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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(後編)二章 エゼキエル
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16話 兄が好き

 夢を見たか、定かではない。

 エゼキエルは前世のことを思い出した。

 怒りはなく、心は寒々として空虚だった。目を開けた時、まつ毛に霜が降りていたかもしれない。

 意外にも、現実は温かくエゼキエルを迎えてくれた。窪地に届く陽の光がまぶしい──


 朝が来ている。エゼキエルは、がばっと跳ね起きた。

 ザカリヤの使い魔は起こしに来なかった。まだ、ディアナは見つからないのか。サウルたちは何をやっているのか。


 サムが足元で火を焚いていた。骸骨でも暖を取りたいのかと、エゼキエルは首をかしげそうになって、自分のために焚いているのだと察した。


「どうして起こしてくれなかったのだ?」

「急くな。戦勝会が開かれるのは正午。充分、時間はある」

「朕は人間ではない。火は不要だ」

「さようか……寝てるときの顔が寒そうだったのでな? あっても、邪魔にはなるまい」


 キキキ……サムは無機質な鉄仮面を向けた。

 余計なことを──と、エゼキエルは親切を突っぱねるような真似はしなかった。エゼキエルにとってサムは、サウルにとってのザカリヤと同等だ。


「サウルたちは捕えられたか?」

「罠に落ちたかもしれぬ」

「ついてきてくれるか?」

「当然のこと」


 決まりきったことを聞いたのは、答えが聞きたかったからだ。


「そなたはもう死んでおるが、自由を奪われる可能性はある」

「この期に及んで、怖れることはない」

「いいのか? せっかく番人の役目から解放されたというのに……」

「戦士は出陣のまえに“もしも”を考えぬのだ」


 サムは頑なだった。身勝手に付き合わせてしまい、エゼキエルは申しわけなく思う。

 現世で目覚めて以来、サムはよく尽くしてくれた。人間の剣技を教えてくれただけではない。現世のことを手取り足取り教えてくれた。そして、よき相談相手でもあった。


 ──ティムはいい奴だが、アホであるからな……サムがいてくれるのは心強い


 現世の兄の存在は絶大な安心感を与えてくれた。


「身だしなみを整えねば」


 サムは喉の辺りから「ピーッ、キィィ……」と、口笛ならぬ骨笛を鳴らした。

 ゾワゾワっと魔の気配が漂い、窪地の地面が波立つように揺れた。地表にピキッとひびが入ったかと思うと、裂け目から白い指骨が見える。盛り上がった地面が細土を撒き散らしたあと、骸骨が這い上がってきた。

