シフは満足な情報が得られなかったらしい。少し苛立ったような舌打ちを一つ吐いて、乱暴に本を投げ捨てた。


「なんで……なぜなんだ……」


 彼がぽつりと零した言葉は、暗澹とした色を持っていた。




 それだけ聞いてすたこらと小走りに去りつつ、ちらりと見えた印字を呟く。



「……不死の生物を、殺す方法、か」


 本当に、まったく、シフは嘘吐きなんだから。


「そんなことしたって、見て貰えるわけないのにね」


 少しだけ胸が痛むのは、きっと気のせいだと、自分に言い聞かせた。

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