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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(前編)三章 シーマ
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82話 違和感

 次に目覚めた時、愛する女は隣にいたが、シーマは視線を交わすことなく、ベッドを飛び降りた。けたたましい呼び声が眠気を覚ましたのだ。


 瀝青城が攻撃を受けている、と。


 侍従が数人、寝室に入り込み、シーマは着替えながら報告を聞いた。

 時間の壁を通って、オートマトンではなく正規のグリンデル軍が押し寄せてきたのだという。グリンデル水晶を使ったのだろうか。十万を超える大軍と聞いて、腰が砕けそうになった。

 誤報ではないとしたら、北部への侵攻はフェイクだったということになる。瀝青城を足がかりに王都へ攻め込むつもりなのは、火を見るより明らかだ。


 少々違和感はあった。グリンデル水晶を湯水のごとく使って、大軍で奇襲をかけるなら、最初から夜明けの城を叩いたほうが効率がいい。瀝青城はグリンデルから離れ過ぎている。虫食い穴を使ったとしても、無駄な移動時間や労力をかけては意味がない。

 各所の虫食い穴は厳重に守られているから、内通者の存在は否めないだろう。ヘリオーティスか……?

 状況把握に加え、彼らのたどった道のりや手だてを想像し、隠された意図がないかとシーマは勘ぐる。

 北部の防衛に取られていた兵員を、ただちに連れ戻さなくてはならなかった。各方面へ援軍の要請をしなくてはならないし、避難指示も拡大する。


 着替えている間、ベッドを隠すカーテンの向こうでミリヤの揺れる影を見たが、気に掛けてはいられなかった。「あとで……」とか、「瀝青城は守るから大丈夫だ」とか、気休めの言葉を吐くことさえできなかった。

 彼女は安らぎを与えてくれたのに、シーマは動揺しているであろう彼女を、ほったらかしたのだ。




 公務に呑み込まれ、重圧に息つく暇もなく日没を迎えた。最初の報告があってから、一日も経っていないのに耳を疑う速報が届く。瀝青城が落ちたと──あまりにも早すぎる落城だった。当然、援軍は送っていたが、守りきれなかったのである。


 ここで、不可思議な顛末を聞く。グリンデル軍は応戦せずに後退した、と。

 ディアナを捕らえた彼らは強い拠点となり得る瀝青城を手放し、逃げに転じた。


 ──わからん……ディアナの首を取るためだけに、大軍をけしかけたのか?


 ただちに、緊急会議を開かねばならなかった。女ひとり捕らえるために、大軍を動かすナスターシャ女王は狂っている。諸侯たちは翻弄され、王議会は混乱した。シーマは一瞬脳裏によぎったミリヤの影を消しさり、事態の収拾に努めなければならなかった。


 議場は王城内、知恵の館にある。最奥に玉座が据えられ、玉座壇を下りた所で箱型に議席が並んでいた。真ん中の空いたところに議長席がある。


「……グリンデル軍、南部瀝青城を襲撃後、人質を得て即時撤退。城は占拠せず、被害も最小限……」


 議長が戦況を説明するなり、驚嘆の溜め息があちらこちらから漏れた。

 

「奴らはこの戦に本気じゃない」

「威嚇に過ぎぬということか?」

「いったい、何がしたかったのだ?」

「女王の行動は辻褄があっていない」

 

 ここにアスターがいたら怒号を上げ、容易に場を静めたことだろう。だが、アスターは北部の旧シャルドン領から瀝青城へ向かっている途中である。連絡が間に合わず、議会には出席できなかった。議長が声を張り上げて、議員たちをおとなしくさせようとするも、あまり効果はない。

 口泡飛ばし、さえずるスズメどもの多くは無能だ。中に紛れるフクロウ、カラス、ワシの意見を聞きたいところだが、圧倒的多数に遮られ、声はここまで届かない。ニワトリ、オウムまでが騒ぎ立てるものだから、埒が明かなくなる。


「お静かに!! お静かにお願いいたします!!」

「王の御前でございますぞ!!」

「私語は慎んでください!」


 ジャメルと小太郎が議員席の近くまで行き、騎士団副団長のヴァセランが怒鳴りつけ、ようやく静かになった。アスターほどの迫力はないにせよ、肉体派の彼らは多くの貴族議員たちより体格よく、力強い男性性をまとっている。近づくだけでも威嚇効果があるし、にらみを利かせれば、修羅を知らぬ者はたいてい縮み上がる。彼らも捨てた物ではないと、シーマはほくそ笑んだ。控えめなヴァセランが強気な一面を見せたのは意外だったが。