 サムは澄ました声で状況を説明した。


「アニュラスの大地の至るところに死者は埋まっている。しもべを得るのには不自由せぬ」


 戦禍の跡がこのような形で役に立つとは。サムは完全に闇の世界の住人だ。

 這い上がった骸骨はサウルの置いていった荷物から(くし)を取り出し、エゼキエルの頭髪を整え始めた。

 衣服についた塵を払い、顔を拭う。手ぬぐいをサウルの水筒で濡らした。


「人間とは面倒な生き物だな? 外的な力を加えぬと、体裁も整えられぬのか?」

「力を持たぬ代わりに工夫を凝らすのだ」

「そして、従者の代わりがそなたとは頭が痛い」

「我は従者ではなく、護衛役である」


 サムが平然と答えるので、エゼキエルは絶句した。“役”であっても、小物にはなれないらしい。貧弱なユゼフの見た目では、エゼキエルのほうが従者に間違えられそうである。


「朕が従者役を務めようか?」


 ふざけて言ってみたところ、「それも妙案かもしれぬ」と、真面目に返してきた。

 どんな場面であろうとも、サムは謙虚に振る舞えないらしかった。エゼキエルのほうが臨機応変に対応できるぐらいだ。ドゥルジの城へ行った際、従者役は経験済である。

 しかしながら、主の役が重装備の鉄仮面では怪しすぎる。結局、護衛役を務めてもらうしかないだろう。


「ティム以上に困ったしもべだ」

「世話の焼ける主である」


 ぼやけば、言い返される。

 地面に敷いていたマントの汚れを(はた)き落とし、エゼキエルはサムに装着してやった。


「ユゼフのようで、かわいげがある」


 骸骨はご満悦になった。

 サムが尊大だろうが、エゼキエルは不快には思わなかった。サムの態度は強さと潔い生き方に裏付けされたものであり、虚栄ではないからだ。


「こんな偉そうな骸骨は見たことがない」

「ふふふ……人間の時も同じことを言われていた」


 サムの前では気負わずにいられた。エゼキエルは思ったことを飾らず、そのまま口に出すことができた。


「いつか、生死を懸けることなく、ザカリヤやアスターと武を競い合ってくれるか?」


 サウル親子に言えなかったことが、サム相手になら言えた。サムは少時、間を空けた。


「よかろう。戦のまえに行く末を量るは不吉に通じ、弱き者の振る舞いとも言われる。だが、我も甘えを(しりぞ)けるほど狭量な兄ではない。誓いがおまえを安んじるなら、それもまたよい」


 エゼキエルは自身の弱さを恥じたが、同時に気が安らいだ。この骸骨が兄であり、しもべで本当によかったと思う。


「サウルの怯懦が伝染(うつ)ったのかもしれぬ。(わずら)わせてしまい、面目ない」

「気遣うには及ばぬ」


 それから、エゼキエルは魔紋伝令の意識に入り、指示を伝えた。

 エゼキエルが戻って来られない場合は使い魔を遣わす。使い魔も来ず、翌日になった時は退却せよと命じた。木の上で飛空部隊は、首を長くして待っていることだろう。


「無駄足になってしまったら、気の毒ではあるな……あっ、サウルの荷物も回収してもらわなくては……」


 指示を出したあとは装備の確認をする。宴会場では、儀礼用以外の帯剣は不可だ。肌身放さず持ち歩いているダガーが役に立った。グリンデル水晶のはまった豪華なダガーは、飾りにちょうど良い。

 愛剣月読は封じていたバジリスクに背負わせることにした。魔瓶から出して、装備させるのは少々厄介だ。狭い窪地はバジリスクに占領された。

 吠えないよう人差し指を口に当て、月読を縄で固定する。なぜか、エゼキエルは上手く結びつけることができた。前世より指先が器用になったようだ。


 やることを終えると、エゼキエルは迷い馬を呼び寄せた。サムが死者なら、こちらは足だ。

 凱旋後の慌ただしさで、何頭かはぐれたのだろう。鞍付きと簡単に接触できた。


「では、参ろう!」


 窪地を出て、エゼキエルとサムは馬にまたがった。サムのおかげで、真昼の太陽の下でも堂々としていられる。

 丸一日滞在した草原の暗部から、熾火の煙が昇っていた。まるで、人間が残した跡のようだと、エゼキエルは頬を緩ませた。


「何がおかしい??」

「異形二体なのに、妙に人間らしいと思ってな?」

「人間の城に入れば、我らも人間になる」


 サムの言葉はいつでも洗練されている。

 エゼキエルは体を少しだけ前傾させ、馬に進めと合図した。

 草原を駆け抜け、王都へ入る。街はお祭り状態で雑然としていた。

 エゼキエルは人いきれが苦手だ。人間が瘴気に当てられた時と同じで、気分が悪くなってしまう。

 動物と異なり、人間の感情は複雑。不純物を多く含んだ精気はドロッとして流れない。人が集まると、欲望や醜い感情が充満する。敏感なエゼキエルは酔ってしまうのである。

 人々の精気から逃げるように、馬を駆けさせた。



 城まで続く道は渋滞していた。

 丘の表層を巡る螺旋状の道に、延々と馬車の列が連なっている。エゼキエルとサムの馬はその横を過ぎていった。


 頂上にそびえる城は、三百年前にも見た覚えがある。

 奥の主殿と後殿に向けて、密着する建物が巻貝のように渦を巻きながら、高くなっていく。

 二棟の御殿に挟まれた四本の尖塔が、青空を刺していた。


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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
良い関係ですな、良い関係ですね!! エゼキエルさんとサムさんとでは、実質、他人の様な関係なのに。 まるで本当の兄弟の様な関係が築き上げられてる♪ それだけに、これがサムさんの生前に出来ていたら……っ…
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