6話 虚城
ディアナの置かれた状況を把握した後、ミリヤは泊まっていた部屋に戻り、武器の手入れをした。主戦用のダガーを砥ぎ、投擲用のナイフの入ったポシェットをガーターベルトに吊るす。すぐ手に取れるよう、何本かのナイフを分散して差し込んだ。長めのダガーはブーツに忍ばせた。
「ティム、わたしもナイフ投げなら負けないよ?」
アホのトサカ頭にやったダガーを思い出す。ここにアホがいたら、どんなに心強いことだろう。でも、今は一人だ。
コルセットで胸を締め上げ、濃い青色のドレスに袖を通した。ドレスのスカート部分は簡単に切り離せる。胸部分がレースで覆われていてよかった。消えない傷痕は服装選びに困る。
バストの問題はボタン調節することで解決した。イザベラよりミリヤの胸のほうが大きい。長過ぎる裾は、宿屋のおかみさんから借りた裁縫セットで直した。
「一人でやり遂げてみせるさ。わたしも守人の端くれだからね」
ミリヤは焦げ茶の髪を結い、ディアナのお気に入りの髪型にした。
表編み込みのまとめ髪。アクセサリーの代わりに凝った編み込みをして、うなじの近くで丸くまとめた。パーティーの時のディアナはもっと高く結い上げるだろうが、これで充分だ。服装や髪型は控えめにしたほうが、美しさを引き立てられる。
化粧もそう。だが、今日のミリヤは念入りに施した。これは戦化粧だ。
絶対に助ける。命を賭してでも──気持ちを込めて、白粉を叩き紅を引いた。武器を身に着ける時と同様、身が引き締まる。違う自分に生まれ変わる。シーマの女としての自分と決別することができた。
全身を過ぎていく震えは武者震いだ。マントを手に取り、ミリヤは鏡台に移る自分を褒めた。
件の騎士の部屋へ行くと、まだ眠っていた。呑気なものだ。
戦勝会は正午、百日城の内廓で開かれる。
「早く起きてくださいな! もう日が高く昇っていますよ!」
嘲笑まじりに脅してやると、騎士は飛び起きた。ミリヤの出で立ちを見て、目を白黒させている。
「あの……君は……その……」
ミリヤは昨日から使っている偽名を名乗り、ドレスはたまたま酒場で知り合った職人に借りたと嘘を吐いた。堂々と言う言葉は嘘でなくなる。
世辞すら言えぬ男に呆れた。普通の騎士というのは、こうもレベルが低いものか。賛辞を伝えるのは当たり前。できる男はここで、洒落たことを言って笑わせてくれる。本性を剥き出しにして、抱き寄せてきてもいい。ミリヤは野性的で強い男が好きだ。
──死を覚悟して、戦うまえなんだからな? ちょっとは楽しませてくれよ?
ミリヤは腕組みして、騎士が慌てて着替えるのを待った。完全に立場が逆転している。かわいい女を卒業し、ミリヤは厳しい女主人に早変わりする。
深緋の制服に皺が寄っているのを見て、眉を吊り上げた。飾り緒も階級章もなし。これでは同伴相手として役不足だ。従者ならかろうじて有りというところか。
ミリヤは女中を呼んで、騎士の髪を整えさせた。従者にしても、最低限の身だしなみ程度は整えてほしい。
なんとか体裁を整え、宿を出たあと、間抜けな騎士は素っ頓狂な声を出した。
「城まではどうやって行こう!? 馬で行くつもりだったんだが……」
「そこに貸し馬車を手配しております。つべこべ言わず、乗ってくださらない?」
寝ぼけ眼の騎士は目をこすっている。おまえはイアン・ローズかと突っ込みたくなった。しかしながら、イアンは花や手紙の渡し方がうまかった。通り過ぎる瞬間や角を曲がる直前に素早く差し出し、咎められるまえに姿を消していた。逃げ足も速かった。最終的にはディアナに見つかり、踏み潰されていたが。この騎士はイアン以下だ。
夢見心地の騎士の背を押し、ミリヤは馬車に乗り込んだ。