 秘書官がポールの上に地図をぶらさげ、議員たちに見える位置──玉座と議長席の間に立った。これでやっと審議を行える。

 議長が戦況を説明し、現場の最新状況を軍政官が伝えた。

 新たな報告で、グリンデル軍がモズ国にある虫食い穴を利用していたことが判明した。また、撤退後は再度、時間の壁に入っていったという。彼らは往復分のグリンデル水晶を費やしたことになる。


「女王騎士団長のザカリヤ・ヴュイエ、相談役のサウル王の不在中に狙われたこと、大軍とはいえ、籠城に適した堅牢な城の内部へ短時間に侵入したことを考えると、内通者は必ずいるはずである」


 続いて物資計算表を軍政官が読み上げ、時間の壁を往復すると、かなりの費用を要することがわかった。

 グリンデル水晶は高価だ。いくら産出国とはいえ、十万人の兵士の分を賄えるか疑問が残る。グリンデル水晶以外の方法を使ったと考えたほうが、妥当だろう。ここにも内通者の存在が見え隠れする。


「即座に撤退したということは、敵軍の目的はディアナ女王の拉致だったと見て、間違いないと思われる。異議や質問がなければ、これを前提として今後の方針を定めていく」


 議長が議場を見回すと、カラスが挙手した。顔色の悪い内海領主は情報局長官を務めたこともあり、裏の事情に精通している。寡黙な男が発言する時は、決まって意味のある内容だ。


「瀝青城への侵攻は……たとえるなら、刺す気のない刃かと」

「威嚇が目的ということか?」


 議長の問いに一呼吸置いてから、カラスは答える。


「その可能性もあります。ですが、それだけですと城を焼かず、占拠もしなかった理由としては弱いでしょう」

「後詰も寄越さなかった」

「考えられる理由は二つあります。ひとつ、資源の不足。ふたつ、撤退前提の作戦だった……」


 スズメがざわつき始め、ヴァセランがまた大声を出さねばならなかった。カラスの声は小さい。


「威嚇というより、見せつけ……示威行為かと。奇襲をかけたところで、負けるのがわかっているから、示威に留めたのかと思われます」


 なるほど。カラスの意見は参考になる。シーマは顎を指で叩いた。

 ディアナを(さら)うことで一国の女王と見なしていた存在を侮辱し、グリンデルがいかに恐ろしいかを知らしめた、と。魔国の協力を得た主国と真っ向から勝負しても勝てないと、ナスターシャ女王は冷静に見ている。その一方で、どこか感情的な面も否めなかった。


 シーマは、これまでのナスターシャ女王の狂気に満ちた行動を思い返してみた──

・実の姉のクラウディアを陥れ、処刑。王子二人も暗殺しようとする。

・前国王ニュクスの不審死に関わった疑い。

・クラウディアの私生児であるサチを自分の息子だと偽り、監禁する。

・人質のニーケ王子を残酷な方法で殺し、肉体の一部を母親のミリアム太后に送りつける。



 ──もしかして、ディアナへの私的報復も含まれているのか?


 狂った女王は何をするかわからない。内通者は誰か?

 大軍に時間の壁を通らせ、城内へ手引きできる人物は……

 悪寒に襲われ、シーマは身震いした。とても、とても嫌な予感がする。




 会議のあと、シーマは食事もとらず、寝室へ戻った。

 ミリヤの不安を少しでも和らげてやりたかったのである──というか、悪夢が現実になるような気がして、胸の奥がじわじわと冷えていった。


 寝室はもぬけのからだった。天蓋付きベッドのカーテンの裏にも、本棚の影にもいない。隣接する更衣室の衣装箪笥にも、鏡の裏にも──控えの間にも、従者たちの部屋にも……荷物はそのままで、書き置きも何も残されてはいない。置き土産は麝香(じゃこう)の香りだけだ。

 シーマは悪夢の続きかと思った。だが、悲しいことにこれは現実だった。回廊に出ると、ひざまずく人がおり、職務に追われ走り回る人々がいる。


「陛下、こちらにおられましたか!!」


 誰かの声が聞こえ、シーマは逃れられない現実に向き合わねばならなかった。

これで、第五部前編は結びとさせていただきます。後編は1/28(水)より再開します。

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― 新着の感想 ―
ああ~~~ 肝心なところで、シーマ…… こんなことが起きたらそりゃ、そうなるかな……と思わずにはいられない…… この失敗を果たして彼は取り返せるのか。 それにしても、いよいよ動き出した!って感じがし…
ヒャッホ~~~!!(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾ 今週は4話公開でお得な週……って思ってたら、次回の更新が28日に成ってたぁ!! Σ(゜д゜lll)ガーン いやまぁ、こればっかりは仕方がないですね。 黄…
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