丘の上までの馬車道は螺旋を描いて頂上まで続いている。歩きの倍の時間がかかる。渋滞に巻き込まれ、ミリヤはイラついた。
落ち着け、処刑までにはまだ時間がある。メインディッシュは最後のほうに取っておくはずだ──ミリヤは急く気持ちを落ち着けようとした。
最悪なことに、愚鈍な騎士が精神統一を邪魔してきた。
「君は不思議な子だね! 庶民出の兵士かと思ったのに、ドレスを着るとまるで別人みたいだ」
「買いかぶりすぎですわ。お城の中に一度でいいから入ってみたくて、良い幸運が降りてきたと頑張っているだけです」
「いいや、身のこなしだって貴族みたいだし、普通の女の子とはちがう……」
「誰でも、上等な服を着れば、それに見合った動きができるものです。女は特に」
ミリヤは騎士の気を逸らそうと、専門的なことを聞くことにした。
武器は剣以外にも習っていたか。今は祭礼用の細剣を帯びているが、普段は長剣か両手剣か。短剣は何を使っているか。
騎士は得意げに腰に下げていた短剣を抜いてみせた。
盗賊たちが使っていたような湾曲した刃が特徴の短剣だ。柄には宝石が埋め込まれている。
「モズから来た行商人が良いものだと、隠し持っていたんだ。お値打ちものだよ」
ミリヤは一目で見抜いた。昔、付き合っていた盗賊が、これに似た物を持っていた。盗賊のは実戦向きの凶器。実際、それで何人も斬ってきた業物だ。騎士のは模造品だった。
まず、刃の湾曲具合と柄とのバランスが取れていない。さらに刃の厚さが不均一で、光に当たった時の色が悪い。
──酷い粗悪品だな。あの柄じゃあ、打ち込んだら一発で折れるぞ?
柄にはめ込まれている宝石も偽物だ。この様子だと、騎士はろくな戦闘を経験したことがないのだろう。武器を見れば、基礎ができているかどうかはわかる。彼が主国の騎士団にいたら、ティムやイアンに間違いなくいじめられる。
笑いたいのを堪え、ミリヤはダサい短剣を褒めて騎士を喜ばせた。
──まったく、アスターだったら怒鳴りつけて、実家に送り返すよ。グリンデルの騎士団はこの程度か
生きるか死ぬかの戦いをしてきた男たちは強かった。まとう気が違う。先の盗賊然り、アスター然り。
短剣を自慢することで騎士の自尊心は満たされ、小さな疑念も消し飛んだようだった。
ミリヤのほうもよい退屈しのぎになった。緊張も解れたかもしれない。
騎士が納剣するころには渋滞は動き始め、馬車は緩やかな坂道を駆け出した。
窓の外の斜面には雪が積もっている。北部は今が極寒期か。寒がりのディアナが牢獄で震えている画が脳裏に浮かび、ミリヤは唇を噛んだ。
──ディアナ様! 今、助けに行きます! もう少しの辛抱ですからね!
処刑されるということは、牢から別の場所へ移動させているはずだ。厳重に包囲されていても、逃げ道は増える。
この城にいた数か月間、ミリヤは安穏と過ごしていたわけではなかった。城内の迷路の八割は、頭の中に叩き込んである。追っ手を振り切ることぐらいはできるだろう。ティムと逃げた時の隠し通路に入れれば、なんとかなる。それか、ユゼフからくすねたグリフォンを使う手もある。
最悪の場合は……
「もう、着くぞ!!」
騎士の声で思考は中断された。窓をのぞくと、青天を刺す四本の塔が目に飛び込んできた。一番高い後殿と主殿との間に建っている。徐々に高さを増していく建物が渦を巻き、塔と主殿を抱き込んでいた。
パーティー会場は主殿の真向かいの内廓である。正面からは見えないが、連なる門をくぐっていった向こうに広々した廓がある。とぐろを巻く蛇の中央が空いているのと同じ道理だ。高い壁に囲われた内廓も、正午には陽の恵みを受けられる。今日は最高のパーティー日和だ。
ミリヤは血濡れた虚城をにらみつけた。




